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頼むからあの娘のべしゃりを止めてくれ!  作者: 裏山おもて
1巻 くちなしさんの、コトバナシ 〈下〉

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18話 くるわない


「……く、くくく」


 久栗ツムギの驚いた顔を思い出し、南戸はほくそ笑む。

 あの困惑、あの驚愕、あの蒼白。

 たまらない。じつに、たまらない。


「はははははははっ!」


 南戸は梔子詞の部屋の前で、声を立てて笑う。

 いまごろ部屋のなかでは、梔子クンが布団を頭からかぶって震えているだろう。

 一年ぶりに宿した羞恥心に、全身のありとあらゆる細胞が赤面しているだろう。さっきの豹変ぶりは見ていてこっちが恥ずかしくなるほどのものだった。

 無理もない。


 はじめて男に全裸を(、、、、、、、、、)見られたのだ(、、、、、、)


 しかも梔子クンにとって、ただの他人ではない。

 恋愛感情を持たないはずの梔子クンは、なぜか久栗ツムギを意識している。そこの機微な心情は推し量ることはできないが、どちらにせよ誰よりも距離が近い異性――しかもクラスメイトに裸を見られているのだ。

 とてつもなく恥ずかしく。

 とてつもなく怖いだろう。

 ……だが、いまはそれでいい。

 南戸にとっての計画は達成された。


『私は、純潔を捨てます』


 そう決意した梔子クンの言葉に同意したときから、わかっていた。

 こうなることは想像できていた。


「バカだぜ、久栗クン。キミはほんとうに詰めが甘い」


 くつくつと喉を鳴らして笑う南戸。

 彼は布団を確かめようとしなかった。

 梔子クンの体を確かめようとしなかった。


 彼女がまったく穢れていない(、、、、、、、、、、)ことを、確認しなかった。


「純潔を奪えば神は関われない? そりゃそうだ。乙女であることを捨てれば神は触れられない? そりゃそうだ。……だがな久栗くん。それがなぜか(、、、、、、)、キミは考えようとはしなかっただろう?」


 いまごろ、あの少年は家に帰って頭を抱えているだろう。

 朝帰りの理由を、妹君にでも尋問されているかもしれない。

 彼の想像が被害妄想だと知らず、焦燥する彼に、妹は激怒するだろう。

 ああ、愉快痛快爽快だ!

 平和と平穏と安穏と安息と休息と休和を愛するあの人間らしい、誤魔化し。

 それは思考停止。

 愚の骨頂。


「久栗クン……あの神はね、梔子クンが穢れたから存在できなくなったのではない」


 そう。

 本当は違う。


 久栗ツムギは神に(、、、、、、、、)など勝っていない(、、、、、、、、)


 あっさりと体を乗っ取られていた。

 あっさりと憑依されていた。

 だからこそ、南戸の予想は覆らない。

 南戸の計算は狂わない。  


 神が知りたかったのは、生殖行為を越えた愛。愛という概念だ。

 断じて肉体的接触などではない。

 決して交配行為ではない。

 乙女を穢そうとする瞬間などではない。


「……穢された乙女はね、俗世に染まるんだぜ。そうして母性が生まれ、神性が消える」


 ゆえに神が、憑いている乙女を穢すことはできない。

 穢そうとすること自体、不可能。

 不可侵な構造、つまり不合理。

 あの瞬間に神が久栗クンにとり憑いたことこそがパラドックス。

 

 矛盾。

 不整合。

 

 そんな二律背反を抱えた存在に――否、そうなるように仕組まれた存在に――神性が残るわけもなく。

 あっさりと、梔子クンの個性を奪った神は消えてしまった。

 気付いた時には遅い。半裸で抱き合う男女の頭上に顕現しようなどと片腹痛い。

 神は消える。

 梔子クンの個性ごと。


「……あわよくば、そっちは残ってくれるかと期待したが……」


 それは望みすぎたようだ。

 むろん、羞恥心だけでも芽生えてくれてよかったが。


「くくく……さて、どうするかな」


 いずれ久栗クンがこの事実に気付くまでは、黙っておいてやろうではないか。

 それまでは、さてどうするか。

 南戸は家の廊下を歩き始めた。

 いまでは二人だけの家。

 南戸と梔子クンだけの城。

 宗教的なものはすべて排除する。

 忘却の彼方に送る。

 

 次はなにを弄んでやろう。

 騙してやろう。


 南戸は享楽に、悦楽に笑いながら。

 家の奥へと歩いていく。




   口  口  口  口  口  口  口




 白々雪桜子がいつものように弁当片手に図書準備室に入ると、パイプ椅子に座ってニコニコと笑う転校生が、鼻歌を歌いながら弁当を広げていた。鼻歌はヴィヴァルディの四季より『春』だった。クラシック好きとはさすがインスブルック出身だとは思ったが、それよりも春なのはおまえの頭のなかだろ……とは言わない。中学の頃なら気兼ねなく言っていたけど、この二重人格娘と喧嘩するとツムギが怒る。それは避けたい。

 ため息を吐きながら部屋に入ると、澪は弾けるような笑顔でこっちを見て――


「……なんだ。金魚のフンか」

「黙るッス七方美人」


 白々雪と澪は睨み合いながら、斜め前の席に座る。弁当を食べるとき、澪がむりやりツムギを自分の隣に座らせるのを止める権利も動機もないので、せめて自分がツムギの正面でツムギを監視するのが、最近の白々雪の日課だった。

 澪はいつものニコニコ顔をまるっきり消し去って、真顔で訊いてくる。


「ツムギくんは?」

「さあ。便所とかじゃないッスか?」

「知らないの? コバンザメのくせに使えないのね」


 澪が仏頂面で舌打ちする。この姿をツムギに見せてやりたい。


「……ピエロにだけは言われたくないッスよ」

「あたしのどこがピエロなのよ? それはあんたでしょ友達止まり……ぷぷっ。笑えてくるよね。いつもいっしょなのに恋人になれない憐れな女」

「ほんと澪ちゃんはムカつくッスね……てか、勘違いしてるみたいなんで言っときますけど、ウチとツムギはそんな関係望んでないッスから。ウチらは大親友ッスよ。だ・い・し・ん・ゆ・う! 切れない信頼と友情ッスよ! もはや最親友ッス!」

「勝手に日本語捏造するのやめてくれない? ただでさえ日本語って難しいんだから」

「そうッスよ日本語は高尚で猥雑な言語体系なんスよ。だから澪ちゃんは言葉の壁に破れて国に帰ればいいッス。てか、さっさと帰れ」

「うわーひっどーい。女の嫉妬ってこわーい」

「嫉妬? 面白いことをいいますね澪=ウィトゲンシュタイン」

「なにが面白いのよ。ツムギくんとラブラブなあたしを見てあんたは嫉妬する。これってたしかに愉楽なことだけど、あなたが滑稽なだけなのよ?」

「そういう思い込みが喜劇ッスよ。吉本に転職したらどうですか?」

「……なにが言いたいの。はっきりして」

「だから、それだけ猛烈なアプローチをしてるのにまだ恋人じゃないってことは、つまりツムギは澪ちゃんのことを異性として好きってわけじゃないってことなんスよ。それを理解してない澪ちゃんはピエロだってことッスよ。自覚、なかったんですか?」

「なっ――そ、そんなことないし! それにわたし、べつにツムギくんのこと好きじゃないし! 演技だし演技!」


 澪は動揺したように視線を揺らす。ほんとうに自覚なかったのか。クラスでは上手に立ち回っているくせに案外鈍い女だ。

 白々雪は追い討ちをかける。


「それにね、ウチはツムギに胸を揉まれたことだってあるんスよ? 澪ちゃんはありますか? ないッスよね? なら、澪ちゃんは友達の(、、、)ウチよりも格下ってことッス」


 揉まれたのは小学校の頃の話だが、もちろん言わない。

 澪は青ざめる。そもそも虚実織り交ぜた言葉の喧嘩で、白々雪に勝てるわけがない。


「……そんな。ありえない……」

「これが真実なんスよね~。ちょっと乱暴だったけど、あれは照れてたんスよ!」

「……そんなうそよだって空き巣して探したときツムギくんの部屋のエロ本は貧乳ばかりだったのに……」

「うん? なんか言ったッスか?」


 声が小さくて聞き取れなかった。なにやら物騒なことを言っていたような雰囲気だったが、落ち込んでる様子の澪を見て白々雪は胸を張った。


「ふふん。友達止まり(、、、、、)に負ける澪ちゃんは、しょせんイロモノなんスよ。転校生って属性が誰にでも萌えポイントになると思ったら間違いッスよ! そもそも澪ちゃんはフラグの立て方を誤解してるッスよ。転校生との一番嬉しいシチュエーションはなんといってもクラスメイトたちの眼前での〝運命の再会〟ッスからね。ところがどっこい澪ちゃんはクラスメイトの前では無関心、ふたりになると親密に接するなんていう阿呆な態度をとってるんスよね。その手法が有効なのはアイドルかツンデレです。澪ちゃんはギャルゲもしたことないんスか? ならウチが友達のすくない男を落とすための最短距離をレクチャーしてやりましょう。ツムギのフラグは全部折れてますけど、つぎのターゲットに向けて助力させていただきますよ! いざ出陣めざせ天守閣!」

「……ツムギくんってほんとは巨乳派?……真相はどっちなの……?」


 まったく合わない会話を続けながら、白々雪と澪は弁当を持ったままツムギを待った。

 いつもの昼休み。いつもの図書準備室。

 だが、五分待てど十分待てど、ツムギは姿を見せない。

 先に教室を出たツムギがくるはずもないことに、まだふたりは気付かなかった。



 初夏の風は、屋上に吹きつける。



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