5-2
デッキの上の駅前広場は、今日もたくさんの人が行き交っている。
あたしは耳のイヤホンとマスクをはずし、マフラーをもう一度巻き直す。
花壇の前に立ち、スマホで時間を確認した。もうすぐ十二時十分になる。
だけどまだひとりも来ない。もしかして場所を間違えてしまったのだろうか。
確かめようと思ってメッセージアプリを開いた。するとちょうど磯崎さんからのメッセージが現れた。
【どうしてあたしのメッセージ無視するんだろ】
「え?」
驚いたあたしの目に、グループの女の子たちのメッセージが次々と画面に浮かんできた。
【ほんと。磯ちゃん無視されてかわいそー】
【既読になってるのにサイテーだね】
確かに返事はしていなかったけど、無視したつもりはない。
スマホ越しに伝えるより、ここで会えたらちゃんと言おうと思っていた。
「今日は誘ってくれてありがとう。あたしも磯崎さんと友だちになれたら嬉しい」って。
とても大切な言葉だと思ったから。
だけどあたしの気持ちを打ち明ける間もなく、次々とあたしへの文句が画面に飛び交う。
【穂高さんってそういう人だったんだ】
【寂しそうだったから、磯ちゃんがせっかく誘ってあげたのに】
【マナーを守れない人に友だちなんかできるわけないよ】
【磯ちゃんを無視するってありえない】
心臓がドクドクと波打つ。文字を目で追うだけで、めまいがしてくる。
そんなあたしの目に、磯崎さんのアイコンが現れた。
【ま、最初から、行くつもりなんてなかったけどー笑】
次に現れたのは、磯崎さんを囲んで楽しそうにピースサインをしている女の子たちの写真。
【みんなでカラオケー! 楽しー!】
磯崎さんをはじめ、誰もここに来るつもりなんてなかったのだ。
今頃あたたかいカラオケ店の中で、あたしのことを笑っている。
【穂高さん。寒い中、ご苦労様。そこで待ってても誰も来ないよ。じゃ、ばいばい】
あたしはスマホの電源を切って、花壇の淵に座り込んだ。
そういうことだったのだ。
あたしと友だちになりたいなんて最初から嘘で、みんなであたしをからかって楽しんでいただけなのだ。
冷たい風が吹いて、あたしの肩までの髪が揺れた。
糸ちゃんが貸してくれたマフラーを鼻まで押し上げ、膝を抱えて顔をうずめる。
大丈夫。大丈夫。つらくなんかない。
あたしは糸ちゃんに勧められてここに来ただけ。別に期待なんかしていない。
いつものように何も見ず、何も聞かず、声を殺して、すべてを閉ざしてしまえばいい。
『穂高さんの髪って、綺麗だね』
でもあたしにかけられたあの言葉は……やっぱり少し嬉しかった。
隣に誰かが座る気配がした。顔を膝に押し付けたまま、そっと隣を見る。
背中に背負ったギター、赤い髪……。
「えっ」
思わず声を漏らし、顔を上げた。隣の人が、あたしを見て小さく笑う。
「よく会うね。俺たち」
「あ……」
まさか、また会えるとは思っていなかった。胸がぎゅうっと締め付けられる。
「あの……ここで……何してるんですか?」
どうしてそんなことを聞いたのだろう。あたしのほうこそ「何やってるんだ」って聞かれそうなのに。
だけど隣の人はあっさりとあたしに答えてくれた。
「待ち合わせ」
「ああ……」
曖昧にうなずいて、目をそらす。顔を隠すように、またマフラーを押し上げる。
「そっちは?」
「あたしは……」
もう待ち合わせではない。いくら待っても誰も来ない。
あたしがここにいる意味は、もうないのだ。
「これから……帰るところです」
そうだ、帰ろう。これ以上ここにいる理由はない。
あたしはすっと立ち上がってお辞儀をした。
顔を上げたら、花壇の淵に座ったまま、あたしを見上げている人と目があった。
赤い髪に隠れた儚げな瞳が、やっぱり綺麗だなって思った。
「もし、よかったら……」
あたしの耳に、低い声が聞こえる。
「一緒に飯、食わない?」
「え……」
いま聞いた言葉が、あたしの頭の中をぐるぐる回る。
ご飯を食べる? この人とあたしが……一緒に?
「あ、俺、ヒビキっていうんだ。十七歳」
十七歳。あたしの三つ上。高校生だろうか?
「あたしはつぐみ……です。中学二年生……」
おそるおそるあたしが言うと、ヒビキという人が「まぁ、座れば?」と隣を指さして笑った。
すごく優しく笑う人なんだなって、あたしは思った。
「つぐみって、花の名前だっけ?」
もう一度花壇に腰かけたあたしに、ヒビキが聞いた。
あたしは自分の名前をそんなふうに聞かれたことがなくてちょっと戸惑ったけど、なんだか嬉しかった。
「いえ、鳥の名前です。冬に日本に渡ってくる鳥」
「へぇ……渡り鳥?」
「はい。すごく綺麗な鳴き声なのに、日本ではほとんど鳴くことがなくて……いつも口をつぐんでいるから、『つぐみ』っていうらしいんです」
そこまで言って、ハッと口に手を当てる。
気づけばあたしは、昔お父さんに教えてもらった話をペラペラとしゃべっていた。
あたし、何でこんなこと話しているんだろう。ほとんどしゃべったこともない人の前で。
「あの……ヒビキ……さんは」
「ヒビキでいいよ。ヒビキさんとか言われるの気持ち悪いから」
「あ、はい」
そう言われても、あたし三歳も年下なのに……緊張してしまう。
「えっと、あの……ヒビキ、は」
ぎこちないあたしの言葉に、ヒビキが笑いをこらえている。
「はい。何でしょう?」
「いつもここで歌っているの?」
あの夜の歌声。できればもう一度聴きたい。
「ああ……たまに。気が向いたら」
「プロなの?」
「え、まさか。プロなわけないじゃん」
「でもすごく上手かった。優しくて切なくて……なんて言うか……聴いてるだけで、胸がぎゅうって痛くなるような……」
「ありがとう。そんなこと言ってくれるの、つぐみだけだよ」
そんなはずはない。こんなに歌の上手い人を、周りの人が放っておくはずがない。
「あ、それに声が少し似てるの……あたしの好きなバンドのボーカルの人に」
「へぇ。それって誰?」
「えっと、それは……」
答えようとしたあたしの耳に、ヒビキとは違う男の人の声が聞こえた。




