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頼むからあの娘のべしゃりを止めてくれ!  作者: 裏山おもて
終巻 くちなしさんの、カミバナシ

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エピローグ

  

 この日常、やりたいことが多すぎる。



 おまえは誰だ。

 そんなふうに問われれば、即答する。俺は久栗ツムギだ。


 いままでの話のなかで何回か言ったように、個人を個人たらしめているのは認識という手段であり、つまり記号だ。

 記憶、性格、環境、容姿。難しく考えなくても、そんな識別情報を組み合わせたものを〝個性〟と呼ぶことくらい、誰でもわかるだろう。


 個性は言葉の通り、自分だけのものだ。

 でも、それを理解していても自分のことがわからなくなるやつも、多くいる。

 俺も自分に迷い、悩み、傷つく者がたくさんいることを知っている。

 強いとか弱いとか関係ない。


「ツムギを恨むなんて、天地転覆ッスよ」


 自分の親に、自分ってものを強制させられることだってあるだろう。それで傷ついてしまうかもしれない。


「ツムギくんはわたしを助けてくれたから」


 自分が他人を変えてしまったことに罪悪感を持って、自分の正しさに疑問を持ってしまうかもしれない。


「ツムギ兄ちゃんはまったくもってバカだよ」


 ずっと思い描いて憧れていた自分の将来が揺らいで、殻の中に籠ってしまうかもしれない。

 自分に悩む瞬間くらい、生きていれば必ず訪れるだろう。


 個性を失ったり。

 親の道具にされたり。

 妖精と入れ替わったり。

 夢に閉じこもったり。


 俺たちはまだまだガキで、将来のことなんてなにもわからなくて、未熟で身勝手で、それでも前に進もうとしてもがいてきた。

 自分のあるべき姿もわからずに、その答えを探してきた。

 永遠に見つからないかもしれないけれど、それでも探すことに意味があると信じてきた。

 だから、俺はそういうやつらの背中をすこしでも押せるような男になりたかった。


「……俺は久栗ツムギだ」


 俺は俺。

 おまえはおまえ。

 だからこそ、そんな当たり前のことが当たり前じゃない少女に出逢ったあのとき、俺にはそれが衝撃で、そのときの気持ちがいままでずっと心の奥に燻っていた。

 その燻りがいつしか別のものに変わっていたことに気づいたのは、その少女が初めて涙を見せたときだった。


 ……認めよう。

 俺は、梔子詞が好きだ。


 俺は梔子との想い出のなかで、自分が変わっていくことに薄々気づいていた。

 停滞主義者はもういない。


 後ろを振り返ったときには、もう戻れない場所まで来てしまっていた。

 白々雪のところにも。

 澪のところにも。

 歌音のところにも。

 南戸のところにも。

 そして、梔子のところにも。

 俺はもう戻れないところまで、来てしまっていた。


「……長いようで短かったな、ほんとうに」


 つぶやきが、自分の胸に響く。

 長いようで短い。

 過ぎていく時間をそんなふうに感じることがあるとするなら、それは日々が忙しいからだろう。

 俺たちがどんな感性を持っていようが時間はいつだって平等で、平定で、平常だ。

 素晴らしい概念。まさに理想形だな。


 もしタイムスリップやタイムリープなんてものがあるとするなら、決して俺の前に現れないでほしい。これほどまでに安定した概念を覆されたら俺は発狂するだろう。いや、する。いや、したい。


 とにかく、だ。

 時間が短い。

 そんな所感を持ったということは、つまりそういうことだろう。充実していたかどうかはさておき、確かに俺はこの日常をあっというまだと感じていた。とくにこの一年半はまたたくまに過ぎていた。

 梔子と出会い、澪が来て、白々雪を巻き込み、歌音が成長し、南戸に騙されながら過ごしてきたこの長いようで短い日常が、俺は嫌いじゃなかった。


 つまり、俺が言いたいことはひとつだ。

 いまこの時間が好きだった。

 あいつらの楽しくやってるこの環境が好きだった。

 誰かを好きになることができた自分がすきだった。


 恥ずかしいけど、そう思えた。

 ただまあ、こんなふうに連ねるとまるで死亡フラグのようだな、と誤解されそうなので言っておこう。


 まるで、じゃない。

 これは死亡フラグだ。


 神から始まりそして神で終わる。

 そんな梔子を取り戻すための俺の戦いは「まだまだこれからだ!」なんて少年漫画風に打ち切らせることなんてできない。したくない。

 自分を捨ててでも、完結させたい物語がある。

 だからこそ俺はあくまで語り部であり、主人公にはなれないんだ。

 俺のそのやり方は褒めたもんじゃないだろう。

 でも、仕方ないんだ。

 もっとたくさんやりたいことがあったとしても。たとえ我が儘だろうとも。


 いままで積み重ねてきた時間を、ムダバナシにはしたくないから。

 白々雪には肯定されるだろう。肯定した上で、否定するだろう。

 客観的に、沈着に、しかし時には情熱的に俺を評価してくれる幼馴染だ。

 これからもみんなを支える正しい判断をしてほしい。


 一風変わったこの経験を、コイバナシにはしたくないから。

 澪には否定されるだろう。決して認めてはくれないだろう。

 もっと上手なやりかたを見つけようとしてくれる優等生だ。

 みんなに好かれるその人格で、もっと自分の幸せを求めてほしい。


 取り戻したその感情を、ユメバナシにはしたくないから。

 歌音には叱られるだろう。怒られるだろう。

 素直なその感情を俺にぶつけてくれるたった一人の妹だ。

 母さんとうまくやって、いずれ夢をかなえてほしい。


 築いてきた俺たちの関係を、ホラバナシにはしたくないから。

 南戸は呆れるだろう。停滞主義者と罵られるだろう。

 本当に現状を打破するなら、違った方法を教えてくれるだろう。

 これからも梔子を支えてほしい。


 俺はいままで他人に頼って、縋って、貰って、そうやって誰かに支えられて生きてきた。

 だから今度は返す番だ。

 強制されたわけでもない。憧れているわけでもない。格好つけてるわけでもない。

 俺自身が望んだ、最後の大仕事。


 だからそのまえに、この長いようで短かった梔子を巡る神噺(カミバナシ)をしめくくる俺の遺言としては、この言葉を残しておこう。


〝梔子さんは、祈らない〟






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