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頼むからあの娘のべしゃりを止めてくれ!  作者: 裏山おもて
2巻 しらゆきひめの、ムダバナシ

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冗話 <ムダバナシ>



 さて、こうして俺が二重にも三重にも騙されたムダバナシをしめくくるまえに、忘れずに主役に焦点を当てておかなければなるまい。



 このまま幕引きしてもよかったんだが、やはり俺はあくまで語り部であって、そして白々雪桜子は部外者にはなりえなかった。

 

 白々雪桜子。


 彼女が家を訪れたのは、白々雪母が去るその直前だった。

 用意周到とはこのことを言うのか、南戸は白々雪母の言動をテープレコーダーで録音していた。古めかしいアナクロな機械を掲げ、「これを公表すればめでたく刑法デビューだぜ。証拠も証人もわんさかいるし、言い逃れはできねえだろ?」と脅して帰っていった。俺もべつに警察につきだそうなんて思っていなかったし、いままでどおり白々雪に近づかないことと、俺や梔子にも関わらないことを約束させただけで十分だった。

 拘束を解いて家から追い出したそのとき、俺の家の玄関先に白々雪がいたのは、ただの偶然だったのだろう。


「「え」」


 親子ともども、不意打ちの対面に固まった。

 二年前、俺がふたりの会話を聞いたのはわずか数回。

 あのときはほとんど親子らしい会話はしていなかったように思える。白々雪の状態は常態じゃなかったし、母のほうだって娘にとり憑いた神にしか興味がなかったのだろう。お互いがお互いを見つめあっている場面は、初めて見た。


 ……この親あってこの子あり。

 そう近所で囁かれていたのは、まったくの間違いだったと、俺はようやく知った。


「――四十七回」


 先につぶやいたのは、白々雪桜子。


「ママはウチに言ったッスよね? 『ごめんなさいもうしません』って。福祉センターのひとの前で、裁判官の前で、近所のひとたちの前で、ツムギの前で、そう何度も言ったッスよね? オカルトはやめるって約束したッスよね? ツムギのことは恨まない、ツムギのことは傷つけない、ツムギにはなにも言わないって、約束したッスよね?

 覚えてないとは言わせないッスよ。ウチが覚えてるッスからね。ウチの記憶は記録ッスよ。それくらいママも知ってるッスよね? なのに、その約束を破る真似、よくもしてくれたッスね?」


 彼女は怒っていた。

 俺の家から出てくる自分の母親――それを見ただけで、白々雪桜子はすべてを見抜いた。把握していた。理解できていた。

 洞察力と判断力。そして記憶力。

 とっくに親の能力なんて、凌駕していた。


「ウチと話がしたい? ウチとやり直したい? ウチと触れ合いたい? ああ、電話だったから半信半疑だったッスけど、顔見ればわかりました。あれは嘘ッスね。その視線、その反応、その表情……ママはやっぱり、ウチのことを娘じゃなくて道具としてしか見ていないんスね」


 憤怒。

 俺のすぐ後ろにいる梔子が白々雪の母親を見るそれと、まったく同じ目をしていた。

 だけど同時に――悲しそうでもあった。

 それは家族に利用され続けてきた白々雪の命。

 決して記憶から消すことができない、寒々しい過去。


「ウチはねえ、いままでずっとママはママでいい、と思ってたッスよ。十五年間も無味乾燥な視線だったとしても、そこに愛情はなかったとしても、ウチのことを大事にしてくれたのはわかってましたから。大事してくれる理由がオカルトのためだとしても、それでいいと思ってました。……でも、それでももうダメッスね。ママはツムギを傷つけた。執心深いママのことです、殺そうとすらしたんでしょ? そうなればもう後戻りできません。ウチのなかの線引きを踏み越えたッス。それだけは許すことはできません。いくら生みの親だとしても、許容できる範囲ではないッス」


 母親はなにも言わない。

 なにも言えない。

 静かに怒る娘に気圧されて、母はなにも言えない。


「そこをどいてくださいママ。あなたはもう、母親としての資格を失ってるッス。法律でも気持ちの面でも、あなたはただのオカルト趣味の芸術家としてしか、ウチの視界には入りません。ツムギをどうこうするのは逆恨みですし、ウチに対する態度ももう意味はありません。あなたはパパとふたりで、これまでどおり幸せに不幸になっていてください」


 白々雪が、母親の横を通って俺のすぐそばに来る。

 その目はひどく冷たかった。

 だけど瞳の底は深く、いろんな感情が溜まっていた。

 それでも、白々雪は、白々雪桜子だから。


「……やっぱり、ダメなのね桜子」

「はい。もう、終わりです」


 白々雪母は、それ以上はなにも言わずに歩いて行った。

 もう逢うこともない。

 このわずかな邂逅が、母親と触れ合える最後の機会だと知っていても、白々雪桜子は目を閉じてうなずいた。

 判断に迷いはない。

 冷静に、客観的に、家族を見ることができる。

 希望はあくまでも希望。

 過去はあくまでも過去。


「さようなら、ママ」


 白々雪桜子はどこまでも、白々雪桜子だった。





「……さて。さてさてさて」


 母親の姿が見えなくなると、夏の暑さを思い出したように、白々雪は腰に手を当てて息をついた。さっぱりと怒りを霧散させていた。

 さっきの白々雪はもう用済みとばかりに、活き活きとした表情になっている。その切り替えの速さも白々雪らしい。


「ところでおふたりさん、いろいろ訊きたいことがあるッス。あのひとのことだとか、最近ツムギがどことなく冷たかった理由とか、怪我はしてないかとか夏が暑い理由とかアイスが美味しい理由とか。……でもやっぱりそんな些事よりも気になるのは……あんたッス、梔子詞!」

 

 ……あれ、まだ怒ってる。

 なぜだ。


「梔子がどうかしたのか?」

「どうかしたって? なにをふざけたことぬかしてるんスか、じゃあどうかした質問ッスけど、まずはひとつめ。なぜここに梔子さんがいるッスか?」

「そりゃあ協力してくれたからだ」

「ふたつめ。梔子さんはウチより後に帰ったはずッスけど、どうして先にここにいるんスか?」

「走ってきてくれたからだ」

「みっつめ。ツムギが助けを呼んだからッスか?」

「……まあ、そうだな。俺が助けを呼んだ」


 呼ばなくても、来てくれるやつだから。


「じゃあよっつめ。みっつまではべつに納得できることッスよ。梔子さんにはウチも助けられたことがあるし、梔子さんはヒーローみたいな性格してるってことで納得できますからね。でも、このよっつめはちょっと納得できないんスけど…………ねえ、なんでツムギの服を握ってるんスか?」


 あ、ほんとだ。俺の服をちょこんと掴んでやがる。

 いつもの無表情で。


「萌えッスか? 裾握らせて萌えるってやつッスか!?」

「落ちつけ、俺はそんな倒錯的な欲望持ちあわせていない」

「じゃあ梔子さんの恣意ってことッスよね。……ふうん、やっぱり梔子さんは子猫ちゃんの皮をかぶったライオンでしたか。おとなしそうなふうに振舞っておいて、ウチの目につかないところでツムギをたぶらかす泥棒獅子ッスか!」


 泥棒獅子とは新しい。

 たしかに猫科だけど。


「まあいいじゃねえか。俺を守るために戦ってくれたんだ。怖かったんだろうよ」

「なんスかその慈愛に満ちた目は!?」

「ん? そんな目をしてるつもりはないぞ」

「と言いつつ目をハートにするんじゃないッス!」

「うるさいなあ。これでどうだ」

「¥!? 梔子さんで金を稼ぐつもりッスか!?」

「$」

「世界を股にかけるつもりッスか!?」

「℡」

「0、1、2、0……出演依頼はこちらまで!? ツムギの目が広告に!?」


 ちゃっかり楽しんでんじゃねえよ。

 目が疲れた。

 

「……話を戻すぞ。服掴むくらい、ゆるしてやれ」

「いいやダメです! それだけは0.二歩ゆずっても納得できないッス!」

「ケチりすぎだろもうちょいゆずれよ」

「一歩ゆずるから百万だせッス」

「ゆずりながらゆするんじゃねえ!」

「百万だせ嫌ならべつにいいッス」

「ゆすると同時にゆるす、だと!?」

「ふふふ、ゆるしあい、ゆずる愛、ゆすりに逢う物語。トリプルミーニングッスよどうッスかツムギ」

「どうでもいいけどありがとう、ゆるしてくれて」

「し、しまったッス……」

「墓穴を掘ったな。御愁傷様」

「ついつい言葉遊んでしまうウチがうらめしや」

「さっさと成仏しろ!」


 幽霊の白々雪とか怖すぎる。耳元でしゃべり続けられたら寝不足確定だ。

 

「あれだな、おまえ白襦袢似合いそうだな」

「……胸元見てそういうこと言うのやめてくれないッスか?」

「すまんすまん」

「腰見るのも禁止」

「え、じゃあ白々雪見れねえじゃん」

「ウチの個性それだけ!?」


 むろん冗談だ。

 ……冗談だぞ?


「でもああいう恰好って、意外に可愛いッスよね」

「そうだな。あれなら胸に邪魔な脂肪がついてても許せる」

「そういえばツムギは貧乳好きという名の変態だったッスっけ。希少価値がどうのこうのと言って自分の醜い性癖を崇高化させる悪徳商法まがいの理論所持者」

「おまえまでなぜ知ってる!? 澪だな!? あいつの入れ知恵だな!?」

「嬉々として語ってましたよ。『ツムギくんの好みにより近いのは私なのよ!』って。ちょっとムカついたッスけど事実ならしょうがないッスね」

「あいつあとでぶっとばす」


 どうやらストーカー少女は最近はっちゃけすぎなようだ。

 これはお仕置きが必要だな。おしりぺんぺんとかゆるしてくれるだろうか。


「それはそうとツムギ、そもそも訊きたいことがあってここまで来たんスけど」

「ん、なんだ」

「夏休み、とくに予定ないッスか?」

「この俺が予定なんてあるわけないだろ。せいぜい図書委員くらいだ」

「ほうほう」


 ……ん?

 軽々と答えてしまったけど、嫌な予感がする。


「……なんかたくらんでないか?」

「たくらむ? まさか、この純粋系少女白々雪ちゃんが(はかりごと)なんてするわけないじゃないッスか。せいぜいツムギの平穏を切り刻むくらいッスよ」

「それがたくらみだ!」

「ふふふ、夏のたくらみ胸がふくらみワクワクワク」

「あっさり認めやがったな。なにをするつもりだ」

「さあ、それはあとのお楽しみッス」

「ぜんぜんワクワクしねえ……」


 夏休みは一カ月間寝て過ごすのが理想なのに。

 なんか今年は思い通りにならない予感。

 その理由は、ある程度予想できるんだが……。


「まあとにかくッス」


 白々雪は、そんな俺の胸のうちを気にすることなく、いまだに俺の服を掴んで離さない梔子を見下ろした。

 小柄な梔子は、なぜか睨んでいる白々雪を見て首をかしげていた。


「まずは目の前の課題から片づけましょう」

「課題ってなんだ?」

「夏休みの宿題。もう忘れてるんスか? ツムギにとってはいささか酷な量がでたはずです。ウチの頭脳にとってはお茶の子さいさいな内容ッスけど、学力的に微妙なツムギと澪ちゃんには簡単とはいえない問題でしたよ」

「……その口調、もうやったのか?」

「昨日の夜やりましたよ。……梔子さんは?」


 白々雪が話しかけると、梔子は首を横に振った。

 そりゃあまだ手をつけていないのが普通だ。


「ってことで、課題と疑問の処理から始めるッスよ。夏休みのための勉強会。ちょうどあしたの午後はウチらの図書当番の日ッスから、宿題全部持って図書室集合で。もちろん澪ちゃんには伝えてあります。異論はなしッスよ。これも夏休みのためッス。それと梔子さんも参加するッスよねえ?」


 やけに押しが強い。それと目が怖い。

 梔子はわずかに威圧されて、ようやく俺の服から手を離してうなずいた。


「よしよし。そうと決まれば今日はやることはひとつッスね」

「なんだ。これ以上なにかあるのか」

「あたりまえッスよ。ウチを誰だと思ってるんスか?」

「白々雪だろ」


 そんなあたりまえなことを。


「そうッス。ウチは白々雪桜子ちゃんッスよ」

「だからどうした?」

「話題を逸らせたと思ったッスか? 疑問は消えたと思ったッスか? まさか、ツムギともあろうものがそんなことも忘れたとは言わせないッスよ」

「……べつに忘れてたわけじゃねえよ」


 ちょっとは、気を使ってくれるかなと思っただけだ。

 でも、白々雪は白々雪。

 こいつの個性は、胸や腰なんてものじゃとても表現できない。


「なら、改めて訊くッスよ」


 まず彼女を彼女たらしめているのは、無欠なる記憶力。

 いくら話を逸らしたとしても、言葉の線路を乗り換えて脱線させて泳がせたとしても、こいつはあっさりもとの路線に戻してくる。

 忘却なんてありえない。


「梔子さん、ツムギ。あんたらの関係、ちょっとクサイんッスよね」


 つぎに彼女を彼女たらしめているのは、疼く好奇心。

 どれだけ遠まわしに訊くなと言っても、そこに突っ込んでくる度胸。猫をも殺す好奇心をまったく殺さない貪欲さ。知りたがりの訊きたがり。

 譲歩なんてありえない。


「こそこそ隠れてなにかやるのは問題ないッスよ。ウチはべつにツムギの恋人でもなければ母親でもないッス。けど、ことウチの問題に関してふたりで解決しようとしていたのを知って、それを放っておけるほどウチは甘くないッスよ」


 そしてなにより。

 白々雪桜子の個性といえば――


「いいッスか? もちろんあのひとの目的がツムギにあったとしても、仮にもあのひとはウチの母親ッス。そのウチを差し置いてふたりだけで追い返そうとするなんて判断、それこそ納得できないッスよ。ツムギは梔子さんにそこまで信頼を置いてるんスか? それともウチが信頼できないッスか? もし後者だとしたら心外っすね。もしあのひとかツムギか選べと言われたら迷わずツムギを選ぶッスよ。それくらいの俯瞰的思考はいつだって維持できるってこと、ツムギは忘れたんすか。心外ッス。それとも忘れたふりをして仲間外れにしようとしたんスか? 心外ッス」

「いや、だからさ……」

「だいたいツムギはまえからウチの扱いが雑なんスよね。これでもウチは女の子ッスよ? 小学生のときはいきなり胸揉むわ、中学生のときは神様ひっぺがすのを口実に家庭崩壊させるわ、高校になってからは図書委員の仕事を押し付けるわ……それでも親友ッスか? ツムギなんてウチ並みに友達少ないくせに、少ない友達を大事にしないとか信じられないッスよね。アレッスか、マゾなんスか? それかサドなんスか? ツムギの本質がマゾかサドかなんてナゾ、いまさら気にするとは思わなかったッス。まったくほんとにツムギは平和主義者のくせして秘密大好きッスよね。まあ、そんなツムギもウチは嫌いじゃないッスけど。……かといって好きかと言われればそれも悩みどころなんスけど」

「おーい……しらゆきさーん」

「好きか嫌いかの問題じゃないのは理解してるッスけどね、それでも決めあぐねてしまうところッスよね。そりゃあツムギは好きッスよ。でも、梔子さんと秘密を共有してるツムギを見てると腹立つんスよね。……あ、でも拗ねてるわけじゃないッスからね! ツムギが誰とどんな秘密をこそこそおもちゃ箱にしまってようが、鍵を開けて中身を確認するほどサンタクロースじゃないッスよ。せいぜい透視するくらいッスね。まあ、そんなことできれば最高ッスけど、あいにくまだそこまで超能力はもってないッスから、これは保留ということにしておいてください。それでもまあ、少なくともウチは梔子さんよりツムギのいた時間は長いわけですし、信頼度や関係性の深さでいえばウチのほうが――――」


 ――しゃべりだしたら止まらない。 

 誰にも彼女を止められない。

 一度話し出すと、満足するまで放っておくしかない。

 授業中だろうが休み時間だろうが、喧嘩中だろうがおかまいなし。

 妄想にひたることもなければ、ストーカーほど徹底的じゃない。

 感情がないわけでもなければ、騙そうとしてくるわけでもない。

 ただ、しゃべる。

 しゃべり続ける。

 この夏休み前の俺の個人的な奮闘は――大人に騙されて詐欺師に騙されてけっきょく俺の葛藤すら意味がなく無駄になってしまったその奮闘は、


「ねえツムギ、訊いてるッスか?」


 白々雪桜子にとっては、ちょっとした世間話にできる無駄な話のひとつでしかなかったわけで。

 だからこうして、まったく関係のないことをただひたすら怒りながら――しかし楽しそうに話す白々雪には、こう言っておくのがベストに違いない。


 童話のなかで眠りこけるお姫様なんか程遠い。

 俺の学校のお姫様は、魔女の毒リンゴでひるんだりなんかしない。

 王子様なんて、必要ない。

 それが白々雪桜子。

 だから、これが的確だ。

 この冗話(ムダバナシ)をしめくくるのは……これでいい。



〝白々雪姫は、しゃべりすぎ〟



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