第二十話 安息に変化が舞い込む
干からびてしまいそうな天気の下、シェレグ城の中庭で剣を振るう音が鳴る。
騎士たちの統率のとれた軍隊行動はいつ見ても惚れ惚れとしてしまう。
自分も騎士になりたかったと夢にも見たことがあるが、フローラ・ウィリアルナ・ベスタはこの国のお姫様とも言える人物だ。
剣を持つことはおろか騎士の詰所にも入ったことはない。
怪我でもされたらたまらないと、そんなわがままは無視された。
箱入り娘の典型的なパターンだ。しかし、彼女は何も知らない愚か者になるまいと勉学に励み、頭を研ぎ澄ましてきた。
今も、その研ぎ澄ました頭をフル回転させて治安維持のための人員増強と予算を交互に見て唸っている。
彼女の鋭い頭脳が告げている。このままでは財政破綻だ。戦時でもないのに各地に派遣する騎士団の維持費が膨れ上がってしまっている。
いや、もうほとんど戦時のようなものか、反乱国エウノミアが国境近くまで来ているのだから。
フローラは考えるのをやめ、書類を机にポイッと置いた。その動作も優雅に置くことを忘れない。
そろそろ増税か公共事業を拡大させる必要があると考えながら、視線を窓の外に向ける。
騎士たちは疲れた様子も見せずに訓練を続けている。
「あら、あれは・・・」
騎士たちから少し離れた所で3人組の若者が訓練に励んでいた。実際にしているのは2人のようだ。
間違いないあの3人組だ。ラガシュを救った英雄? と呼ばれている者たち。
フローラは窓から顔を覗かせ3人の様子を観察していく。
「ッ! たぁ! やぁ!」
少々幼い声色だがなかなか勇ましい掛け声と共に剣を振るう一人の男の子。
セト・ルサンチマン・アプフェル、彼が英雄と呼ばれているらしい。
フローラは本当にそうなのかしら? と疑っているが会った限りでは悪い人物ではなさそうだった。
騎士団から借りた剣を振るい軽く汗を流している。騎士たちと比べると練度はまだまだのようだが、剣の筋はいいようだ。
フローラに手を握られただけで硬直してしまうウブな子だが、意外としっかり者なのかもしれない。
そんなセトは、風の団団長バティルから教わった構えを取り剣を何度も振り下ろす。構えるのは上段の形。
これしか習ってないので、これしか出来ないが問題はない。上段の形だけでも極めていけば戦うことは出来るのだから。
ブン! ブン! ヒュン! と三回に一回ぐらいの感覚でいい振りが出ている。まだ、上半身のバランスがズレている様だと調整を繰り返す。
セトはそろそろ本格的に剣を習った方がいいかなと考え始めているが、どうしたものかと悩んでしまう。
一度、バティルに相談の手紙を出してみるのも手かもしれない。
セトをほっといて一人黙々と術式の制御に奮闘するのは、アズラ・アプフェル、セトのお姉さん。
フローラはアズラのことを察しの鋭いヤツと思っていた。初めてセトに会った時、わざと手を握って優しい言葉をかけてみたが、アズラはすぐに弟を試していると感づきフォローした。
案外、英雄なのはアズラの方ではと考えてしまう。
しっかり者のアズラは、ずっと同じ術式を繰り返し唱えている。見ている者には退屈だが術式の制御は難しい。
フローラからは何をしているのか遠くて分からない。魔力の光が見えるので術式の練習だろうと結論づける。
繰り返しているのは高等術式の三導系の一つ、癒呪術式だ。
主に、治癒や解毒などの回復や逆に毒や呪いといった身体を害する術式の系統。人の体に作用する術式となる。
風の団のハンサに教えてもらった術式。いずれ必要になるからと教えてもらっていたのだ。
アズラの目の前には、引きちぎられた草花が置いてある。練習としてこれを治癒しようとしていた。
「スタンドアップ・コード・P.D.M.S・セットアップ・クレスト・キドゥーシュ・オーバーライド・ハイーム・エリアコード・A」
術式を唱え、光る白いスジのように光る魔力を草花に注いでいく。注いだ魔力が草花の身体構造を把握していき、どこがダメージを負っているのか調べていく。
ダメージ箇所を把握したら草花の魔力を活性化させ治癒力に変換していく。後は治癒力が暴走しないように制御するだけだ。
千切れて潰れた葉や茎が元に戻っていく。草花がみずみずしさを取り戻したと思って気を抜いた瞬間、草花の茎が大きく肥大化し枝分かれしてしまった。
「ふぅー・・・、また失敗」
治癒力が暴走して草花が成長してしまった。まだまだ、練習が足りないようだ。
最後に、何もせずにぽけーと二人を見ているのは、末っ子のリーベ・アプフェルだ。
髪の色や顔が全然違うので、兄妹ではないと思うのだが義妹だろうか? 何か事情があるのだろうがフローラはそれ以上詮索はしなかった。
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ひと汗掻いたセトたちは風呂に入ってリフレッシュすることにした。やっぱり汗だくのままは気持ち悪いものだ。
先にアズラたちが入るのでセトは部屋で待っていることにする。
「セト、一緒にはいらないの?」
「リーちゃん。男の子と女の子は別々に入るんだよ」
「私は構わないわよ」
「いや・・・、アズ姉、僕が恥ずかしいのです」
二人の誘いをあたふたしながら断るセト。アズラにとってセトは弟なので気にしないのだがセトはそういう訳にはいかなかった。
年頃のセトには刺激が強いのだ。断るのもまた勇気、セトは少しづつ大人の階段を登っていく。
恥ずかしがっているセトはほっといて、アズラとリーベは風呂場に向かう。
お城にある風呂場なのだ。きっと大層立派なのだろうと期待が膨らむ。
村ではずっと水浴びだったのだ。あったかいお風呂など滅多に入れるものではない。
しばらく贅沢ができると思うとアズラのご機嫌は上々になっていた。
「フン、フフン、フン、フフフフン」
「アズ姉さん嬉しそう、なんかいいことでもあった?」
「今からあるのよ」
メイドさんに脱衣所に案内され中に入っていく二人。脱衣所も豪華だというよりも贅沢を突き詰めた感じか。
脱衣所にお茶やお酒を楽しむ席が用意されている。奥の扉には使用人が待機しているのだろう。
観葉植物をふんだんに使いまるで水の聖域のような雰囲気を出している。
アズラは早くお風呂に入りたいと服を脱ぐ。上着が脱ぎ捨てられその肌理細やかな白い肌が露わになっていく。
きつい上着から解放されたアズラの丘は、脱いだら実はすごかったということはなく、慎ましき丘を右腕で隠しながらズボンと下着も脱いでいく。
リーベは、隠す必要はないと服をすべて脱ぎ捨てて、風呂場に突入していった。
さて、リーベの丘はどうなのか気にならないだろうか? 彼女とて女の子、女性としての武器である丘と桃を手に入れていてもおかしくはない!
きっと、膨らみかけの可愛らしい丘が。
・・・残念だ。丘はなかった。絶壁ならあるぞ。
風呂場も想像通り癒しの空間にこだわった作りをしていた。中央に浴槽を置き、観葉植物が巻き付いた柱が囲んでいる。
神殿をイメージしたのかお湯の湯気で幻想的な光景だ。
「わーい!」
リーベは勢いそのままに浴槽に飛び込んだ。浴槽に波が起きお湯が零れ落ちる。
「ぷはっ! アズ姉さん早く! 気持ちいいよ」
「ふふ、そうみたね」
アズラも体をお湯で流してから入っていく。少し黒味を帯びた灰色の髪がお湯に濡れ肌に張り付き、流れるお湯はアズラの引き締まった体を優しく撫でるように落ちていった。
浴槽に浸かりその温かさを体で感じていく。
「う、ん。丁度いい湯加減ね。リーちゃん、あまりはしゃいじゃダメよ」
「はーい」
「後で洗いっこしようか?」
「うん! するー」
アズラたちは心と体の疲れを癒していく。この風呂に毎日入れるなんて貴族は贅沢な暮らしをしている。
セトは部屋でゴロゴロとして寛いでいた。なんかもうこのまま寝てもいいかなとセトは思い始めているが、折角入れるのだから入った方がいいだろう。
ゴロゴロとしていると、メイドさんが部屋に入ってきた。
「すいません! てっきりお風呂に行かれてるかと」
「いえ、お気になさらず。風呂が空いていないので待ってるんです」
「? 風呂ならまだ空いているので入れると思いますよ」
「あ、そうなんですか? じゃあ、僕も入るか」
「ご案内します」
風呂が空いているのならとっとと入ってしまおうと、セトは風呂場に向かう。アズラたちはまだ入っているだろうか、もう上がっただろうか?
(さすが貴族だ。風呂がいくつもあるなんて)
メイドさんについていくと、脱衣所に到着した。風呂場はこの中だ。
中に入りセトも服を脱いでいく。あそこにあるのはお酒を飲む所だろうか、貴族は贅沢だと思いながらセトは服を脱ぎ終える。
扉を開け風呂場へと入っていった。
「あ、セト! 来たんだ」
「丁度いいわ。背中流してあげる」
「・・・ふぇ?」
あれ? おかしい。確か風呂は空いているはずだ。だが、セトの入った風呂場には背中洗いっこ中のアズラとリーベが目の前にいた。
石鹸の泡でギリギリのラインを隠しつつ、セトに手を振ろうとする二人。
アズラが手を振ろうと腕を上げたため慎ましき丘がもうほとんど見えてしまっているが、そんなことは気にせずセトを呼ぶ。
「セト、何してるの?」
「ふぇ」
「わたしが連れてきてあげる」
「じゃあ、リーちゃんに任せるね」
「うん! セトー!」
リーベがセトを呼びながら走ってくる。そして、そのまま抱き着こうとしたリーベをセトはヒョイと持ち上げた。
ダメです抱き着かせません。
「きゃ」
「あれ、おかしいな? メイドさんは確かに・・・」
「ほら何してるの。背中流すから座って」
目の前に泡で包まれたアズラが立っていた。これはもう裸と一緒です。いや裸だった。
「ふぇ、ふぇふぇ」
「何変な声だしてるの」
セトはもう言われるがままその場に座りアズラに背中を流してもらう。
セトに下ろしてもらったリーベはセトの頭をゴシゴシと洗い出した。
「いや! 待ってやっぱりおかしい。ちゃんと別れて入るべきだよ」
「? セト自分で入ってるわよ」
「これはちょっとした手違いで、アズ姉もこの辺りはしっかり分けないと」
「セト、私と入るのイヤ?」
「そ、そんなことはないけど・・・、むしろ嬉しい」
本音が漏れてしまった。セトはスケベ少年になった。
「わたしもうれしいよ」
リーベはセトと一緒ならいつだって嬉しいのだ。
背中を流してもらったセトは結局一緒にお風呂に入ることとなった。
その日の夜、セトはちょっとぐったりしながらベッドに潜り込んでいた。
お風呂であんなに緊張するとは思わなかったからだ。姉弟そろってのお風呂も悪くはなかった訳だが。
(明日は、装備を貰いに行かなきゃ)
セトは明日の予定を思い出しながら眠りにつこうとしている。
明日はジグラットに報告の手紙を出して新しい仕事を探してとやることがいっぱいだ。
すると、ギィと扉の開く音がした。セトが顔を上げるとリーベが部屋に入ってきていた。
「リーちゃんどうしたの?」
「セト、一人だと眠れないの。一緒に寝よ」
「うん、いいよ」
馬車での移動中は一人で寝れないリーベと一緒に寝てあげていた。
寝室は3人分用意してもらったが、一部屋多かったかもしれない。
セトとリーベはそのまま眠りについた。
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次の日の朝、セトはジグラットへの報告書を配達屋に任せて、仕事探しの準備をする。
アズラたちも一緒に来るようだ。
できるなら、荒事な仕事は避けたい所だが文無しになる前に仕事を見つけないといけない。
出かける前にフローラに挨拶をしようと、執務室に向かうと何やら話し声が聞こえてきた。
「ですので、ぜひ我らの力になっていただきたいのです」
「それは自分たちだけ甘やかしてくれと言っとるのかね?」
「とんでもない! 飢えに孤独に脅える哀れな子らを救うためにございます」
「申し訳ないがお引き取り願おう。ベスタ家は一組織のみを優遇することはないのでな」
ほぼ最後の会話なので内容は分からないが、何かの支援を求めて断られたようだ。
聞こえてきた声は二人とも男性だった。フローラは中にいないのだろうか?
「あら、父上に何か御用かしら」
透き通る声にセトが振り返るとフローラがそこにいた。
「フローラ殿下、おはようございます」
「おはよう。セト様、わたくしのことはフローラとお呼び下さって構いませんわよ」
「そんな恐れ多い。せめてフローラ様でお願いします」
特に親しくもないのに公女と名前で呼び合うのは恐ろしいにもほどがある。せめて目上の方を呼ぶ形にしないといけない。
「では、今後はフローラ様で」
「はい。そういえば、フローラ様、公爵様は何時お戻りになられたんですか、あ、なられたんでございますか?」
「フフ、喋りやすい方で構いませんわよ。父上は昨日の夜にお戻りになりましたわ」
ウィリアム公爵が戻ってきていた。挨拶をしたいがどうやら取り込み中のようだ。
フローラは少し嫌そうな顔をして執務室を見る。
「ツァラトゥストラ教の方ですわ」
「たしか、ベスタ公国にはジグラットがなかったですよね」
「支部がありますの。セト様、立ち話もあれなので一緒に町を歩きながら喋りませんか?」
「? 構いませんけど」
「お仕事を探しに行かれるのでしょ? 良い案件を紹介できますわ」
フローラはセトの仕事探しを手伝ってくれるようだがそれは建前だろう。
セトは気付いていた。彼女が執務室にいるツァラトゥストラ教の関係者を好ましく思っていないのが。




