第三十六鐘 決断
魔物の群れを切り抜けたハイト達は、さらに洞窟の奥へと歩を進める。ミッションの意味を考えながら上を見上げると、そこには紫紺の色をした矢が浮いていた。ミリアに向かって放たれた矢をハイトは自分の身体を身代わりにして護った。動揺するパーティーに、先へ進むか後戻りするかの選択を決める場面で、ハイトはミッション攻略の為に奥へ進むと主張。皆も同意し、一行は警戒しながらも奥へ進んだ。
「そろそろ扉に着きますね」
あれから再び前進して数十分、俺より前で歩いているウィルが言った。
「うむ、色々襲撃があったが、ようやくここまでこれだのだな」
ミリアが嬉しそうに述べるその表情には、果たして喜色を浮かべていた。
「後少しの辛抱だね」
ロゼも笑顔で答えた。
「…………」
唯一人、俺だけが固い表情で沈黙していた。
「……ハイト、一体どうしたのだ? 先程から会話に加わっておらぬぞ」
「……いや」
「具合でも悪いのですか?」
「……いや」
「ハイト、頭大丈夫?」
「……いや」
三人とも俺を心配して身を案じるが、俺は上の空だった。
(……可笑しい。何かが変だ)
俺は頭の中で何かが引っ掛かって取れないような感覚を感じていた。
何が可笑しいのか分からない。気にしなければ良いだけの話だが、何故か無視出来ない。
(……そもそも、俺は何に対して異変を感じているんだ?)
一旦、自分の頭の中を整理してみる。
俺は今までミッションの事を考えていた。俺だけでなくロゼの命も繋かっているのだから、邪険には出来ない。
このミッションには、“シンベル”の次期村長であるミリアが深く関わっている。いや、正確にはこのクエストがか。
ミリアを奥まで安全に護り切り、無事に儀式を成功させる。これがクエストの内容でもあり、ミッションの内容でもある。
この洞窟に生息している魔物は全て雑魚ばかりで、安心して前進する事が出来た。
あの襲撃の存在が無ければ。
あれから、襲撃は一度も起こっていない。
(何故、襲撃者はミリアを狙う?)
これも疑問の一つだ。
襲撃者が誰だか知らないが、ミリアを狙う理由が分からない。ミリアの言葉が正しいなら、襲撃者は“シンベル”とは全く関係無い理由でミリアを襲っている事になる。
(今すぐ襲わないのは、慎重だからか?)
まだまだ先はある。焦らずチャンスを狙おう。それが扉の仕様を知らない襲撃者の意図なのだと俺は踏んでいる。それを利用して、俺達はミリアを扉の中に入れて襲撃者の手から逃れさせようとしている訳だ。この事を考えると、このまま大人しくしてくれた方が、こちらとしては助か――。
(……いや、待て)
俺は今何を考えていた?
――扉の仕様を知らない襲撃者の意図――
この考えに何も可笑しい箇所は無い。
だが……。
(もし、襲撃者に俺の予想とは違う意図があったとしたら?)
それなら、襲撃者は何故襲って来ない? 一体何を予期している?
(……逆に考えろ。俺が襲撃者なら、どうやってミリアを殺す?)
俺なら、扉の中なら安全だと油断しているパーティーが扉の中に入ってから、自分も中に入り――。
(いや、これは有り得ないだろ)
扉に入れるのは次期村長と巫女、護衛だけだ。赤の他人が扉の中に入れるなんて――。
(…………)
――最悪の予想が俺の中に生まれた。
(おいおい……嘘だろ?)
馬鹿で安直な考えだと笑い捨てたい。だが、全ての疑問がそれで解決してしまう。
否定する材料は、俺の甘い感情一つだけだ。
(……やるしかない)
ロゼを護る為だったら、何を捨てても構わない。俺はそう決めた筈だ。
――喩えそれが裏切りになろうとも。
「ようやく此処に辿り着いたな」
ミリアの声が聞こえたと同時に足音が止まった事に俺は我に帰り、急いで前を確認した。
俺達の眼の前には、変哲の無い金属の板が待ち構えていた。見た所鍵穴と取っ手どころか扉を二つに分ける隙間も無く、何処からどう見ても扉には見えない。
「此処からが私の腕の見せ所だ」
ミリアが腕を捲くって気合いを入れた。
「一見すると扉には見えませんが……開くのですか、これ」
ウィルが扉らしき金属板を観察しながらミリアに訊いた。
「うむ、開くぞ。少し待っててくれ」
ミリアが金属板に近付こうとした時、
「待ってくれ」
俺はミリアを引き止めた。
「うむ? どうしたのじゃハイト?」
ミリアがキョトンとした表情で振り返った。
「……ミリアとロゼは先に行っててくれないか?」
「どうしてじゃ? 一緒に行こうではないか」
ミリアが寂しそうな顔で俺の手を取った。
「悪いな。俺はウィルと話があるんだ」
「扉の奥ではダメなのか?」
「ああ」
それでは手遅れだから。
「……ちょっと待ってよハイト」
ロゼが固い顔で俺の肩を掴み、パーティーの輪から強引に外れた。
「(……どういう事?)」
気難しい顔で俺に訊ねて来た。
どうやら、俺の考えに気付いたらしい。
「(気にしないで、ミリアと共に扉の奥で待っていてくれ)」
「(そう言う訳にはいかないでしょ!? 君がここに残るなら、私も――)」
「(その間、ミリアをどうするつもりだ?)」
「(っ……)」
ロゼの気遣いは嬉しい。だが、俺はその気持ちを押し退けた。
「(ミリア一人を扉の奥に匿ったとしても……あいつが心配して扉を開けたら、血生臭い光景を見せる事になる。だから、ミリアを扉の中に止まらせる人間が必要だ。……ロゼだって見せたくないだろ?)」
「(だ、だったら君の代わりに私が――)」
「(“剣豪”と“魔剣士”、どちらが前線向きか分かるだろ?)」
「(…………)」
どうにか俺を止めようと口の開閉を繰り返すが、反論が出る事は無く、
「(……信じてるから)」
そう短く呟いた。
「(任せろ)」
俺はロゼの頭をポンポンと軽く叩いた。
ロゼは少しの間眼を瞑り小さく息を吐く。そして、
「よし、お待たせミリアちゃん。行こう」
普段通りの姿がそこにあった。
「……ハイト、ウィル、待っているからな」
ミリアが俺達に声をかけた後、二人は金属板へと向かった。
その前に立つと、ミリアは掌を金属板に付けた。
そこを中心として青白い光が金属板の上を走る。その軌跡を追うように、様々な線が無地の金属板に浮かび上がった。
それが完了すると、観音開きの扉が出来上がり、独りでに開いた。
ロゼとミリアは扉の奥に進むと、二人とも振り返った。色合いの違う二人の暗い顔が見えた。
少し経つと、俺達を拒絶するかのように扉が閉まった。
「さて、どうしたんですかハイト君。私に訊きたい事があるようですが、やはり恋の悩みですか? 私は結婚しているので何かアドバイス出来ると思いま――」
「戯れ言は要らない。既に分かっているだろ。俺の目的が」
俺はそこでウィルと向かい合った。そこには、悲しそうに微笑む青年がいた。
(ああ、やはり当たってしまった)
そんな甘さを捨てる為、俺は後戻り出来ない言葉を放つ。
「なあ、襲撃者様?」
<?/ウィル> ※現実/ゲーム
性別:男
姿:?/黄金髪茶眼
スタイル:?/騎士
“シンベル”で出会った現実世界での外国の青年。誰にも分け隔て無く接し紳士的振る舞いを見せるが、若干ズレている所もある。ハイトと同等の実力を持っている。表には出さないが、現実世界に戻りたいと強く願っている。




