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頼むからあの娘のべしゃりを止めてくれ!  作者: 裏山おもて
1巻 くちなしさんの、コトバナシ 〈下〉

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17話 はずがない!!!!

※この話には婉曲的な卑猥表現が含まれます。苦手な方はご遠慮ください。


 …………頭痛がした。



 俺が目を開けると、飛び込んできたのは見覚えのない木張りの天井だった。やけに遠い天井と、やたら響く頭の痛みと、あとはいつも以上にふかふかな布団の感触。

 俺は、ぼんやりと起き上がった。

 広い道場だった。周囲に消えた蝋燭が、魔法陣のように描かれて並んでいた。窓からは薄い光が差し込んでいた。まだ早朝だろうか――鳥の鳴き声は聴こえない。

 静寂に包まれた道場で、なぜ寝ているのだろうか。

 もっとよく想い出そうと頭を振る。

 と、そこで気付いた。


 毛布を被った女の子が、同じ布団で寝ていた。


 黒髪を布団の上にばら撒いて毛布にくるまっているその少女のことを、不意に、抱きしめたくなった。抱きしめたいのにそっとしておきたい。それは相反する感情を包括した、ひどく妙な気分だった。

 ……てかこれ……誰だ。


「梔子クンに決まっているだろう、阿呆が」


 キツイ口調が後ろから聴こえた。振り返る。

 道場の入り口に、甚平服を着た女が偉そうに腕を組んで立っていた。


「……南戸か。おはよう」

「寝惚けているようだが、体調はどうかね? 痛むところはないか? 気分は良好か?」

「体調?」


 と。

 俺は、そこでようやく想い出した。

 意識を失うまえなにがあったか。


「――っ騙したなッ!」

「おっと、慌てるなよ久栗少年」


 とっさに起き上がりそうになる俺を、南戸は手で制した。


「騙したのは事実。だが、騙されたキミも愚かだったといわざるを得ないぜ。キミは最後の一歩が詰め切れないタイプだな」

「…………うるせえ」


 白々雪に散々言われるので、自覚している。


「なんで騙した? 祟りはどうなった? 俺が気を失ったあと、どうなった?」

「そうくると思った。だからこそアタシはわざわざ寝ずに待っていたわけだが」


 と南戸はすたすたと近づいてくると、床に置いてある蝋燭を蹴散らしながら、布団の横に座りこんだ。踏まれた蝋燭は割れて粉々になったが、南戸が気にする様子はない。なるほど散らかすのが得意なようだ。

 南戸は、深く眠っている梔子の髪を愛おしそうに撫でながら、ニヤニヤと笑う。


「まずはなぜ騙したか。それはもちろん、キミが拒否する可能性を考慮したからだ。神に支配されるかもしれない危険を、キミが甘んじて受け入れてくれるとは限らない。正直、これを拒否されたら、アタシたちに為す術はなかったんでね。悪いが謀らせてもらった」

「……危険? 俺は、神に名前を知られて支配されたんじゃないのか?」


 訊くと、南戸はいっそう嬉しそうに笑う。


「やはり記憶が抜け落ちているか。まあ、そうだろう。アタシのときもそうだった」

「……どういうことだ?」

「キミの脳は神の侵入に対して抵抗したんだ。その抵抗の間、思考能力と記憶能力が本来のものから一気に低下する。理性も失い、裸同然の無防備な状態に陥るんだよ。そうやって神の顕現から自己防衛をするから、キミが意識を失ったと思ったのは無理からぬことだぜ。このアタシでさえそうだったからな」


 神との、体を巡ったせめぎ合いか。

 俺は無意識のうちに神と戦っていたのか。


「それで……勝ったのか?」

「勝った。いや、引き分けだったな。そのまえに違う勝負がついてしまったから」

「? どういうことだよ?」


 含んだ言葉に、俺は首をひねる。


「そこで質問二つ目の答えだ」


 南戸は指を二本立てる。


「祟りは消えた。解呪したのでもなく、神を殺したわけでもない。キミがすべての理性と記憶と思考を総動員して神と戦っているあいだに、祟りそのものが存在できなくなったんだよ」


 意味がわからない。

 そんなことがあり得るのか――と訊こうとする直前、南戸がおもむろに、梔子がかぶっている毛布をめくった。

 丸まって眠っていた梔子は――――全裸だった。


「――っ!」


 俺は、とっさに目を逸らす。

 おかしい。たしか、きのうは浴衣を着ていたはずだ。それがなんで下着すら纏わぬ姿で俺の隣に寝ているんだ!


「本当の選択肢は、じつはこれだけだったんだぜ」


 南戸は、ニヤニヤを極限まで引き伸ばして、じつに楽しそうに笑っていた。


「そこで最後の質問に答えよう。キミが気を失ったと勘違いしたあと(、、、、、、、、)、キミは理性のほとんどを脳内に忍びこんできた神と戦うことに費やしてしまった。するとどうなると思う? 本能的になったキミの目の前にはキミにキスをする可愛い女の子がいる。しかもそこは布団の中。キミは健全な男の子。…………さあ、答えは?」

「……え……いや……まさか……っ」


 ククッ、と南戸は腹を抱えた。


「そうだ。キミは先刻、彼女がとびきり可愛く見えただろう? まるで別人のように可愛く。……愛おしくもなるだろうな。記憶にはなくとも、体は覚えている」

「…………。」


 …………まさか…………まさか!

 茫然とする俺を見て、南戸は手のひらを向けてくる。


「おっと。だが勘違いするなよ。さっきも言ったが、これは最後に残ったただひとつの選択肢だったんだぜ」


 もぞっと、梔子が動く。いつのまにか、その小さな手で俺の手を握っている。


「そもそも神の加護や呪いっていうのは、特殊なもんでな。その効力を受けるためにはある資格……条件がいる。それはただひとつ……〝乙女であること(、、、、、、、)〟だけだ。世界のあらゆる神話で訊いたことがあるだろう? 神の加護を願って捧げる際、効力ある人柱は決まって処女だったと。それは事実であり、絶対条件だ。穢れのない体、穢れのない魂……神は処女以外の人間に対して自分の神としての力を及ばすことはできない。男の体を乗っ取ることはできても、それは女を呪うためだけのものだ」


 俺は、動揺してなにも言えない。


「アタシの体に潜り込んでいた青蛇ももちろんいない。梔子クンはキミに抱かれて祟りを祓うことを選んだんだよ。……だが、これも勘違いしないように言っておく。梔子クンは消極的にこの作戦を選んだのではく、自分で発案し、アタシを説得して、実行した。出会い頭に言っただろう? 用があるのは梔子クンだと」

「…………。」


 言葉も出なかった。

 もぞり。と。

 すぐ横で梔子が小さく動いた。

 梔子は薄く眼を開けて、何度かまばたきを繰り返していた。


「やあ、おはよう。気分はどうだ?」


 毛布にくるまったまま、梔子はぼんやりと南戸を見上げた。こくりとうなずいているのをみるに、気分は良好らしい。

 南戸は続けて訊いた。


「……なら、女になった気分はどうだ?」


 びくんっ!

 と、梔子は肩を震わせて目を見開いた。

 それから、とっさに振り返る。そこに俺がいることに気付いた梔子は、


「~~~~~~っ!」


 顔を真っ赤に染めて、毛布を持ったまま後ずさった。布団から出て、毛布に隠れたまま転がるようにして道場を駆け抜けると、道場の扉から外に飛び出した。飛び出したと思ったら、恐る恐るといった様子で首を覗かせ扉に隠れつつ俺を見ると、またさらに顔を赤くしてすぐに姿を消した。 


「ほほう。これはこれは」


 南戸が感心したように声を漏らす。

 俺はちょっと思考放棄する。


「……あ、いや、てか、いまの梔子、なんか変じゃなかったか? 感情があったような……」

「取り戻したようだ」


 南戸は、嬉しそうに、俺の肩に手を置く。

 そして微笑みかけてきた。


「失った感情のひとつを取り戻したらしい。どうやら恐怖のつぎは……羞恥だな。恥ずかしいという感情を取り戻せたんだ。これは幸先の良い出足だぜ。……そのうちアタシとの想い出もすこしでも戻ってくれればいいのだが……。ま、それはそうと、今回はなかなかな活躍だったな久栗クン」


 そうつぶやいて、南戸は立ち上がった。梔子を追いかける。

 俺はなにも言えずに、ただ布団の上に座っていた。

 ……梔子の感情がひとつ戻った。

 それは喜ばしいことだったが、やはり狐に化かされたような気分はぬぐえない。

 俺が梔子と…………だなんて。

 そんな、はずが、ない……っ!


「あ、そうそう」


 南戸はそんな俺に振り返りざまに言った。

 最初から最後まで、とことん意地の悪い表情だった。


「つぎも期待してるぜ?」

「…………。」




 そんな、そんなはずがない……!!

 

 俺はただ、頭を抱えた。

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