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6-1

 週明けに学校へ行くと、磯崎さんがあたしの席に来た。

 あたしは椅子に腰かけたまま身構える。本当はもう、この人たちとは関わりたくなかった。


「穂高さん、土曜日はごめんねぇ? 急にみんなでカラオケ行くことになっちゃって。ひとりで待ち合わせ場所行っちゃった?」


 磯崎さんの声に周りの女の子たちがくすくすと笑う。あたしは黙って机の上にのせた手を見つめる。

 どうしてこんな面倒なことをするのだろう。あたしのことが気に入らないなら、はっきりそう言えばいいのに。


「あれ? また無視?」


 磯崎さんがあたしの顔をのぞきこんでから、みんなのほうを向いて声を上げる。


「みんな聞いてー! 穂高さん、またあたしのこと無視するんですけどー!」


 その声を待っていたかのように、女の子たちが口々にあたしの悪口を言い始める。


「ひどーい、無視するとかありえない」

「人が謝ってあげてるのに、なんか言うことないの?」

「口ついてるんでしょ? ちゃんとしゃべりなよ」


 責められれば責められるほど、あたしは唇をぎゅっと噛みしめ黙り続けた。

 そんなあたしの顔を、磯崎さんがもう一度のぞきこむ。


「なんだ、泣かないんだ。つまんない」


 そしてみんなのところへ駆け寄って、機関銃のように何かしゃべり出す。

 みんなの視線があたしに集まり、どっと笑い声が起きる。


 その日から教室にいる誰もが、あたしに話しかけなくなった。

 廊下でも移動教室でも、休み時間も放課後も。

 今までいた学校でもこういうのはあったけど、この学校の無視は徹底していた。

 きっと誰もがクラスのリーダーである磯崎さんに、逆らえなかったんだと思う。



 金曜日になって、あたしは職員室に呼び出された。

 担任の若い女の先生は、にこやかな表情であたしに言う。


「穂高さん、クラスのみんなと馴染めてないみたいね」


 あたしは黙って先生の声を聞いていた。


「穂高さんの気持もわかるわ。新しい環境に飛び込む時は誰でも不安だと思うの。でもちょっと勇気を出して、自分から話しかけてみたらどうかしら? そういう勇気も、先生は大切だと思うのよね」


 先生はこれだけ無視されているあたしのほうから、みんなに声をかけろと言っているのだ。


「それにね、うちのクラスの生徒はとても親切で優しい子ばかりなのよ。きっとみんなも、早く穂高さんと仲良くなりたいと思っているはずなの」


 先生はずっと笑顔だった。

 あたしはあたしなりに一生懸命、先生の言葉を理解しようと思ったけどやっぱりできなかった。


「来週からはもう少し頑張ろうね。先生も応援してるから」


 先生は顔に笑顔を貼りつかせたまま、あたしの顔を見つめる。

 あたしの返事を待っているのだ。もちろん先生の納得する返事を。


「……はい」


 小さな声で答えたら、先生は満足そうにうなずいた。



 帰りはいつもより少し遅くなってしまった。

 夕暮れの空が赤く染まっていて、カラスが遠くで鳴いている。

 後ろから走ってきた数人の男子が、とぼとぼと歩くあたしをふざけながら追い越して行く。

 あたしは小さく息をついた。なんだかものすごく疲れてしまった。


 その時ポケットのスマホがかすかに震えた。あたしは周りを見回してから、そっとスマホを取り出す。

 学校にスマホを持ち込んではいけないと知っているけど、あたしはこっそり持ち歩いている。

 昼休み、校舎の外れのトイレに行き、個室にこもって音楽を聴く。

 そうやって周りの声から耳を塞いでひとりになる時間が、あたしには必要だった。


 スマホの画面を開くと一件のメッセージが届いていた。


「え、今夜?」


 それはヒビキからのメッセージだった。

【今夜レイジがライブハウスで歌うけど来れる?】と書いてあった。


「どうしよう……」


 制服を着た女の子たちが、おしゃべりをしながら近づいてくる。

 あたしはポケットにスマホを押し込むと、糸ちゃんの待つ家に向かって走った。



 家に着く頃、もうひとつメッセージが届いた。

 そこには待ち合わせの時間と場所が書かれてある。

 あたしはそれを見ながら、胸をドキドキさせていた。


 今からすぐに家を出れば、余裕で間に合う。

 だけどライブは夜だ。終わるのは遅くなるだろう。

 ひとりで勝手に出かけたら……糸ちゃんにまた心配をかけてしまう。


「おかえり、つぐみちゃん。どうかした?」


 糸ちゃんは息を切らして帰ってきたあたしを見て、不思議そうな顔をする。


「糸ちゃん……あの……」


【あなたたちは人殺しの家族なのに、どうして普通に生活しているのですか?】


 頭の中にあの文字が浮かぶ。

 だけど今日のあたしは、どうしても普通の生活がしたかった。

 あたしはその想いを口にする。


「これから……出かけたい場所があるの」


 思い切って声に出したあと、あたしは深く息を吐いた。


 あたしは糸ちゃんに、ヒビキという男の子と出会ったことを話した。

 そしてヒビキと一緒に暮らしている人が、あのレイジだったということも。


「つぐみちゃんの言ってた『友だち』って、その人たちのことだったの?」


 あたしは糸ちゃんの声にうなずく。なんだかちょっと気まずいけど、嘘はついていないはず。


「それで今夜、レイジが歌うところを見に行きたいの」


 糸ちゃんは少し考え込んだあと、顔を上げてあたしに言った。


「だったらわたしも一緒に行くよ」

「え……」


 それは、あたしの予想外の返事だった。


「つぐみちゃんが仲良くなったヒビキって子と話してみたいし、レイジの歌も聴いてみたい」


 あたしが戸惑っていたら、糸ちゃんは首をかしげて顔をのぞきこんできた。


「それとも、こんな叔母さんが一緒じゃ恥ずかしい?」

「そんなことない!」


 糸ちゃんはいたずらっぽく笑う。


「じゃあ決まりだね。支度するから、つぐみちゃんも着替えておいで」

「う、うん」


 糸ちゃんにせかされながら、あたしは部屋に入ってヒビキにメッセージを送る。


【ライブ行きます。でも夜遅くなるのはダメなので、おばさんも一緒に行きます】


 すぐに既読の文字がついて、【わかった。待ってる】と返事がきた。

 そしてあたしは糸ちゃんと一緒に、駅へ向かうバスに乗り込んだ。

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