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結婚30年。夫は妻の顔を見て「お前、誰だ?」と言った  作者: 重原水鳥


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【07】跡取り候補たち

 ――とあるイエローサファイア子爵家から、ある声明が出された。


 とはいえ、それを聞いたジュラエル王国の人はほぼ全てが、「いやどこの?」と思った事だろう。


 なにせ、イエローサファイア子爵家という家は、沢山ある。

 『この家名』と『爵位』の組み合わせに絞っても、普通に二桁の数字の、まあまあな数、家がある。


 ジュラエル王国は法律上、貴族が分家を作る際に、新しい家名を作る事出来ない。特例で認められる場合があるが、滅多にない事だ。基本的に分家は、本家と同じ家名を名乗る。

 なので、完全同名の家がやたら多いのだ。

 他国人がジュラエル王国に関わる際、最初に頭を抱え、慣れた頃にも頭を抱え、最後になっても頭を抱える問題だ。なんなら、ジュラエル王国人ですら、頭を抱える問題である。ただ、この法律は建国の契約に基づくことから、現状、改正される見込みはない。


 そんなお国の理由から、多くの人々は「ふーん、どっかのイエローサファイア子爵家の人が、なんか言ったんだ」ぐらいにしか思っていなかったが、その内容には興味をひかれた事だろう。



【当家の跡取りは、イエローサファイアの血筋の者の中から、最も跡取りに相応しい者を後継者に据える。私は実子を作る事はしない。希望する者がいれば、当家まで連絡を送られたし】



 現当主からの、跡取り募集である。

 しかも対象がかなり広い。


 イエローサファイアの血筋のものは、即座に「どこの家」かを調べ出した。そして突き止めたところ、近しい血族の人々は「ああ、あの家」と口をそろえた。


 ――半年ほど前に前子爵が犯罪を犯している事を息子で、現子爵である男が突き止め、国に犯罪者として突き出していて、一時有名になっていた家だ。


 貴族たちが知る頃、領民たちもこの声明を聞き及んだ。領民の識字率は高くもないので、口から口へと、話が伝わった。


 前子爵の方は、若いころは良かったが、年を経るごとに傲慢な領地運営になっていき、領地は緩やかに弱っていた。領民の生活は、苦しかった。

 重くなる税に耐えかねて、土地に縛られている農民ですら、財産である農地を捨てて、逃げ出している者がいたぐらいだ。


 それを、ここ半年、なんとか現子爵が色々な問題を並べて、順に片付けて……少し、落ち着いてきた矢先の、声明発表だった。


「大丈夫なのかい?」

「この領地、どうなるんだ」


 領民たちは語り合った。


 この声明の最後には、本家たるイエローサファイア()()()の名も連ねられていた。これが(いち)貴族家の勝手な行動ではなく、事前の話し合いがされた上での声明発表だと分かった。


 近しい血筋の家には直接手紙が送付されたし、そのほかの家には、(イエローサファイア)(伯爵家)からの連絡が送られていた。





 すぐさま動きがあったのは、前子爵の弟筋の分家の者たちだった。現当主クライスからすれば、叔父一家というところだ。


「なんですかあの声明は! それに、子を作らないとはどういう事で? 貴方には妻がいたでしょう、子を産むには年を取り過ぎているのならば離縁し、新しい嫁を入れればよい筈だ! それが出来ないというのなら、血筋の近い私か、私の子らが次の当主になるのが道理でしょう!」


 久方ぶりに顔を合わせる甥への言葉にしては、かなりの剣幕だった。

 とはいえ、クライスが気になったのは、勢いではない。その内容の方である。


 叔父の記憶の中のクライスは、実母であるブルクヒルデにまだまだ抑圧されていた頃の姿しかなかった。だから、抜け落ちたのだろう。仮にも目の前の男が、実母を犯罪者として突き出し、当主の座に座った男であるという一面が。


「叔父上。貴方もまた、母ブルクヒルデの被害者だったというのに、貴方には同じく被害者である我が妻への思いやりもないのですな。跡取りの決定に関しては、(イエローサファイア)(伯爵家)より、私が好きに選んでよいとお達しを受けております。第一に、貴方は候補から外させていただこう」

「なっ!」


 まともに会話なんぞしたことのない叔父と甥の会話は、そこで打ち切られた。

 叔父の後ろで顔色を無くしている従兄弟たちに、クライスは視線を向けつつ、語った。


「父親についてきただけで、まだ何も口にしていない我が従兄弟たちまでからも、跡取り候補の座は取りません。この家を継ぎたいのであれば、改めて、後継者となる希望を書面にしたため下さい」


 叔父一家は帰っていき、叔父の子全て――嫁いでいた娘や、既に生まれていた従兄弟の子ら含め――が、後継者になりたいという希望を送って来た。


 幼くとも良いが、出す条件は一律の予定だ。つまり、年が上の者より、下の者の方が一般的には不利になる。


 希望を出す者に年齢の制限は出さなかったので、クライスは受け入れた。


 そのほか、さまざまな家から連絡が来た。

 条件は、イエローサファイアの血を継ぐ。それだけだ。クライスのお眼鏡に叶いさえすれば、領地を持つ子爵家の当主になれる。

 これは、あまりに条件が良すぎた。

 今の家名はイエローサファイアではないけれど、母が、父が、イエローサファイアの血族だったからと手紙を送ってくる者も少なくはなかった。

 普通はありえないけれど、本家も認めた跡継ぎの選定方法だ。正当に勝ち取れば、ほぼ平民の立場だったものが、領地付き子爵位の当主になる事が出来るのである。


 クライスは働いていた頃の伝手も使い、希望者たちの、過去の犯罪歴などを調べた。正式なものでなくとも、何かしら問題となる事件を起こしていないかまで、調べた。

 この時点で問題のある者は、問答無用で外した。

 この家は、既に前子爵(母ブルクヒルデ)が裁かれた、という大きな()()がついている。犯罪歴や、それに準ずる過去のある者を、更に招き入れる事は出来ない。


 次に、クライスは全ての希望者を、領地内に抱えているいくつかある別邸に呼び寄せる事にした。


 実は、別邸と呼ばれる子爵家の建物は、結構な数がある。無駄にある、と言ってもいい。

 無駄に多いのは、前子爵(母ブルクヒルデ)が後年していた無駄遣いの一つだった。表向きは、「雇用を生むため」という名目で建てられたものだ。

 しかし、建設時は雇用を生み、領民の為になれど、作った後にまともに使われず管理もされていない家は、無駄でしかない。なんならその別邸がある土地を別の形で利用したい場合、別邸そのものの存在が邪魔になっているという事案すらあった。

 この有り余っている別邸を、希望者たちが暮らす場としたのである。


 エーベンローデが使っていた別邸や、そのほかの別邸に、いくつかのグループに分けて、希望者を詰め込んだ。

 泊まらせたのは、これから、跡取りに相応しい者を選ぶ為の試験を開催するからだ。

 ただ、試験とは、紙に答えを書く試験(ペーパーテスト)ではない。実際に働く姿を見て、ある程度仕事も教え、そのうえで跡取りを選ぶのだ。

 すぐには判別も出来ない。期間がそれなりにかかる為、このような形をしていた。


 こういう形で跡取りの選抜を行うのは、かなり異例の事だった。

 通常ではありえない、跡継ぎの決め方だ。


 生活に際しての最低限の生活費はクライス側で持つが、移動費や過剰分の余暇の為の金は出さない。

 また、これは試験であるので、いわゆる給与に相当するものは与えない。


 跡継ぎを選ぶのはあくまでもクライスで、選ぶ基準は表沙汰にはしない。仮に選ばれなかったとしても、文句は言わない。


 諦めるタイミングは自由。ただ一度諦めた者は、再度跡取り希望者として参加する事は出来ない。


 上記のようないくつかの条件を出したのだが、それでも、早々に多くの者が集まった。

 叔父の子孫たちもそろってきた。

 参加者でない配偶者なども、なぜかいた。

 これらにかんしては、いてもいいが、試験に参加は出来ない事は事前に伝えている。また、候補者ではない彼らに関しては、生活費は出さないとした。


 そうして試験とやらが開始したのだが――まず跡取り候補たちは、それぞれクライスの仕事を手伝わされる事となった。


 仮にも領地持ち子爵の仕事だ。内容は多岐にわたる。


 領民に関する話題を集める。

 領地の状況に関する話題を集める。

 問題がある公共の場の処理。

 税の不満への対応。

 病気の対応。

 お金の計算。

 その他、連絡係として走る者もいた。


「無料で仕事だけさせられる!」


 と、幾人かの希望者が逃げ出した。


「当主の仕事を教えているのだがな。まあ、特例過ぎるから、文句も出るだろうが……」


 クライスは嘆息した。

 領地が栄えれば、確かに、当主もそれに見合った恰好はする。時には社交として豪華な装いをし、豪華な食事を取る事もあるだろう。

 領民たちから税を取っている立場だから、楽に生きていると思う者もいるのは当然だ。


 しかし実際の所、当主本人は終わらない仕事を無給で抱え続けているようなものだった。


 長年前子爵(母ブルクヒルデ)が課していた税を落とした。周辺領地の現在の税率を見て、平均まで落としただけだが、当然子爵家の税収は減る。

 しかし前子爵(母ブルクヒルデ)は領地に必要な手入れを入れていなかった。故に、支出が減る事はない。むしろ増える。


 つまり今、イエローサファイア子爵家は裕福とは程遠い状況であった。金銭的に余裕がありまくっているという訳ではないのである。

 そういう事実は、エーベンローデの耳には一切入れないようにしてあった。


 とはいえ、跡取りの方は、そうはいかない。知らずに過ごしていける立場ではない。


 前子爵(母ブルクヒルデ)は己に反抗する人間を追い出し続けた。結果として、まともに働けるような人材はほぼ残っていない。残っているのは何も考えずに上からの指示だけで動く人間ぐらいだ。そうなると、指示する人間が必要なのだが、そんな人間はクライスが外から連れて来た人間ぐらいしかいない。仮にも領地を抱えている家の仕事の幅を考えれば、人間が少なすぎるのだ。


 下の人間がまともに育っていない現状、このイエローサファイア子爵家の跡取りになるという事は、将来的に領主を名乗れるメリットを抱える代わりに、現在進行形では働き詰めで自らが仕事をし続けねばならないというデメリットを抱える事になる。


 将来的には下の人間も整えるが、後継者をある程度定める方をクライスは優先したので、今の生活は中々大変なものだ。公式に跡取りとなるのであれば、後継者にはクライスと共にこの大変さを背負って行って貰わねばならない。正式に跡を継がせる前までには整える予定だが。


 イエローサファイア子爵家の現状をちゃんと調べもせず、「領地持ち貴族の当主になれる!」ぐらいの心持ちできたものが早々に逃げるのは、当然であった。


 事前に「試験に際して、給与に相当するものは出せない」と宣言もしているのだから、お金が出ない事を文句を言われても、困るのであった。


 実際の所、給与がない事に対する反応は、様々だった。

 実家が太いものはそもそも問題ではない。実家から必要なお金を持ってきて、生活するからだ。

 逆に、元々が対して裕福でなかった――ハッキリ言えば貧乏だった者だと、「衣食住さえ整うなら別にお金なくても」という者もいた。

 ほかにも「最初からそういう契約だったのに、来た後に文句を言っているのもどうなのだ?」という人もいた。

 勿論、「ただ働きしかさせないなど、ありえない! 働いている分、額が少ないにしろ、金を出すべきだ!」と主張する者もいた。まあ、この主張はクライスによって却下されてしまったが。


 中には「働かせすぎだ! こんなに働かされるなんて!」という者もいた。が、こういう反応に対しては、クライスは逆に、困ったような顔をするばかりであった。


「今彼らに任せている仕事は、当主になったら関わる事になる仕事の一部なんだがなぁ。正式に跡取りになっても任せるんだが?」


 領主とはいえ、全てを下の人間だけに任せる事は出来ない。最終的な確認は領主がする事になる。だから、仕事を理解出来ているというのは悪い事ではないのだが、とクライスは困ったように首を傾げた。


 クライスは書類仕事より現場仕事の方が好きな性格の上、仕事が好きな人間だった。

 なので彼らが「仕事ばかりさせられる!」と嘆く理由が分からなかったのである。



 その後も、試験が続いて行った。


 自分の想定よりも領地の現状が厳しい事を知り、去る者もいた。


 同時並行で他の所で職や結婚相手を探していて、そちらが先にまとまったからと、去る者もいた。


 中には、平民である領民とイイ仲になって、結婚するのでと候補から降りた者もいた。


 当主は諦めて、逆に、文官として雇ってくれと言ってくる者もいた。今はそちらを纏めているエーケニスにクライスは任せた。


 自主的に去る者だけでなく、クライスの側で「この者は駄目だ」となった者もいた。あまりに傲慢な態度が目立つ者や、なにか悪い動きをしている者。こちらの調べで、隠していた悪事が発覚した者や、あまりに評判が悪すぎる者などだ。



 次第に後継者希望者は減っていった。



 叔父一家の子供も、幼い孫世代は早々にいなくなっていた。残っていたのは叔父家の跡を継ぐものがない次男以下とかだけだ。



 残り十人まで減った所で、クライスは改めて全員を集め、ある事を伝えた。


「ここまで残ってくれた事を感謝する。宣言通り私は子を作る事はない為、正式な跡取りと定めた以降は、基本的に、その立場が脅かされる事はない」

「基本的には、とは、どういう事でしょうか?」


 残っていた従兄弟のうち、一人が食い気味に突っ込んできたのでクライスは答えた。


「言い方が分かりづらくてすまない。……知っての通り、当家の前当主は、罪を起こし捕まっている。正式に跡取りと決まった後だとしても、犯罪を犯すような事があった場合は、外させてもらう可能性がある事は理解してもらおう」


 それはそうだろうな、という反応が、候補者たちに広まったので、ホッとする。


「さて。今から貴方がたに伝えておくべき事がある。この条件は次期当主となるのであれば、絶対に呑んでもらわねばならない条件だ。故に、この条件が飲めない者は、後継者には選ばない」


 一呼吸おいて、クライスは伝えた。


「それは、私が天の神と精霊の御許(みもと)に行った時点で、私の妻であるエーベンローデが存命だった場合、彼女が天の神と精霊の御許(みもと)に行くまで、彼女の安全と平穏を絶対に保障しなくてはならないという事だ。()()()()()()()()()()()()()()()


 イエローサファイアの名に誓う。

 ジュラエル王国の古い、とても強い、契約を宣言する文言だ。

 これをたがえた者は、人として軽蔑され、信用を失ってしまう。その為、口約束ですら、軽々しく使われる事はない。


 そんな言葉が使われたので、候補者の間には困惑が広まり、一人の候補者が手を上げた。


「……エーベンローデ夫人といいますと、一度もお会いした事がありませんが、本当にいらっしゃるのですか?」

「勿論だ。彼女には今後、子爵夫人としての社交などをさせる予定が、現状ない。しかしそれを咎める事も許さない」

「どういう事で?」


 鋭い言葉を発したのは、最初に発言いたのとは別の従兄弟だった。


「仕事をしない夫人など前代未聞です。仕事をしないのであれば、どこぞの修道院にでも入って安寧に過ごしていただけばいい」


 クライスは冷たい目で従兄弟を見た。

 従兄弟であるが共に過ごした記憶もなく、親しい関係ではない。

 しかも、この従兄弟は叔父とクライスの言い争いを見ていた筈の人間であった。


「君は今この時より後継者候補から降ろす。本日中に、家に帰り給え」

「なっ!」

「他領から来ており、前子爵を直接知らぬ者なら、一度は致し方ない。しかしこの領地に長年住んでいる者でありながら、その程度にしか考えられぬのであれば、去ってもらうしかない。エーケニス!」


 従者のエーケニスにより、従兄弟は連れ出された。自分の兄弟が連れ出された、最初に食って掛かった方の従兄弟は顔色が悪い。


「……弟が、大変、失礼いたしました。イエローサファイア子爵」

「弟君が()()であったからといって、貴殿への審査を厳しくするわけではないので安心したまえ」

「はっ……」


 全体を見渡し、九人になった候補者にクライスは改めて話す。


「エーベンローデに関しては、他に話がある。しかし、それについては、正式に候補者となった後に伝えるとしよう。さて、解散」



 その日の午後には後継者候補は、三人になっていた。

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 仕事はデキる感じかクライス。  無茶苦茶やった前子爵の後始末をするにも一代でやろうとすれば相当な能力が必要になるがそこまでではなさそうだけど。  それを自覚しているからこそ次代の選定もおざなりにしな…
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