第二十五話 祝福された者
町は諦めにも似た雰囲気に包まれている。
住民は家の中で息を潜め、奴隷たちは当てもなく町を彷徨う。
月明りに照らされたその町は闇に沈んでいた。
セトとアズラは闇の中心を探す。
この沈んだ町に潜んでいる狂信者を捕らえるために怪しい箇所を歩いてチェックしていた。
「なかなか見つからないね。夜が明けちゃうよ」
「それはそれで探しやすくなるけど」
二人は神官ワントから聞き出した情報を頼りにそれらしい建物を探していたがなかなか発見出来ずにいた。
上手くカモフラージュされて風景に溶けこんでいるのだろう。
目の前に目的の建物があっても気付けないかもしれない。
セトにはどれも同じ建物に見えてきた。
ツァラトゥストラ教のシンボルであるマークが目印になるのだが、この町の建物はシンボルを掲げている所が異常に多い。
「・・・もうバレているかもしれないわね」
「僕たちのことが? さっき来たばっかりなのに?」
「もしくはこうなることが分かっていたか」
余りにも情報と一致する建物が多すぎる。
おそらく、どこかで計画が漏洩することを予測していたのだろう。
彼らベスタ公国支部の者たちは、ベスタ公国とジグラットの両者と初めから争うつもりだったのかもしれない。
だとすると、一体どこまで無謀な計画なのだろうか。
少し狭い道を進んでいく。
家の壁に取り付けられたシンボルの数がいつの間にか増えている。
まるで正解だと告げるようにシンボルが連なり道案内でもするかのようにセトとアズラを導き始める。
家と家の間を抜けると広場に出た。
中央で神官が一人祈りを捧げている。
「お待ちしておりました。聖女の祝福を受けし者」
セトとアズラは一気に警戒レベルを跳ね上げる。武器を取り周囲を警戒していく。
広場にはこの神官一人だけのようだ。
「オオ、二人ともお美しい。その髪がまるで白銀のように月に照らされているではありませんか。・・・本来、光は醜い我らを覆い隠すためのもの。これは、主に感謝を感謝を捧げねばならない」
敵意を向ける二人を無視して、さらに祈りを捧げる男。何のために祈っているのかセトたちには理解できないが、一つ分かったことがある。
男の神官服は高位のものが着ているものだ。ならこの男は。
「あんたがエウクレイデスなのかしら」
「オヤ、これは失礼をした。左様、私がエウクレイデス・ニーチェ・カトプトリカ。新ツァラトゥストラ教の指導者でございます。・・・してあなた方は? 聖女に祝福されるあなた方は、誰なのでございましょうか」
いた。見つけた。
目の前の男が、依頼対象のエウクレイデス。ベスタ公国支部暴走の原因となった男。
鮮やかな緑の髪を大雑把に切りそろえ所々が顔が隠れるほど長い。鋭い眼光をギョロギョロと動かし。
白を基調とした神官服に金銀の装飾を施している。
自身が最も高貴であると示すようにツァラトゥストラ教のシンボルである木の装飾を胸に掲げていた。
「僕はセト・ルサンチマン・アプフェル。ベスタ公国からの依頼であなたを連行しに来ました」
「アア、ルサンチマン! その歳でその幼さでルサンチマンの祝福を授かっているとは。全ては主の思し召し。この出会いに感謝しまた別れにも感謝しましょう。・・・連行しなさい」
「「!?」」
気付いた時には遅かった。総勢50名もの神官たちに包囲され退路は完全に断たれていた。
最適な位置に最適な武器を持った神官が配置され、陣形を完成させている。
支部にいた神官とは練度のレベルが桁違いだ。
これが、エウクレイデス配下の主力部隊ということなのだろうか。この人数なら町一つを陥落させることも可能だ。
本気で、彼らは本気で反乱を考えている。
「テテトより連絡は聞いております。ベスタ家に雇われたアプフェル姉弟。美しい、家族の愛とは肉欲に溺れた愛とは本質が異なる。男であろうが女であろうが、家族だから愛していると。宿命にも似た絆が生まれた時から授かっている。母が子を愛するように!」
セトたちの存在も知られていた。テテトから連絡を受けたというが、半日の間に町を往復したということか。
もしくは、数十キロ離れた町にも届く連絡手段があるのか。通信用魔晶石はせいぜい一つの町中の範囲といった所だ。
数キロ置きに通信係の者を配置して連絡したのか。だとしたら莫大な費用が掛かる。
「そんな愛に祝福されたお二人が、何故このような事を? 何故、我らが主に逆らうような真似を? 聖女にすら祝福されているというのに。私たち人はまだ祝福される意味を理解していないのかもしれない。アア、その事実にも感謝を」
「アズ姉! どうする。これじゃ勝てないよ」
「突破口を開くわ。一番偉いヤツがわざわざ来てくれているのよ。利用しないと損よね!」
魔力を開放したアズラが、地面を蹴りエウクレイデスに迫る。
常人を凌駕する速度で先手を取り、土の術式を無演唱で展開する。四大系の術式ならもう唱える必要もない。
圧倒的速度による攻撃と土の術式での拘束。
エウクレイデスの手足の自由を完全に奪い、首筋に手を当てた。
「動かないで! 私たちをこのまま逃がしてくれたら殺しはしないわ」
「がっ!! ア・・ズ姉・・・」
「う、動くな! こいつがどうなっても」
「いいですよ。お美しい姉君」
アズラが離れエウクレイデスが人質に取られた瞬間、セトが攻撃された。完全に取り囲まれ、今攻撃されたら命はないだろう。
作戦が失敗した。エウクレイデスを人質に取るのは無駄だったのか。だが、彼はこの者たちの指導者のはずだそれを失っていいはずがない。
「ぐ・・・! 私の弟に指一本でも触れてみろ!! あんたら生きて返さないわよ!!」
「美しい・・・、美しい! どれだけ追い詰められても弟を決して見捨てない。純粋なまでの愛。相手に見返りを求めない愛。聖女があなた方を選んだもの頷けます」
「黙れ!!」
グシュッ! とエウクレイデスの右腕が潰れた。アズラの土術式で右腕を縛っていた土が圧縮されたのだ。
土に血が染みこみ赤黒く変色していく。
「今すぐセトを解放しろ! 次は足を潰すぞ!」
アズラの思考が憎悪に支配されていく、大切なセトを傷つけた。今も殺そうとしている。
許さない。
許さない。
私の生きる目的を奪うのは決して許さない!
「アア、お美しい姉君。弟殿に縛られているのですね。いや、あなたが彼の運命を掌握しているのでしょうか? 愛が強すぎるのですね。・・・それは欲だ」
その一言を結論を述べたエウクレイデスから凄まじい殺気が滲み出てきた。
間違いを犯した者、存在してはいけない人、それを見つけたと。
「それだけ、それだけ! 祝福されておきながら、まだ!! 愛を求めますか!? 主の祝福に聖女の祝福に甘えているのではないですか? ならば、あなたは背信者だ。死罪に値する!!」
「ッ!」
アズラがエウクレイデスと距離を取る。アズラの直観が自身の危機を告げている。
この男は危険だと目を離したら殺されると。
手足を縛る土を警告もなしに圧縮させた。土の術式を再展開しエウクレイデスを殺そうとする。
恐怖が、この男への恐怖がアズラに殺人という手段をいとも簡単に選択させた。
「お前たちは、その子を連れていきなさい。この美しい姉君はお前たちの手に余る」
「!? セト!!」
死んでいない。
配下の神官たちがセトを連れて行こうと担いでいく。
アズラは阻止をしようとエウクレイデスから目を離す。
自分の命よりセトの安全を無意識に優先してしまう。
そんな無防備なアズラを見逃すはずがなかった。
不適な笑みを浮かべ青白い光を出現させる。それはすぐさま肉体を得たように脈動し腕の形をとった。
ガラ空きの胴体に横薙ぎの暴力を叩き込む。
「グッッ! ガッァァアア!!」
体がくの字に曲がり吹き飛ばされる。ズガンッ! と家の壁を突き破り肉と骨を石の塊に叩き付けられた。
全身を強く打ちまともに呼吸が出来ない。視界が明滅する。
胃から血がせり上がってきた。
「ゴホッ! ガッ、ハァ、ハァ」
血の塊を吐き出し何とか呼吸を確保する。
急速に視界が暗くなる中で、エウクレイデスがこちらに向かって歩いてきているのが見えた。
「オオ、我が主よ。今すぐ罪人を消し去り祝福を世界に、世界にもたらしましょう。異物の排除こそが祝福をより強くするのですから」
「くっ・・・、舐めるなぁああぁああぁあああ!!」
風を土を、水も火も全て展開する。持っている手段は全て。
この男を殺す。今すぐ殺す。
障害を排除しセトを助けなければならない。
セトはもう視界の外にもう見えないほど遠くに連れ去られていた。
アズラの頭からエウクレイデスの危険度は排除されている。必要なのは、敵の情報ではなく殺す手段だ。
怒りで失いかけている意識を無理矢理覚醒させる。
敵を排除するまで眠ることは許されない。
「ハァアア!!」
四大系の術式を四つの属性を組み合わせる。異なる術式を同時に制御し新たな術へと変化させていく。
水に土を混ぜて土石流のごとき土砂の塊をぶつけた。
ズドドドッッ! と広場を破壊し砂が舞い上がる。
「背信者であっても、やはり、姉君は美しい。強く愛に満ち、そして美しい。そんなあなたを死罪として処すのは、・・・アア、祝福である」
荒れ狂う土砂を引き裂いて、エウクレイデスが突き進んでくる。彼の周りを蠢く青白い腕は盾のように手を薄く伸ばし、土砂を弾いていた。
アズラの攻撃を無視して突き進んでくる。
「これなら!」
アズラは攻撃の手は緩めない。通じないなら通じる手段に切り替えるだけだ。
舞い上がった砂を風の術式で束ねていく、それは砂嵐となって広場という空間を満たしていく。
「目くらましですか? 意外と冷静でいらっしゃる。激昂して暴れるだけかと思いましたが」
「その通り、暴れるだけよ!」
砂塵が渦巻く広場で、アズラの手より火の術式が展開される。
すると唐突に砂嵐が止んだ。無風状態となり広場に圧縮された砂埃が舞う。
町中から掻き集められた粉塵。それは、様々な粉塵を含んでいる。ただの砂や金属粉、穀物の粉なども。
そこに火の術式による熱を放ち、ごく僅かな火花を発生させる。
直後、広場が光に包まれた。
音ではなく衝撃で破壊を知らせ、広場から爆炎が上がる。
家という家の窓ガラスを叩き割り、破壊が広がっていく。
無慈悲なまでの破壊と火の暴力が地面を舐め尽くす。
アズラは土と水の壁でやり過ごし、静寂に包まれた広場を確認する。
広場だった場所は見る影もなくなり、土を露出させ瓦礫の山へと姿を変えていた。
「どう・・かしら?」
確認しようと前に歩いていく。仕留めたかどうか確認する。
「見事でしたよ! 私の顔が半分なくなる程に!!」
ガッ! とアズラの首が掴まれ持ち上げられた。
エウクレイデスの顔が半分焼けただれており、肌の内側が見えていた。
その細い腕からは考えられない異常な腕力でアズラの首を締めあげる。
「カ、カハッ!」
「粉塵爆発ですね? 見事です。お見事です。点や面の攻撃ではなく空間そのものを破壊し尽くすとは。私のセフィラでも防ぎ切れませんでした。姉君の愛の強さを認めざるを得ない。故に!! 生かしておくことは出来ない!!」
腕にさらなる力がこもっていく。喉を潰し、首を折ろうとしていく。
折られまいと殺されてたまるかとアズラが手足を動かす。
魔力を込め、首を絞めている右腕をへし折った。
「ッ、ハァ、ハァ」
解放されたアズラは息を整え、エウクレイデスと向かい合う。
エウクレイデスは両手を広げ、無防備な状態をさらした。
「・・・あなたのその体、まともじゃないわね」
「私は、主より祝福されているのです。誰よりも強く祝福されている。そう満ち足りているのです。満ちた存在は不変。姉君のように愛に飢えることもない」
「何も感じないの間違いじゃないかしらッ!」
肉弾戦を仕掛ける。アズラの最も得意とする戦法。戦い方。
術式が効かないなら直接叩き潰す。
「シッ!」
「ごふっ!」
左拳がまともに腹に直撃した。胃液を吐きながらエウクレイデスは倒れ込む。
だが、ピクッと痙攣したかと思いきや、すぐさま立ち上がる。
「お強い。そして美しい。アア、この痛みにも感謝を」
「はぁ、はぁ。・・・狂ってる」
エウクレイデスより青白い腕が一本生えてくる。
そう、殲滅神官のオーウェンたちが使役したサンダルフォンと同様の存在。
主アイン・ソフの眷属。
「立てなくなるまで殴ってやるわ」
「執着心もお強い。自分の望みが叶うまでわがままを通すお積もりで」
「しまった!!」
アズラは気付いた。いや、気付けなかった。エウクレイデスはずっと時間稼ぎをしていたのだから。
殺すのなら、一対一ではなく配下と共に物量で押せば確実だった。
さも、殺さなければならないと自分を殺そうとしていると思い込ませてセトから引き離していた。
「やはり愛が強すぎるのですね。本当に守るべきものも見えていない。姉君、弟殿を本当に愛しておいでで? 愛するための道具にしていませんか?」
「ッッッ!」
セトへの思いを否定されたアズラはエウクレイデスに今までにない殺意を向ける。
こいつの死、それ以外考えられないと、セトとアズラの関係を破壊するものは許さないと。
そんな簡単な挑発にすらアズラは翻弄される。
「醜い醜態をこれ以上晒すな!」
「ッ・・・」
知らない男の声が響いた。そう認識した時にはエウクレイデスは四肢を分断され、セフィラが引き剥がされる。
ドサッ! と胴体と手足が転がり、ただの肉塊と化した。
アズラの体にもいつの間にか治癒の術が施される。
瓦礫と化した広場に一人の男が歩いて来た。
腰まで伸びる長い白髪、女性と見違えるほどの白い肌と美貌、その突き刺すような目はすべてを見抜いていると思わせる。
白に赤が追加された神官服を身に纏い神性な雰囲気を放っていた。
「アズラ・アプフェルさんですね。御無事で何よりです。フローラ殿下からお聞きしていると思いますが、今回の依頼に協力をさせていただくヴェヒター・デカダンス・ホーエンツォレルンと申します。以後お見知りおきを」
「ッ! あいつまだ死んでません! 腕を潰してもすぐに治って!」
「そのようですね、逃げられましたか。セフィラの加護を失っても動くとは、他の力も混ざっていると考えるべきか・・・」
ヴェヒターにバラバラにされたエウクレイデスは胴体のみが消えていた。
セトは連れ去られ、いまだ拠点は発見できていない。
狂気はまだまだ深い所にある。




