5-3
「ヒビキ」
「あ、レイジ」
レイジ? あたしはこっちに近づいてくる人の姿を見上げる。
ヒビキと同じ黒ずくめの服装で、短い髪をツンツン立てた背の高い人。
歳は二十代後半くらい、丸いサングラスをかけている。
でもこの人、どこかで見たことがある。それにさっきレイジって言った……え、まさか?
「なんだお前、女の子ナンパしてたのか?」
「違うよ。俺がナンパされてたの」
「ち、違います!」
男の人がサングラスをはずして、くくっと笑う。
「かわいいね? 名前なんて言うの?」
「つ、つぐみです」
顔をじっとのぞきこまれた。その瞬間、あたしは確信した。
「レイジって……あのレイジですよね! 五年前にバンド解散して行方不明になった……」
「え、ああ、よく知ってるね」
やっぱりそうだった。
レイジはほとんどテレビに出ていなかったけど、動画サイトで何度もミュージックビデオを見た。
あの頃は長髪だったから、一瞬わからなかったんだ。
「あの、あたしレイジの歌いつも聴いてて……すごく好きで……」
「うわ、マジで? ありがとう、つぐみちゃん!」
レイジの両手が広がって、次の瞬間、がしっと強く抱きしめられた。
「え、つぐみの好きなボーカルってレイジだったの?」
隣からヒビキの声が聞こえる。あたしはレイジの胸の中で、声も出せずにうんうんとうなずく。
「つぐみちゃん! 俺も大好きだぜ!」
「ひぃっ」
レイジがますます強くあたしを抱きしめ、思わず変な声が漏れる。
レイジってこんなフレンドリーな人だったの? あたしのイメージと違う。
ビデオの中で歌っていたレイジは、クールでカッコよくて、でも近寄りがたいオーラがあふれていたから。
「レイジ、やめろよ。つぐみ、ビビってるじゃん。てか女子中学生にそういうことしていいわけ?」
「バーカ、うるせぇよ。つぐみちゃんは俺の貴重なファンなんだぞ? ファンにハグするくらいいいだろが」
「よくない。それって犯罪じゃねぇの?」
「なわけねーだろ。外国人はみんなやってる」
「レイジ、外国人じゃねぇじゃん。もろ日本人じゃん」
「お前うるさい。ちょっと黙れ」
ふたりが言い争いを始めたので、あたしは慌ててレイジの腕から抜け出した。
「あの……ふたりは兄弟なんですか?」
「まさか」
ふたりの声がぴったりハモった。鳥肌が立つほど気持ち良く。
「でもすごく仲良さそうだし……歌声が……少し似ているし」
「つぐみちゃん、こいつの歌、聴いたことあんの?」
「はい。一度だけ」
その時あたしは泣いてしまったんだ。それを思い出し、急に恥ずかしくなる。
レイジはニッと歯を見せて笑うと、ヒビキの赤い髪の毛をくしゃくしゃとかき回した。
「こいつ家出少年だったからさ。俺が拾ってやったの」
「え……」
「お願いだからレイジさんの家に置いてくださいって、泣いて頼むからさぁ」
「は? 勝手に話、作るなよ!」
ヒビキがレイジの手を振り払って、レイジはまたおかしそうに笑う。
ふざけてはいるけれど、レイジはヒビキのことをすごくかわいがっているんだなって、初めて会ったあたしでもわかる。
「それより飯食いに行こ。つぐみも行くって」
「え、あたしは……」
まだ行くとは言っていない。でもレイジが嬉しそうに言う。
「そっか、そっか! じゃあ三人で食いに行こう!」
「おじさんのおごりでな」
「ヒビキ! 誰がおじさんだ!」
レイジがヒビキの肩を組んで、今度は髪にげんこつをぐりぐりしている。
「ほら、つぐみちゃんもおいで!」
ヒビキの肩を抱いたまま、レイジが振り向いた。少し遅れて、ヒビキもあたしを見る。
どうしよう。いいのだろうか。
でもここにいても仕方ないし、家に帰ってもきっと糸ちゃんに心配されてしまう。
一緒に行きたい。あたしも一緒に連れて行って欲しい。
「早く来いよ」
ヒビキの声があたしの耳に響いて、胸の奥に入り込んだ。ヒビキの歌を聴いた、あの夜みたいに。
あたしは立ち上がり、重い足を動かした。
一歩二歩進んだら、少し身体が軽くなり、そのままふたりのもとへ駆け寄った。
レイジが片腕を広げて、あたしの肩を抱く。レイジの右側にヒビキ、左側にあたし。
「んじゃあ、ラーメン亭のラーメン行くか!」
「またラーメンかよ」
「文句言うヤツにはおごってやらんぞ?」
「しょうがない。ラーメンでいいや」
「ラーメンおごってください。お願いします、レイジ様だろ?」
ははっと笑いながら、レイジがヒビキの頭を叩いている。
「いってーなぁ」なんて言って、ヒビキもレイジにやり返している。
やっぱりこのふたり、すごく仲がいいんだなぁ……あたしはふと糸ちゃんのことを思い出す。
あたしも糸ちゃんとこんなふうになれたら……そんなことを少し考えて、なんだか寂しくなった。




