第十八話 英雄=大量殺人者?
やりました!やったんですよ!必死に!その結果がこれなんですよ!
書き終えて!推敲して!今はこうして反省の道を歩いてる!
これ以上何をどうしろって言うんです!何と戦えって言うんですかッ!!
オーダーを終わらせ、報告も済ませて後、シキの家に帰る、というサイクルにも慣れてきた今日。
予め家主は出掛けると聞いていたから、何の気なしに家に入り、シンの安否も確認しようと上へ上った時、初めて気が付いた。
シンが眠っていたベッドがもぬけの殻だという事に。
そして一階の普段、生活する部屋として扱われていた大部屋のその中心に置かれた長テーブルの上にあった一通の置手紙。
『悪いな。状況が変わった。ここから先は俺一人で行く シン・マクスウェル』
と、酷く短い文章が書かれていた。
3人は顔を見合わせ、家の中を捜索し始めた。
きっと何かの冗談だと思って。
「クソッ!何処にもいねぇ!!」
「痕跡も断たれてますっ…あるのは……その置手紙だけっ……」
「そう…」
窓から沈み掛けた夕日が小夜の頬を照らす。
家中を駆け巡るヴィンセント。
探知系統の陣魔術を使ったラミアは涙ぐんだ声で呟く。
普段なら、常夜が茶化しに来そうだが、今は、休んでいる。未だに本調子に戻らないらしい。尤も何処までが本当か判らないが。
そんな状況でも不思議と冷静で居られた。
付き合いが短いから?――じゃあ、どうしてこの2人は血眼になってまで探そうとするの?
違う。そんな理由じゃない。
私は怒ってる――なんで、何処に怒る理由がある?
違う。判ってるはず。
今、私は泣いている――なぜ?何時から?――何時から私は皆の事を信頼していた?
でも、だから――悲しいんだ。
何の相談も無しに彼が姿を消した事に対して、怒ってるんだ。泣いているんだ。
でも、涙は流れない。
判ってる。私には感情なんて物ないから。
私が独りになって、憎悪と嫌悪、以外総てをなくして。
生きる意味をなくしたあの日、憎悪が消えてからずっと、私は――――
「やっぱり、行っちゃったか…」
「貴女、判ってたの?」
「うん。彼の性格を考えれば、何となく、ね」
「そう…」
「怒らないの?知ってて黙ってたんだよ?」
気が付けば、隣りに右耳が欠けた獣人が居て、まるで、総て判っているかのように話した。
最早、怒るなどの感情はなく、ただ呆れていた。
「彼が決めた事よ。私達はどうしろと言える立場じゃない」
「そっか」
嘘だ。私は、本当は、今すぐにでも、追いかけたい。
行くなと言いたい、でもそれは出来ない。
彼の覚悟は私の覚悟と似ていて、それでいて違うのだから。
† † †
「――らっしゃい。んだ、久しぶりだな。シン坊」
「いい加減その名で呼ぶのはやめて欲しいんだがな……酒飲みながら商売できるのか?」
「かっか、どうせ来るのは、常連だけさ。飲んでようが飲んでまいが変わらん。にしても、久しぶりだなぁ…酒でもどうだ?」
沈んだ夕日の代りに、昇った双月。
その灯りすら届かない、薄暗い店内。
何に使うかすら皆目見当のつかない、道具ばかりで埋もれていた。
その中心、僅かに空いた場所にカウンター越しに白髪頭の老人が酒瓶片手に座っていた。
頬を赤く染めて、大きく開いた胸元に片手を突っ込みポリポリ掻いている。
酒瓶を大きく掲げ、シンにもどうだと尋ねるが首を振られた。
足元に逆さにして置いてあった壺の上に腰掛たシンは徐に口を開く。
「……いるか。そんな事より『アイン・クセルセスカ』について聴きたい」
「あぁん?何の冗談だ?それについてなら俺よりお前さんの方がよっぽど知り尽くしてんぜ?」
「…だろうな。だが、俺が聴きたいのは、俺が此処を出て行ってからの事だ」
「かっか、そういやぁ、しばらく見なかったな。そりゃ出ていってりゃ見ねぇか。いいぜ、その代わり、酒の肴が欲しいなぁ」
酒を口に含んだ老人がニヒルな笑みを浮かべた。
「何が言いたい?」
「かっか、判ってるだろうに、誰か達の英雄譚が聞きたいんだよ」
「英雄なんて大層な者じゃない。俺達はただの大量殺人者だ」
肩を落としたシンは溜息を吐いて喋り出した。
† † †
結局の所、彼のいない不安感は消えず、それが溜まり空気はどんどん悪くなっていた。
煮詰まった思考を切り替えるためにも小夜は二階のテラスで夜風を浴びていた。
私はどうすればいい?
彼を探すにも、手掛かりはない。
「…サヨちゃんさ、悩んでる?」
「え…?」
突然、掛けられた声に思考の海から意識を引き上げ、頭を上げた。
何時の間にか隣りには耳をひょこひょこ動かしてるシキ。
「あは、図星だったかな?まぁいいんだけどさ、サヨちゃんに知っておいてほしい事があるんだ。『百没戦日』って呼ばれる種族間抗争の事」
「どうして、それを、私に?」
「私達が、元々一緒に傭兵やってたって言ったよね。それが解散した理由だから。ふふ、知りたいって顔してるね。まぁ、少し長くなるかもしれないけどね」
† † †
『百没戦日』
事の発端は、平人族の一人の奴隷商が獣人族の子供を奴隷として売った。
どういうルートか、それが獣人族の長に届いた。
過激派と有名だった長は自らして、グランゼン城に出向いた。
そして、売られた獣人族の変わり果てた見るも無残な姿に激怒した長は宣戦布告をし去った。
それから数日後、戦争は始まった。
当時は傭兵ギルドが発足して間もない頃で、不安定なシステムの元、働いていた。
その不安定な時期に起きた、種族間抗争。
チーム内でも内乱は起き、多くの命を失った。
「私達も、4人で活動してたけど、獣人族と平人族に別れた」
『千塵』はとうの昔から有名で強力な戦力として重宝されていた。
個人の支持も大きく、前線に投下されれば士気も高まる。
「俺たち、俺とアインは平人族の味方に付き、戦場を駆け罪のない者を多く屠った」
数多の戦争の果て、傍観に徹していた鳥人族にまでその戦火は及んでしまった。
3種族が入乱れた戦況は混沌とし、指揮系統はぼろぼろになり、退却時に斬り捨てられる者、置いて行かれる者が続出した。
そんなある日、シンは再会した。してしまった。
かつての旧友、ヴァルバトスとシキに。
真っ先に互いを殺し合った。
刃を交え、言葉を交え、2日通して戦った。
初めての殺し合い、初めての引き分け。
やがて、どちらからともなく刃を下し讃頌した。
良く生きていた、と。
そして、互いに情報を交換し合い別れた。
目的は、異種族抗争停戦。
それから、宣戦布告後およそ百日、ほぼ戦火が鳴り止む日はなかった抗争はやがて休戦と言う形で終わりを迎える。
大元の戦火が消え去ったが、小さい火は残った。
そして、アイン・クセルセスカとも連絡は途絶えた。
シンはただ、探す。と一言だけ残し、グランゼン城へ向かった。
「その後、俺はアインを見つけた」
不確かな情報を頼りにアインを追跡したシンは、消えかけていた炎を再び燃やそうとしている彼女と殺し合った。
† † †
「私達がそこへ辿り着いた時にはもう、意識を失っているシン以外何もなかったわ」
「何も?」
『百没戦日』の大まかな説明を終えたシキは、そのまま続けた。
「そう。元々、そこには小さな村があったんだけどね、跡形もなく消えていたの。アインの姿もそれっきり、3日前に久しぶりに会ったもん」
「シンは何か知らないの?」
「残念だけど、何も」
小夜は素直に思った事を聞いた。
それに対しシキは器用に耳を畳む事で返す。
「さて、サヨちゃん。ここまで喋った上で改めて質問するよ?――君は、君達はどうするの?」
「……まだ、もう少しで決まる、と思う…」
「そっか、じゃ、もう一つだけ。シンはね、自分の事を大量殺人の果ての英雄だと考えてるわ」
「それって…!」
「表向きには戦争を終わらせた人物だからね。英雄視する人も多いの、でも本当は違うって事」
それに加え『千塵』は、元々、民衆からの絶大な支持を得ていた。
合わさった二つの苦痛がシンを苛め、苦しめている。
初めて知った、シンの過去。
小夜の胸の内側で鳴り続ける心臓の鼓動が、一段と大きく鳴った。
「――違う。英雄が大量殺人者…? そんなの間違ってる…!」
「残念だけど、否定できない事実なの」
「例えそれが事実だとしても、シンが私達の前から姿を消していい理由にはならない!」
「それが、答えでしょ?」
素直に驚いた。
この猫はまるで、私がこう言うとでも見透かしていたのだろうか?
だとしたら非常に質が悪い。
でも、本の少しだけ感謝している。
色々知れたし、判った。
「決まったみたいだね?」
「ええ。もう迷わないわ」
私は皆を信頼していた、と改めて確認したからこそ、私は、彼を待つ。
必ず、彼は戻ってくると信じて彼を待つ
彼と対面した時に英雄≠大量殺人者って否定できるような言葉も考えておこう。
† † †
「かっか、でも慣れたろ?」
「ああ、人を殺すのに何の躊躇いもなく剣を振るえる」
「人なんて、そんなもんさ。じゃが、お前さんの場合はちとキツイ気もするな」
「どうでもいい事だ。過ぎた事だしな」
「かっか、ほらよ。俺が知ってる限りの情報だ」
酒瓶の中身が切れたのか後ろに放り捨てた老人が身を乗り出して数枚の紙を突きだす。
シンは埋もれているカウンター越しにそれを受け取り、ペラペラとめくる。
「また来る時には酒でも持ってきてやるさ」
「かっか、いいねぇ。極上の奴を頼んどくよ」
それだけ言うとシンは立ち上がり、『アトロン』を後にし、次の目的地に向け暗闇を突き進む。
戦争についてはあまり詳しくはないので表現が甘い点は見逃してもらえませんかぁ…(震え声)