第三十三鐘 静から動
始まりを迎えた“森幸祭”の舞台に立たされたハイト。初戦で前回準優勝だった対戦者を打ち負かした事で、村人達から注目を浴びる事になる。それから早く逃れる為、ハイトは選手達を挑発した。それに釣られた前回優勝者を難なく負かすが、それに納得いかなかったゴークはハイトを攻撃する。自分が起こした事態の収拾の為に、ハイトはゴークに“ウェイジャー”を持ち掛けた。自分が負けない事を疑わないゴークは、そのゲームに乗り、そして敗北する。勝者のハイトは、ゴークに被害を加えそうになった親子の謝罪を命令する。大人しく従ったゴークを見届け、自分も村人全員に謝罪し、舞台を去った。
あの後、俺は舞台から下り、そのまま離れた。盛り上がりを壊した張本人がいて、祭りに参加する人間が楽しめる筈が無い。
「…………」
再開した祭りの喧噪が微かに聞こえる場所で、俺は何もせず、無意味に空を見上げていた。
「…………」
そんな不甲斐無い俺に、ロゼは傍にいてくれた。
「……悪いな」
「気にしなくてもいいよ。少なくとも、私は君のやり方が間違っているとは思ってないよ」
「なら、俺は正しかったのか?」
「どうだろう。物事の受け取り方は人によって千差万別だからね。少なくとも、私は正しいとも思ってないよ」
「……そうか」
感情に捕われない正論が、今は心地良かった。
「無理に俺に付き添わなくても良いんだぞ?」
「あの時も言ったでしょ? 私は君といるだけで楽しいから」
「……そうか」
そこで会話は途切れ、辺りは沈黙が支配した。
暫くすると、ロゼが静かに忍び寄って来た。
不思議に思いロゼの顔に視線を向けると、ロゼは柔らかく微笑み、身体がくっつくほどまで進めた。
ロゼの暖かい体温が、俺に伝わって来る。
それだけで、冷えた心に温もりが宿った。
(不思議なものだな……)
自分の心の変化に感慨深く思っていると、数人の足音が聞こえてきた。
スススッ、とロゼが俺から離れた。それと同時に、俺を安心させてくれた柔らかさも離れて行く。
視線をそっちに移すと、二人の人間が俺達の方に歩み寄って来た。
「……アンタら」
その二人は、あの時の親子だった。
「……こんにちわ」
「こんにちわ!」
母親はおどおどとしながら、メルは元気良く俺達に挨拶をした。
「私達に何か用ですか?」
ロゼが俺の前に立ち塞がり、親子に訊ねた。口調は柔らかかったが、何処か追い払うような硬さが含まれているような気がした。
(俺を責めに来た、と思っているのか)
俺の前に立ち塞がったのは、俺を気遣っての事だろう。
「彼に言いたい事があって、会いに来ました」
「出来れば後にして貰えませんか?」
「良いよ、ロゼ」
俺はロゼの前に立ち、右手で制した。
「……大丈夫なの?」
「ああ、心配するな」
心配した表情で俺を見るロゼに、ひらひらと右手を揺らして答えた。
「……で、何の用だ?」
良い話では無いだろうが、俺はこの人間の言葉を受け止めなければならない。そうしなければいけない行為を、俺はしてしまった。
相変わらず母親はおどおどしていたが、決心した表情で一歩前に出て、
「ありがとうごさいました」
俺に深く一礼をした。
「……何を……しているんだ……?」
予想外の行動に、俺は戸惑ってしまった。
「私達の為にゴークさんに立ち向かって頂いて、貴方にお礼を述べたかったのです」
どうやらそんな事でわざわざ此処まで来たようだ。
「……アンタが礼を言う必要は無い。あれは俺の失態の為に行った事だ。それに……」
俺はそこで言葉を切ってしまった。
(そうだ。俺は礼を言われる立場じゃない。俺はこいつらを巻き込んだんだ)
思い返せば思い返す程、己に対して怒りが沸き上がって来る。今すぐこの場を走り去り、人気の無い場所で自分自身を気が済むまで殴り付けたい。
「……貴方が何に対して許せないのか、私には分かりません。しかし――」
母親はそこで笑みを浮かべ、
「――貴方がゴークさんを説得し、私たちに謝罪をさせた事は、貴方だけではなく、私たちの為にもなりました」
母親の偽りの無い言葉に、俺は驚愕した。
(あの行動が……この親子の為になった……?)
だとしたら……俺は……。
言葉に詰まっていると、静かに会話を見守っていたメルが、一歩前に出た。
「ハイトにいちゃん」
「……何だ?」
相変わらずぶっきらぼうに言う俺に、メルは怖気づかず、
「ぼくたちのために戦ってくれてありがとう! すごくかっこよかったよ!」
子供特有の無邪気な笑顔でそう言った。
その後、親子はもう一度俺達にお礼を言い、祭りへと戻って行った。
「……ねえ、ハイト」
「……何だ?」
「村の人たちの中には、君に反感を抱いている人がいるかもしれないけど……」
ロゼは俺の前に立ち、
「君の事を快く思っている人もいるみたいだよ」
俺に手を差し延べた。
「……ああ」
俺は躊躇無くその暖かい手を握った。
<ファイアーボール>
炎魔法の一つ。前方に頭一個分の炎の玉を発射する、炎魔法の基本。一割の確率で対象に『火傷(一定時間にダメージ。守備の低下)』の状態異常を与える。属性は炎。禁止時間は0,6秒。




