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頼むからあの娘のべしゃりを止めてくれ!  作者: 裏山おもて
1巻 くちなしさんの、コトバナシ 〈下〉

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12話 おもわない



 澪=ウィトゲンシュタインは優等生だった。


 優等生、と教師が発言するだけで差別用語のように扱われる妙な時代だが、学業態度が真面目で優等な生徒を優等生と呼ぶのはしごく自然なことだってことくらい、生徒の俺たち自身がよくわかっている。いつだって余計な口を出すのは保護者や批評家で「優等生以外は劣等生か」などとのたまう暇があるのなら、劣等生と揶揄される生徒に勉強でも教えていればいいのにと、二分するなら間違いなく劣等生側である俺はそう思う。


 ときどきふらりと休み時間に姿を消すことを除けば、澪は文句なしの品行方正だった。誰にでも笑顔で接し、授業態度は勤勉で、予習復習を欠かすことなく、きょうも教師たちの望む回答を用意して待っている。

 厳しい教師には正答。

 お茶目な教師にはユーモラスな返答。

 ボケた教師にはツッコミ。

 澪は完璧に呼吸を合わせて授業を受けていた。生徒からの評価だけでなく教師からの評価もうなぎ登りらしい。それを風の噂で耳にして、俺は思った。


 ……おそろしいやつだ。


 澪はとっくに、教師陣それぞれの〝好みの生徒〟を調べていたのだ。

 そのそれぞれに扮して授業を受けるなんて、言ってみれば媚びているようなものだが、しかし狙ってできるやつはそうはいない。俺も南戸に聴いていなければ、その調査好きの本質には気付かなかっただろう。……休み時間ごとに姿を消す澪がなにをしているかとこっそり追尾したことがあるが、言うのもおぞましいほど執心に、学内の様子を隅々まで調べていた。


 そんな澪だからこそ、他人との距離の取り方も絶妙に上手かった。

 クラスでは人気者のようであるが、そのじつ特定の相手と親しくしたりしなかった。放課後は図書室で委員の仕事か勉強をして、誰にも(白々雪以外には、だが)不快に思われない距離を保っている。だからこそクラスメイトにとっても〝優等生〟だった。

 成績がいくら良くても授業態度は悪く、特定の人物――つまり俺――としか関わろうとしない白々雪に手を焼いていた教師たちが、諸手を叩いて喜ぶのはとうぜんだ。


 ほかに誰の目もない図書準備室に限り、俺への興味を微塵も隠そうとしない澪は、それゆえによけいに白々雪に疎まれるわけだが。

 逆にいえば。

 澪は公共の場では、従順でおとなしい子だった。本質を隠しているのか、それともその姿もまた、澪の本心なのかはわからないが「ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど」と言うと、迷うことなく「いいよ」と微笑むような素直さもあわせ持っている。

 自転車を押しながら帰り道を歩く。


 住宅街の緩やかな下り道を抜ける。日は沈みかけ、夕暮れどきだった。


「もし知ってたらでいいんだけどさ」


 と、俺は前置きする。そうしなければひどく怪しい質問になるからだ。


「澪ってクラスじゃみんなと仲が良いだろ。もしかして、梔子とも仲良くなったりしてるかなーと思って。それで知ってたら教えて欲しいんだけど……梔子の家ってどこらへんか知ってる?」


 もちろん、梔子と仲良くなっているとは思ってないが。


「どうして?」


 と、澪はニコニコ笑いながら訊き返してくる。


「いや、ちょっと梔子が落し物して、俺がそれ拾ったから、届けてやろうと思って」

「ふうん。そうなんだ」


 澪は笑みを崩さずに、


「たまたまだけど、知ってるよ」

「そうか」


 もちろん、たまたま梔子の家を知る機会があるとは思えない。

 調べているのだろう。


「いまから行くならわたしも一緒に行くよ。帰ってもやることないし、よかったらそのまま晩ご飯わたしの家で食べてもっといろいろ話を――」

「いや、悪いけどあとで行くんだ。家の場所だけ教えてもらってもいいか?」

「……うんわかった。場所は――」


 澪が、口頭でおおまかな場所を教えてくれた。俺の家からの道順も説明してくれたが、俺の家は教えたことがなかったはずだ。俺が揚げ足取りなら突っ込んでるところだ。まだまだストーカー気質を隠すには、つめが甘いぞ澪。そんなことではバレてしまうぞ。


「何時に行くの?」

「八時くらいの予定」

「あんまり遅くなると失礼だから、七時までに行かないとだめだよ」


 そういう常識はあるらしい。

 言われるまでもないことだったけど、夜を指定されているのだ。こればかりはうなずけない。

 俺が黙っていると、澪は半歩、俺に肩を寄せてきた。小声になり、


「……でも、梔子さんが落し物なんて、珍しいね……」


 探るような視線を向けてくる。口元は笑っているが、その目は鋭い観察眼と化していた。日も暮れた細い街道には人がいない。澪の表情がすこしばかりストーカーになっていた。

 俺はとぼけたふりで肩をすくめる。


「誰でも落し物くらいするだろ。そうそう、あの白々雪だって落し物するんだからな。聴いて驚くなよ、たまに男とか落としてるんだぜ? このまえのバレンタインデーも上級生から逆チョコ告白されてた。爆笑しながら拒否ってたけどな」


 話を逸らした。

 澪はむっとした。


「それは落し物って言わないよ。……それに、白々雪さんはほかの男には興味ないよ」

「ん? ほかってなんだ? あいつは男そのものに興味がないんだぞ。『恋愛は知性の墓場だ』って豪語してるしな。あいつが敬遠してる三大書物知ってるか? エロ本、攻略本、少女漫画だぞ。まえのふたつは記憶力が良すぎるせいだけど、少女漫画はふつうに理解できないらしい」

「そうなの。ふうん」


 澪はどうでもよさそうにつぶやき、すぐに話を戻そうとする。


「……それで、梔子さんのことだけど、ツムギくんはああいう無口な子が好みなの? そういえばツムギくんの好きなタイプはどんな子なの? 好きな体の部分はどこ? なにフェチなの? ……それで、落し物ってなあに?」

「そうそう。フェチっていやあ、俺の妹がすげえ変態でな」


 俺はまた話を逸らす。


「歌音って他人の足の臭いが大好きらしくて、たまに洗濯機から家族全員分の靴下とりだして風呂場で洗ってるんだよ。オヤジの足なんてめちゃくちゃ臭いのに、鼻歌唄いながら匂いチェックしてるんだ。澪にはそういう、自分だけの性癖みたいなの、あるか?」

「ううん。そんなのないよ。でもしいていうなら、ツムギくんが食べたあとのお箸を舐めることくらい。なんてね」


 と、にっこり笑って冗談めかした澪。

 その不意打ちのキモさに、つい、俺は顔がひきつった。

 俺の表情を見てハッとする澪だった。

 さすがにいまのは冗談にしてもマズイと気付いたのだろう。澪は慌てて、


「うそうそ、うそだからね。やだなあもう本気にしないでよ。あ、あはははは」


 ……やはりこいつ、発想がストーカーだ。

 これからは弁当を食べるとき箸は持参しよう。


「そ、それよりツムギくん。梔子さんのことだけど、落し物ってツムギくんが届ける必要ある? よかったらわたしが代わりに届けてあげよっか? そういえばそっちの方向に用事もあったし。やっぱり一緒に――」

「いや。梔子もほかの女子には見られたくないと思うんだ。心遣いは嬉しいけど、やっぱりひとりで行くよ」

「……そう。うん、わかった。差し出がましいこと言ってごめんね。やっぱりひとりで行くべきだよね。むだにふたりで押し掛けても先方に迷惑かけちゃうしね。気をつけて行ってきてねツムギくん。粗相のないようにね……」


 しょぼんとした澪。

 あきらめてくれたようだった。思ったよりあっさりと引き下がった気もしたけど、まあそんなものだろう。

 それからすぐに交差路につきあたった。そこで澪と別れて自転車に乗る。

 梔子は俺を家に呼んでどうするつもりなんだろうか。そういえばあの南戸と名乗った女は梔子とどういう関係なんだろう。そもそも何者だろう。神のこととか、精霊のことに詳しそうだったが。

 それよりも梔子の交友関係が気になる。友達は……いないか。恋人もいないだろう。

 恋人、ねえ……。


 

 いろいろと想像を巡らせながら、家を目指してペダルを漕いだ。

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