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学校に行かないまま、冬休みに入っていた。
担任の先生からは何度か「クラスのみんなが待っているから、学校においで」と連絡があったけど、糸ちゃんは「行かなくていい」と言ってくれた。
先生があのクラスで起きていることに何にも気づいていないって、糸ちゃんはちゃんとわかってくれている。
でもこのままでいいわけないとも思っていた。
もうすぐあたしは三年生になる。
あたしは受験をして高校に行きたいと思い始めていた。
レイジに言われたからってわけじゃないけど、高校は卒業したい。
それはあたしの将来のため。
高校を卒業したら仕事を見つけて、お父さんとお母さんのもとを離れ、ひとりで生きていきたいと考えるようになったのだ。
そのために今は自分のできることをする。
そんな将来の目標を思い描くようになった頃、あたしの転校が決まった。
この街とも東京からも、遠く離れた海のそばの町で、家族三人新しい暮らしを始めることになったのだ。
「年明けにはお父さんとお母さんが迎えに来てくれるって」
「うん」
「新しい場所でも、つぐみちゃんはつぐみちゃんのままでいてね」
糸ちゃんがテーブルの向かい側でにこっと微笑む。
あたしはそんな糸ちゃんの前でうなずく。
糸ちゃんとこんなふうに夕食を食べられるのも、あとわずかだ。
新しい暮らしはやっぱり不安しかない。
いつお兄ちゃんのことが噂になって、そこに住めなくなるかわからない。
お母さんは何度も相談に来て、「やっぱりつぐみは糸子と一緒に暮らしたほうがいいのかも」と悩んでいた。
だけどあたしは決めたのだ。
高校を卒業するまでは、お父さんとお母さんのそばで暮らす。
つらいこともあると思うけど、あたしも一緒に乗り越えていきたい。
そしていつかお兄ちゃんに会って話したい。
お兄ちゃんがあの頃思っていたこと、今思っていること、これから思うこと。
いつかお兄ちゃんと話してみたい。
気づかないうちにあたしは、事件を起こしたお兄ちゃんと同じ年になっていた。
自分の部屋に戻って、荷物を段ボール箱に詰めた。
引っ越しはもう慣れている。
勉強道具や少しの服、それに真新しい制服。
せっかく糸ちゃんに作ってもらったのに、申し訳ないことをしてしまった。
あたしは机の上に置いてある、ガラスのペンダントと歌詞の書いてある紙を手に取った。
あたしがもらったレイジの形見だ。
紙には何度も書いて何度も消したあとが残っていて、その歌詞は未完成だ。
だけどこの曲はタイトルが先に決まっていた。
『Point of Departure』
辞書で調べたら『出発点』って書いてあった。
レイジは何もあきらめてなんかいなかった。
まだまだこれから進んで行くんだって思っていた。
きっと出発点はあの場所だ。
あたしたちが三人で歌おうと思っていたあの場所。
あたしは勝手にそう解釈した。
あたしはその紙とペンダントを丁寧に段ボールの中にしまったあと、壁に立てかけてあるギターを見た。
レイジが弾いていたギター。あたしは弾けないけれど。
『レイジはいなくなっちゃったけど、またヒビキと歌いにおいで』
なんとなくナベさんの声が頭に浮かんで、ギターの弦に触れてみる。
『まぁ、人生いろいろあるけど、過去はやり直せないんだし。だったら前に進むしかないだろ』
前に進むしかない……レイジの言葉を思い出しながら、弦をはじく。
でたらめな音が耳に響いた。だけどすごく胸に沁みる。
また歌いたいなぁ……気持ちよくて心地よくて、背中がぞくぞくするような快感を、また味わってみたい。
いいのだろうか。あたしがこんなことを願ってもいいだろうか。
ぽろぽろと零れ落ちる、ガラスの欠片のような音を拾い集める。
それをギターで弾けば、美しいメロディーになる。
そこに想いを込めた歌詞をのせ、人の声を重ねる。
誰のものでもない、あたしたちだけの歌。
あたしは目を閉じて夢を見る。
青い空の下で歌う、あたしたちを夢に見る。




