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頼むからあの娘のべしゃりを止めてくれ!  作者: 裏山おもて
終巻 くちなしさんの、カミバナシ

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8話 適性

  

「……すみません、電話きたんで少し席を外すッス」


 そう言って部屋から出て行った白々雪。


 白々雪と南戸の話し合いは、どう見ても平行線だった。

 どちらが正しいというものではないが、お互いに譲らない。このまま百年話していても交わらないに違いない。


 俺も緊張したせいかすこし疲れたので、ひとまず部屋を出る。

 肩をほぐしながら歩いていると、長い廊下の先で電話を終えた白々雪と顔を合わせた。


「いつもあんな感じなんスか? あの南戸ってひと」


 白々雪の機嫌があからさまに悪かった。

 俺はため息を吐く。


「ああ。だからおまえに会わせたくなかったんだ」

「相性は最悪ッスね。会話自体は楽しめる相手なんスけど」


 いままで白々雪と本気で議論できるやつなんていなかったから、すこしは嬉しいんだろう。でもそれ以上に話題がよくない。

 望んだのは白々雪といえ、そりゃあ唇も尖らせる。


「これ以上話してても生産性は乏しいッスよ。残念ながらウチができるのはここまでッス」

「そうだな」

「そうだなって、えらく淡泊じゃないッスか」


 睨まれる。

 機嫌悪いからって八つ当たりしないでほしいんだが。


「で、ツムギはどうするんスか」

「俺は……」


 考えてるところだ、と言おうとしてやめる。

 ひとつ、方法がないわけじゃない。


 梔子の両親の書架で可能性はみつけていた。帰ってからその本を読んでみて、使い道があることを知った。

 だが、そのリスクもわかっている。

 いままでの俺の信条に反することだってこともわかってる。

 だから俺は誰にも言わずにおこうと思っていた。否定されるのが目に見えているから。


 ……でも。

 俺は、目の前にいる少女を見つめる。

 こいつは白々雪桜子だ。

 あらゆる可能性を受け止め、客観的に判断ができる一番の友人。


「ツムギ?」

「ああ」


 なら、俺はこいつになら話せるんじゃないかと思う。


「なあ白々雪。もし俺が梔子のためになにかできるとして、その対価になにか大事なものを失わないといけないとしたら、おまえはどう思う?」

「ざっくばらんな話ッスね。それをウチに聞いた理由は?」

「いや、なんとなく」


 理由は、たぶん、知っていてほしいからだ。

 認めてほしいわけじゃない。俺の選択を知っていてほしいから。

 白々雪はそんな俺の心中をお見通しとばかりに小さく笑った。


「ツムギがどうしたいか、ッスよ。なにかを得るためになにかを犠牲にすることは日常茶飯事です。その程度が大きくなっても本質は変わらないんスよ。ようは、どっちが大事かなんです。ウチがどうこう言う問題じゃなくて、ツムギがどうしたいかなんスよ」

「それは、そうだな」


 予想していたとおりの答え。

 さすがこいつは白々雪だ。


「でも、ウチ個人としては賛成したくないッスね」


 目を伏せて、控えめな声でつぶやく。


「梔子さんも大事ッスけど、ウチが一番大切なのはツムギです。そのツムギが決めたことなら口は挟まないッスけど、ただもしウチが選ぶとするならそんな選択肢は天地転覆(ありえない)ッス。一番は、ツムギですから」

「……白々雪」


 こいつでもそんなことを言うのか。

 すこし驚きだった。

 白々雪は自分で言って照れたのか、頬をかすかに染めて視線を逸らした。


「ま、まあそれは余談ッス。ツムギは自分のやりたいようにやってください。ツムギが決めたことならどんな手段を取ろうとウチは援護しますよ」

「おう。ありがとな」

「まあ当然ッスね」


 胸を張って誇らしげな白々雪。


「それより、澪ちゃんも着くみたいッスよ。連絡があったッス」


 さっきの電話は澪からか。

 澪が来たところで南戸の意見が変わるとは思わないが、それでもなるべく多くの知恵が集まったほうがいいことは間違いない。

 なんせ相手どるのは鬼だ。神を経て鬼に堕ちた怪奇。

 いままでとは一線を画す相手だろう。


 俺がその鬼神が封じ込められている道場を窓の外に眺めた、ちょうどそのときだった。


 ――ズン。

 と、地鳴りがした。

 地震とは明らかに違う。

 音だけじゃなく、空気もビリビリと揺れた。


「……なんスか?」


 白々雪が怪訝な表情をつくった。

 また地響きが響く。

 窓がカタカタと揺れている。


 間髪いれず、また地響き。

 まるで巨人が歩いてくるような感じだった。


 俺はその震源地にすぐ気づいた。

 まぎれもなく、道場だ。


「くそっ」


 すぐに引き返して、部屋に戻る。


「南戸!」

「そう喚かずともわかっている。そろそろ結界の効力も薄れる頃かと思っていたからな。やはり対価も無しでは半年の維持が限度か」


 南戸が立ち上がる。

 焦っているのは俺だけのようだった。南戸は落ち着いていて、梔子はじっとなにかを考えているようだった。白々雪はすぐに事情を把握したみたいで、眉間に力を込めて南戸を見つめている。


「しかし準備がまだ終えていないのでな。そろそろだとは思うが――」

「南戸さん!」


 と、部屋に入ってきたのは澪だった。

 澪は挨拶する間もなく手に持っていた袋を南戸に投げる。


「これでいいんですよね!?」

「ああ。ナイスタイミングだ助かったよ。アタシのコネクションじゃあなかなか手に入らなくてな」


 南戸が受け取ったのは一本の瓶。

 日本酒だった。

 銘柄はよく知らないものだった。見る限りどこにでも売ってるようなものじゃなさそうなのは確かだ。ラベルに狐の絵が描かれているものはいままで見たことがない。


 なんのために、と聞く前に南戸がその日本酒を一気に飲み干した。


「くう、久しぶりだなこの味は。相変わらず強烈だが、気つけにはちょうどいい」

「……え?」


 顔をしかめる南戸を見て、俺は目をこすった。

 最初は見間違いかと思った。

 だが目を細めてみても、こすってみても変わらない。


「……尻尾?」


 南戸の後ろに、白くて半透明の尾のようなものがいくつも生えているように見えた。毛に覆れた尻尾は数えてみると九つほど。

 つい横に立っている白々雪の服をひっぱる。


「なあ白々雪……あれはなんだ?」

「ん? どれッスか?」

「いや、南戸の尻だよ。ほら」

「ついに尻の良さに目覚めたッスか? ようこそこちらの世界へ」


 茶化された。

 どうやら白々雪には見えていないらしい。

 ってことは、澪の背中に羽が生えたときとは違うらしい。

 澪もなにも気づかないのか「間に合ってよかったです」と素知らぬふうに、南戸から空き瓶を受け取っていた。


 俺にしか見えていないのか。


 その南戸はちらりと俺を一瞥して意味深な笑みこそ浮かべる。だが何か言うこともなくそのまま袖の下からキツネの面を取り出した。

 ……キツネ面。歌音が言っていたやつだ。


「さて、鬼退治といこうかね」


 詐欺師はその面を顔につけて、廊下へと――道場へと向かう。

 まるで祭りに向かうかのような、いつものように飄々とした態度で。



 口 口 口 口 口



 地面が震えている。


 道場の入口は固く閉ざされていた。

 南戸がかけた結界が道場全体を覆い、(かんぬき)よりも堅牢に空間を留めているのがわかる。


 半年前はわからなかったが、いまはその()がハッキリと見えた。

 不思議な感覚だった。

 結界も、結界のなかにいる鬼神の気配も明確に感じ取れる。

 結界や鬼神が変わったのか、それとも俺が変わってしまったのか。

 たぶん後者だろう。


「その感覚を忘れないことだぜ」


 道場の門の前に立ち、背を向けている南戸。

 もう俺たちを振り返ることはない。閂に手をかけて、この道場へと足を踏み入れようとしている。

 だが最後の一歩を踏みとどめ、背中で語った。


「常にその感覚を思い出すことだ。そうすりゃあ見えないものも見えてくる。状況が見えてさえいりゃあ対処のしようもあるってもんだろ?」

「なんだよ、それ」


 まるで遺言のような言い回し。

 そういうのは好きじゃない。

 南戸は半透明の尻尾をゆらりと動かして続ける。


「やり方はそれぞれだ。アタシにはアタシに似合った方法があり、キミにはキミに似合った方法がある。……いや、率直に言うならばこうだ。アタシにはアタシに似合った方法しかない。誰にだって手段は限られてる」


 なんとなくわかっていた。

 南戸が使役できる怪奇は獏や狸、そしておそらく目の前に顕現させている狐の類だ。

 どれも人を騙し幻を見せ、操り惑わす性質を持つ怪奇ばかり。妖怪と呼ばれる分類がほとんどなのだ。


 征士郎はドッペルゲンガー。同じ姿を見せて狂わせる性質がある。その性格に似合ったものだ。


 ……なにも使役するものに限ったことじゃない。

 澪は自分と同じ気質のものを呼び寄せたし、歌音はその豊富な想像力がゆえに獏を必要以上に使いこなした。


 怪奇は、理由や性質を問わずになんだって目の前に現れるわけじゃない。

 それぞれに適性ってものがあるんだ。


「その限られた手段のなかで、どう対処するかが重要だ。キミにはキミのやりかたがある……そうだろう久栗クン。いや――」


 南戸が閂を外す。

 中から響く空気の振動が、一層強くなった。


「――(ツムギ)クン」


 扉が開かれる。

 暗く、澱んだ空気が噴き出した。


 瘴気とでも呼ぶのだろうか、つい顔をしかめてしまうほどの不吉な風。とっさに息を止めたくなる()えた匂いがした。

 その道場の中心に立っていたのは鬼だった。

 梔子の面影が残る、小柄な――しかし異質な鬼の姿。


 そいつは長い髪の間から俺たちを睨んでいた。


「半年ぶりだな、鬼神」


 南戸は平然と道場に足を踏み入れた。

 完全に道場のなかに入ると、触れてもいないのに入口のそばにかけてあったしめ縄が動いて、入口を十字に塞ぐ。まるで牢の鍵をかけ直すかのように。


 じり、と鬼神が一歩下がった。

 半年前、南戸にはなかった尻尾に警戒している。


「九尾狐さ。珍しいだろ?」


 南戸が尻尾の一本を振るった。扇子を煽ぐ程度の軽い動作。

 それだけで、道場内に風が吹き荒れた。

 結界の外にまで届きそうなほどの暴風だ。

 鬼神の体がまた一歩、後ろに下がる。


「まだ手懐けて日も浅いゆえに多少制御は荒いが、鬼のキミにとっては申し分ない相手だと思うがね」


 鬼神はその言葉に応えるかのように腕を掲げる。

 俺の腹を貫いたことのあるその鋭い切っ先を、南戸に向けて。






 九尾狐。

 そりゃあ俺でも知ってるくらい有名な怪奇だ。古来から伝わってきた妖怪のなかでも、頂点を争うほどの強さを持つだろう。

 人を騙す怪奇のなかでは間違いなく筆頭だ。


 そんなものを奥の手に従えていたなんて、さすがとしか言いようがない。こういうことに関する南戸の素養は、俺が思っていたよりも遥かに規格外なのだろう。


 だがそれでも俺は安心できなかった。

 嫌な予感が胸の中から消えない。

 言い知れぬ不安が、渦巻いていた。


「……そう突進ばかりでは状況も変わらないぞ鬼神」


 南戸の操る尻尾が鬼神を叩き、吹き飛ばす。

 鬼神は暴風や衝撃をいなし、(かわ)し、ときには喰らいながらも体勢を立て直して南戸に向かっていく。


 鬼神の脅威はその膂力と怪力だ。触れられない限りは痛手にはならない。南戸はまた鬼神を吹き飛ばす。

 攻防はいたってシンプル。

 状況は拮抗していた。


 南戸も九尾狐の力をすべて使役できるわけではなさそうだ。冷静に観察してみると、顕現しているのは九本の尻尾のみ。いまはそれが限界なのだろう。

 ただそれは南戸も想定内のようで、焦っている様子はない。ただなにかを待っているかのように淡々と、繰り返すだけ。


 変化が起きたのは、じつに数十回目の攻防のあとだった。


「ちっ」


 小さく南戸がつぶやいたのと同時、尻尾が消えた。

 顕現の限界に来たのか、すぐに南戸が袖の下から鉄の扇子を取り出す。


 その慌てた様子の南戸を見た瞬間、鬼神が好機とばかりに飛びかかる。

 鉄線を引きちぎるほどの力だ。ただの鉄扇では防ぎようがない。鬼神の振るった腕が南戸の体に触れる――その直前だった。


「なんてな」


 地面から突如生えてきた尻尾が、鬼神の腕を弾き飛ばす。

 ニヤリと笑う南戸。わかりやすい騙し討ちだ。

 尻尾はそのまま鬼神の腕に絡みつき、抵抗しようにも離さない。


「悪いが、少し痛いぞ」


 南戸がそのまま、鉄扇を振るった。

 鈍い音。


 鬼神の腕が切断された。


 澪が小さく悲鳴を上げて目を背ける。

 腕をもがれた瞬間、鬼神は後ろに大きく跳んだ。叫び声こそあげなかったものの千切れた腕を押さえて、南戸を強烈な敵意をもって睨んでいた。


「さて、力半減だな」


 南戸は冷淡に千切れた腕を投げ捨て、ゆらりと尻尾をはためかせる。

 戦力の差はそこまで大きくないだろう。だが、戦略を備えている南戸のほうが一枚上手だった。消耗戦にもなりそうだが、このままいけるかもしれない。


 そう思った瞬間だった。


「ぐっ!?」


 南戸がうめいた。

 見れば、南戸の脇腹に突き刺さる一本の腕。


 切断して捨てたはずの鬼神のものだ。


「ちっ!」


 南戸は腕を尻尾を使って引き剥がすと、そのままひねりつぶす。

 骨が砕け、肉が潰れ、神経がちぎれる音が聞こえてくる。耳を閉ざしたくなるような嫌な音をしこたま絞りだしてから、ゴトリと床に落ちる。


 そうしてようやく、腕はぴくりとも動かなくなった。


「……鬼にそんな特性があるとは、知らなかったぜ畜生」


 皮肉を言うように笑いながら、南戸が言い捨てた。

 余裕綽々に言っているが……まずい。

 まず間違いなく深手だ。


 血が床に滴り落ちていた。運が良かったとするなら、突き刺さった場所が急所を逸れていたことくらいだろう。

 ただ、南戸はまともに立っていられなくなった。

 片膝をついてしまう。


 間髪入れず、鬼神が突進する。


 南戸は尻尾をつかって迎撃するが、力が入らないのかさっきまでの暴風も生まれない。

 二度、三度、と腕と尻尾の鍔迫り合いが起こる。弾き飛ばす力すら、もうそこにはなかった。


 誤算はそれだけじゃなかった。

 鬼神が小さな口を開き、叫ぶ。


「~~~~~~~ッ!」


 それは音にならない音だった。

 だが、一瞬で頭痛を生むほどの超高音の音波。

 道場の外にいる俺たちでさえとっさに耳を塞ぐ。


 目の前にいる南戸の耳からは血が漏れた。鼓膜を破られたのだろう。

 ぐらり、と三半規管がまともに働かず、バランスを崩す南戸。


 その隙を見逃すはずがない。

 

 腕を振り上げた鬼神。


 九尾狐の尾は間に合わない。


 俺は息を呑む。


 だが、その時の南戸は――なぜか笑っていた。


 そしてちらりと俺を見て、口を動かしたような気がした。


「南戸ッ!」


 鬼神の振るった腕が、南戸を吹き飛ばした。


 重い衝撃音が響き、南戸は壁に激突して地面に落ちる。

 受け身も、尻尾での防御もできていなかった。

 モロにダメージを受けているのは明白。


「――南戸!」


 しかし地面にうつぶせに倒れた詐欺師から、返事は聞こえてこなかった。



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