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頼むからあの娘のべしゃりを止めてくれ!  作者: 裏山おもて
2巻 しらゆきひめの、ムダバナシ

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プロローグ

 さて、話を進める前に次の主役を紹介しておかなければならない。

 先日の梔子の神祓いのときもそうだったように、俺が主役になって物語を進めるなんてことはないだろう。せいぜい俺はサポートキャラがいいとこで、語り部くらいがちょうどいいのだ。そもそも俺の物語なんて描いても、誰も見向きしないだろう。騙されて使われる、それがまさに適役。そう考えてみれば、初対面のくせに南戸は俺の使い方をよくわかっていた。こんど説明書でも書いてもらって白々雪とか澪に配ろうか。そうすれば俺はなにも考えなくて良くなるかもしれない。自動人形になりたい。物言わぬ貝になりたい。生まれ変わったら地下室の壁になりたい。

 こんな台詞をポジティブに吐けるのは俺くらいだろう。少なくとも白々雪には無理だ。あいつはどこかが動いてないと死ぬ。「そりゃ心臓が動いてないと死ぬだろ」と思ったそこのおまえ、ちょっとこっちにきて正座しろ。正座して背筋を伸ばして聞け。いいか、おまえ、そのとおりだ。なにも間違っていない。だから、俺はそろそろ死ぬかもしれない。ありがとう気付いてくれて。

 ……冗談だ。主役の話に戻そう。

 



 白々雪桜子。




 あいつのことを言い表そうと思っても、なかなか一言では難しい。人間、♀、十六歳、理屈屋、記憶マシン、変態、好奇心旺盛、芳醇な唇、本好き(外装)、舌八丁、etc……

 白々雪個人としての特徴は挙げればキリがない。

 が、学校での立場ならわりとはっきりしている。教師にとっては頭痛の種、生徒にとっては絡むとめんどくさい対象、なまじ頭がよくてそのくせうるさいから誰もが敬遠する迷惑なやつ。そのくせなぜか男どもから好かれるやつ。女子からは皮肉と嫉妬、男子からは崇拝と恋情を込めて〝白々雪姫〟と呼ばれる。


 俺にとっては、すこしだけ違う。

 小学生の頃からの知り合い。ただし幼馴染などというマンガやラノべで大人気の職種ではない。学校が同じだというだけで、小学生のころからおしゃべりだった白々雪はあのときクラスの中心で目立つ存在だった。さすが小学生、快活で美人なら相手が男女問わずにモテる。性格なんて二の次で白々雪のことを好きになった馬鹿なやつらはごまんといた。五万は言い過ぎかもしれないが十人はいた。クラスの十人の男子はバレンタインの日に白々雪の言動をわずかも見逃さないように気を張り詰めていたのは記憶に苦い。白々雪が男子に話しかけようものなら鬼のような殺気が飛び交い、なんの罪もない無知な男子が翌日ボロ雑巾のようになって発見されたほどに修羅だった。白々雪がトイレに行けば廊下が込み合い、白々雪が下駄箱を通り過ぎればダッシュで確認しに行き、そしてみなそろって肩を落とす。馬鹿な男どもは馬鹿な期待を抱いて馬鹿みたいにそわそわし続けていたのだ。ほんと馬鹿すぎる。あんな恋愛のレの字もセの字も知らないガキどものくせに、白々雪のチョコの行方が世界の行く末だと思っているかのように必死だった。

 愚かなガキ。


 ……まあ俺もそのひとりだったけど。


 たぶんあれが初恋だったんだろう。幼稚園の頃の先生を除けば、あれがちゃんとした初恋だったに違いない。もちろん俺もあの頃はやんちゃだったので、小学生男子の九割がかかってしまうというツンデレ病に感染した俺はそんなそぶりをすこしも見せずに白々雪に対して大変失礼なことを申し訳上げてしまった次第ではございますがそれは重々反省するとして、とにかくあの頃から、俺は白々雪のことを気にしていた。

 中学に上がって、その気持ちは次第に薄れていったのは覚えている。白々雪に対する気持ちだけではない。ありとあらゆる気概がなくなり、安息と閉塞を愛するようになった。中学から……というとなんとなく中二病のせいだとか思われそうだが、あれはあれ、よそはよそ、うちはうち。文句があるようなら中二病の子になっちゃいなさい!

 ……冗談はともかく、中学三年になるまでは、俺は白々雪とかかわることなんてなかった。むろん、俺だって白々雪ほど度を越していないけれど人並みの記憶力はある。白々雪が初恋の相手だということくらい顔を見たときに思い出しては勝手にひとりで気まずくなっていたような第二次性徴期の過去もあったけど、しょせんはその程度。白々雪が俺のことを意識していなかった以上、俺と白々雪の生活線は交えることなく進んでいた。

 俺たちの針金のような歪な線が触れ合うのは中学三年で、そして触れ合った鉄線は複雑に絡み合って今でもときどき肌をひっかいてくる。ときに去年の図書室で、ときに梔子の家で。鉄線はやり直しの効かない過去の刺をふんだんに蓄え、有刺鉄線になっていた。

 

 ……話が逸れた。いまは白々雪のことだ。


 白々雪が窮地に陥った二年前のことは、話題にすることはない。白々雪にとって俺は、恩人にも不倶戴天にもなれるからだ。あのとき白々雪の家庭を壊したのは他ならぬ俺だし、そのせいで白々雪の両親は失踪し、いまも行方知れずだ。

 少なからず俺は白々雪の人生をぶち壊した。それは白々雪の精神を助け出したという現状打破の意味でも、家庭をぶち壊したという再起不能の意味でも。

 どちらにせよ俺は俺の平穏を守れたので気にしないようにしているし、白々雪が俺のことを「恨まない」と言っている以上、そこを掘り下げる気はない。白々雪が壊れるのを防いだのは確かで、そもそも俺にとっての白々雪桜子とは、本人以外の要素は含まない。白々雪を救うと息巻いたのはただ白々雪本人をサルベージするためであって、彼女の心や環境や願いをまとめて救うことも掬うこともなかった。

 白々雪以外を犠牲にすることで、俺は白々雪と触れ合った。

 褒められたことではなく、むしろ犯罪者と言われてもおかしくない。

 やったことは、ただの自己満足。

 俺は結局、そのためにしか動かないやつだ。


 だからあいつに向けられたこんな手紙を受け取っても、ただ考えるだけで終わる可能性もある。


『白々雪桜子 様へ』

 

 達筆な筆書き。まるで流星が社交ダンスを踊るような綺麗な文字だ。達筆すぎて読むのに苦労するほどに綺麗な字。ああ俺の字なんてミミズがブレイクダンスではっちゃけているようなものだ。劣等感すら生まれてくる文字。

 ……ただし、朱色の墨汁。

 そんな美しいくせに不吉な字面で書かれていた手紙を、俺はいま、自室の机で読んでいた。


『 拝啓 桜子様


  初夏の風にも緑の匂いが濃くなってきた今日このごろ、桜子はいかがお過ごしでしょうか。

  風邪はひいていませんか。ちゃんと食事はとっていますか。むかしから食は細かったので心配です。

  桜子はむかしから完璧だから私たちが口出しするのも差し出がましいのかもしれませんが、

  栄養バランスは考えて食事をとってくださいね。

 

  ちなみに私たちは元気ですよ。無病息災でやっております。

  とはいえ桜子のことだけがずっと気がかりだったので、

  せっかく上等な和紙を手に入れたこともありこうして手紙を書く運びとなりました。


  ああそうそう、住所、変わっていませんよね?

  念のため手紙はあなたの〝王子様〟の久栗紡くんの住所へと送らせていただきます。

  では今回は最初なので、短いですが筆を置きます。またすぐに手紙を書きますね。

  迷惑に思わないでくださいね。


  それと、ネクロフィ様はいつでも、あなたを見守っていますからね。

                                  敬具

                                      母、父より』



 ……簡素な手紙。

 行方の知れなかった彼らから届いた手紙。

 二年ぶりの、親からの手紙。

 ふつうなら感動物だろう。


 だが、そこに込められた意味と、最後の一文。

 ……これは見せられない。とてもじゃないけど見せる気にならない。白々雪がなにを思うかはわからないが、積極的に見せようなんて思えない。そもそも、実の娘に充てて赤い文字で手紙を書くなんて信じられない。

 俺は、手紙を机の引き出しにしまいこんだ。


 ちょうどそのとき、携帯にメールの着信があった。

 件名は『プロレス』差出人は『白々雪桜子』。

 俺はすぐにメールを開く。


『楽しかったッスよ、プロレス。やっぱり男たちの隆起した筋肉によるマッスルな闘いはマッスルな闘志とマッスルな演出によりマッスルなボルテージをマッスルしていました。ついついウチもマッスルしちゃったッスよ澪ちゃんを』


 と文章の最後に写真。

 リングの横で、澪に逆エビ固めをする白々雪がピースしている写真だった。澪は苦しそうに地面をタップしている。

 なにやってんだこいつら……。

 するとすぐにメールを受信。

 こんどは澪からだった。

 件名はまたもや『プロレス』。


『プロレス、最初は白々雪さんだとだったから嫌々でしたけど、見ているうちにすごく面白くなってきて、こんなに興奮したのは久しぶりでした。インスブルックにはプロレスのような興行的格闘技会場はないので、初めてみる景色につい熱がはいってしまいました』


 とこれまた文章の最後に写真。

 澪が白々雪に四の字固めをかけている写真だった。白々雪は痛そうになにか叫んでいる。


「……なにしてんだおまえら」


 とあきれて息をついたとき、ピリリリリと今度は着信を告げた。

 画面には『白々雪』。


「……もしもし」

『ちょっと聞いてくださいよツムギ!! いま澪ちゃんがウチの足を本気で折ろうとしてきたんスよ! 最低ッスよね最低!!』

「うおっ」


 うるさすぎて、耳から電話を離した。その向こうで澪が「はぁ? あんたが先に背骨折ろうとしてきたんでしょ!」と言っているのが聞こえた。


「……で、折れたのか?」

『折れたら電話してるわけないじゃないッスか! アホッスねツムギは! ウチの足が澪ちゃんなんかの技量でどうこうなるとすれば人類の進化もこれで打ち止めですよ!』

「人類を巻き込むな。おまえの足はそんなに強靭じゃねえよ」

『とにかく電話したのは澪ちゃんもそうなんスけど、今日のプロレスがすごすぎたんですよ! ほんとツムギにも見せてあげたかったッス! 藤堂マサがジャガー仮面を場外に投げ落としたときはどうなるかと思いましたよ! なんせウチらの目の前だったッスからね! あのときの澪ちゃんの顔は忘れられないッスよビビって漏らしてたみたいッスよ! あ、いやちょっと痛いッスよやめるッスよ澪ちゃん! わかったわかったッスから漏らしてないってことにしててあげますから!痛い痛い』


 一度白々雪の声が遠ざかり、


『ツ、ツムギくん! こ、こ、こんなひとの言うこと聞いたらダメだからね!』


 しかし俺は知っている。

 白々雪が自分以外のなにかを描写するとき、その言葉には客観性があるということを。


「……パンツはしっかり洗っておけよ」

『~~~~~~~~~~っ』


 澪の声にならない声が響いて、また電話は白々雪に戻る。


『それでッスね! 場外乱闘にもつれ込んだジャガー仮面はなんと立ちあがったウチらの目の前で、雄たけびを上げたんスよ! そしてウチの座っていたパイプ椅子を片手で軽々と持ち上げ、リングから降り立って迫ってきた藤堂マサの頭にズドン! たまらずよろめく藤堂マサはリングの端に置いてあったペットボトルの中身を口に含んで、ジャガー仮面の顔に毒霧攻撃をしかけたんスよ! うわおおおおと顔を押さえるジャガー仮面に、再びリングの上に上った藤堂マサはそこからフライングニードロップ! 倒れこむジャガー仮面! 高笑いする藤堂マサ! そしてそのあまりの迫力と暴力にパンツをさらに濡らす澪ちゃん――って痛い痛い痛い痛いっ! そこはダメッスよマジやめてくださいっ!』


 ……うるさい。

 俺はため息をひとついて、


「……仲良くなってなによりだ」


 電源を押して携帯を閉じた。

 楽しんだようで、それもなにより。 


「にいちゃーん、ご飯できたってー」


 部屋の外から歌音が俺を呼ぶ声が聞こえた。晩飯が出来上がったらしい。

 俺はまた着信音を奏でる携帯をベッドの上に放り投げ、ちらりと机の引き出しを一瞥してから部屋を出る。

 ……よくよく考えてみるとあの手紙、自分から白々雪に教える気はないけど、見せないことでまた厄介なことになるかもしれない。どうすればもっとも平和的に処分してしまえるだろう。消印が押されてあるから完全に消去することはできないし……。

 まあ、おいおい考えるとするか。

 白々雪のことだ。俺の普段の言動ですぐに感づく可能性がある。もし聞かれたら答えるというスタンスをとっておけばいい。それまではとぼけておけばいい。


「……なんか、鈍感なラブコメの主人公みたいだな」


 まさか、実は彼らは平和主義者なのだろうか。

 そうかもしれない。そうだったら嬉しい。

 こんど白々雪と議論してみよう。じつにどうでもいいことだが、白々雪は乗っかってくるに違いない。三度の飯よりも話が好きな白々雪だ。おしゃべり好きなやつのなかでも随一の実力者。話をさせたら止まらないのは、担任の教師ですら困り果てるレベルだ。

 そう。それこそが白々雪。

 これは誰に聞いても答えは同じ。

 その口数の多さなら学校一。誰に対しても喋りかけていくその精神力。

 クラスのやつらは、口をそろえてこう言うだろう。

 皮肉を込めて、親しみを込めて。

 こう言わずにはいられない。


白々雪(しらゆき)姫は、しゃべりすぎ〟


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