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16-2

 学校に行かないまま、冬休みに入っていた。

 担任の先生からは何度か「クラスのみんなが待っているから、学校においで」と連絡があったけど、糸ちゃんは「行かなくていい」と言ってくれた。

 先生があのクラスで起きていることに何にも気づいていないって、糸ちゃんはちゃんとわかってくれている。


 でもこのままでいいわけないとも思っていた。

 もうすぐあたしは三年生になる。

 あたしは受験をして高校に行きたいと思い始めていた。


 レイジに言われたからってわけじゃないけど、高校は卒業したい。

 それはあたしの将来のため。

 高校を卒業したら仕事を見つけて、お父さんとお母さんのもとを離れ、ひとりで生きていきたいと考えるようになったのだ。

 そのために今は自分のできることをする。


 そんな将来の目標を思い描くようになった頃、あたしの転校が決まった。

 この街とも東京からも、遠く離れた海のそばの町で、家族三人新しい暮らしを始めることになったのだ。



「年明けにはお父さんとお母さんが迎えに来てくれるって」

「うん」

「新しい場所でも、つぐみちゃんはつぐみちゃんのままでいてね」


 糸ちゃんがテーブルの向かい側でにこっと微笑む。

 あたしはそんな糸ちゃんの前でうなずく。

 糸ちゃんとこんなふうに夕食を食べられるのも、あとわずかだ。


 新しい暮らしはやっぱり不安しかない。

 いつお兄ちゃんのことが噂になって、そこに住めなくなるかわからない。

 お母さんは何度も相談に来て、「やっぱりつぐみは糸子と一緒に暮らしたほうがいいのかも」と悩んでいた。


 だけどあたしは決めたのだ。

 高校を卒業するまでは、お父さんとお母さんのそばで暮らす。

 つらいこともあると思うけど、あたしも一緒に乗り越えていきたい。

 そしていつかお兄ちゃんに会って話したい。

 お兄ちゃんがあの頃思っていたこと、今思っていること、これから思うこと。

 いつかお兄ちゃんと話してみたい。


 気づかないうちにあたしは、事件を起こしたお兄ちゃんと同じ年になっていた。



 自分の部屋に戻って、荷物を段ボール箱に詰めた。

 引っ越しはもう慣れている。

 勉強道具や少しの服、それに真新しい制服。

 せっかく糸ちゃんに作ってもらったのに、申し訳ないことをしてしまった。


 あたしは机の上に置いてある、ガラスのペンダントと歌詞の書いてある紙を手に取った。

 あたしがもらったレイジの形見だ。

 紙には何度も書いて何度も消したあとが残っていて、その歌詞は未完成だ。

 だけどこの曲はタイトルが先に決まっていた。


『Point of Departure』


 辞書で調べたら『出発点』って書いてあった。

 レイジは何もあきらめてなんかいなかった。

 まだまだこれから進んで行くんだって思っていた。

 きっと出発点はあの場所だ。

 あたしたちが三人で歌おうと思っていたあの場所。

 あたしは勝手にそう解釈した。


 あたしはその紙とペンダントを丁寧に段ボールの中にしまったあと、壁に立てかけてあるギターを見た。

 レイジが弾いていたギター。あたしは弾けないけれど。


『レイジはいなくなっちゃったけど、またヒビキと歌いにおいで』


 なんとなくナベさんの声が頭に浮かんで、ギターの弦に触れてみる。


『まぁ、人生いろいろあるけど、過去はやり直せないんだし。だったら前に進むしかないだろ』


 前に進むしかない……レイジの言葉を思い出しながら、弦をはじく。

 でたらめな音が耳に響いた。だけどすごく胸に沁みる。

 また歌いたいなぁ……気持ちよくて心地よくて、背中がぞくぞくするような快感を、また味わってみたい。

 いいのだろうか。あたしがこんなことを願ってもいいだろうか。


 ぽろぽろと零れ落ちる、ガラスの欠片のような音を拾い集める。

 それをギターで弾けば、美しいメロディーになる。

 そこに想いを込めた歌詞をのせ、人の声を重ねる。

 誰のものでもない、あたしたちだけの歌。


 あたしは目を閉じて夢を見る。

 青い空の下で歌う、あたしたちを夢に見る。

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