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裏切りの果て



 喰魔のダンジョン。


 攻略にきた冒険者の魔力を参照し、生成するモンスターの強さと数が変わるという、規格外のダンジョン。


 通常の場合、C級ダンジョンにはC級までのモンスターしか生成されず、出現数も大きく変わることはない。


 だが、この場所は別だ。


 階層ごとに判定が分かれ、その階層にいる冒険者の魔力に応じた敵が出現する……例えば一階層にいるのが僕一人なら、現れるのはC級程度のモンスターになり、数も多くないわけだ。


 しかしそこに別の誰か……例えばベスのような強大な魔力を持つ者が一階層に入ってくると、途端に状況が変わる。


 A級モンスターであるアンデッドナイトが二十体以上出できたのも、その所為だ。


 冒険者の魔力が強く、パーティー人数が多い程不利になるダンジョン……それが喰魔のダンジョンなのだと、ベスはまとめる。



「つまりじゃ。こやつらのパーティーの総合力はA級ダンジョン程度じゃったが、儂が三階層にきたせいで難易度が跳ね上がったわけじゃな」



 ベスはシリーを見下しながら、淡々と事実を述べる。



「……ちょっと待ってくれ、ベス。それって」



 それって、つまり。


 ()()()()()()()()()()()()()()、こんなことにはならなかったんじゃないか?


 シリーを助けるために、ダンジョンに潜ると決めたけれど。


 その所為で、強大な魔力を持つベスを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 僕が、余計なことをしなければ。

 大人しくダンジョンを出ていれば。

 こんなことには……。



「……ねえ、それって、あんたたちの所為でこうなったってことよね? そこのエルフのガキが同じ階層にきたから、ダンジョンが生成する敵が強くなったってことでしょ?」



「シリー、これは……」



「あんたたちの所為で! こんなことになったんでしょ!」



 感情の全てを振り絞るような叫びを上げ、シリーは地面を殴りつける。


 そして、ゆっくりと立ち上がり。


 ベスの首に――剣を突き付けた。



「! やめろ、シリー!」



「やめないわよ。だって、このガキがいなくなれば魔力の量も減って、モンスターの強さも元に戻るんでしょう? だったら、ここで殺しちゃえばいいのよ……このガキも、あんたもね!」



 シリーは剣に力を込め。


 ベスの首を、切り落とそうとする。



「頭が高いぞ、人間風情が」



 刹那。


 シリーの体が宙に舞った。


 ベスの黒い魔力が、鎧を纏ったシリーを突き飛ばしたのである。



「何じゃこのたわけた女は。こんな奴のために、お主はわざわざダンジョンに潜ったのか」



「ぐっ……うるさい、ガキ! お前らがきたからこんなことになったんじゃないか! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」



「……何じゃって?」



 ベスの紫の目が、鋭く光る。



「おい、人間の女。お前は確か、そこにいる男のことを見捨てたよな? 自分たちが生き残るために、ダンジョンの最深部に置き去りにしたよな?」



「っ! どうして、それを……」



「そーんな酷い裏切りをしておいて、悪いことをしてないじゃと? あまりふざけたことを抜かすと、消すぞ、人間」



「ひぃっ⁉」



 黒い霧のような魔力が、シリーの体を包んでいく。


 その邪悪な力は、人一人の命など軽く奪えてしまうだろう。



「実は儂も仲間に裏切られたことがある口でのー。こやつの気持ちは痛い程わかるんじゃ……さっきまでは背中を預け合っていたはずの仲間が、何の前触れもなく牙を剥く。どうじゃ? お前にその気持ちがわかるか?」



「ご、ごめんなさい! ゆ、許して!」



「儂は気持ちがわかるかと訊いたんじゃが、伝わらんかったかの。命乞いを聞きたがっていると思うか? ん?」



「き、きもちは、わかりません……」



「そうじゃろうそうじゃろう。お前らみたいなのは自分の利益や都合を優先しているだけで、相手の気持ちなんてこれっぽっちも勘案せんからのー……じゃから、平気で仲間を裏切れるんじゃろうが」



「そんな、その、裏切るつもりなんてなかったんです……」



「あの場でこやつと共に戦う選択肢もあったろう。何故それを選ばなかった。どうしてこやつを見捨てた。お前が使い捨て、裏切ってきた仲間の命の重みが、今この状況を生んでいるんじゃよ」



「でも、こんなことになったのは、私の所為じゃ……」



「お前の所為じゃ。仲間を見捨てたお前は、世界から見捨てられたんじゃ。全ては業、全ては因果。因果は巡り、行動の責任を取らせる……とまあ、説教はこれくらいにして、そろそろ()()()?」



「ひっ⁉ ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 許してください!」



 黒い霧が、シリーの顔に覆い被さる。


 あと数秒もすれば、彼女は死ぬだろう。


 僕を追放し、裏切った彼女は。


 死ぬ。




「……もうやめてくれ、ベス」




 僕はベスの肩に手を置き、そっと語り掛ける。



「……いいのか、こんなたわけを生かしておいて。復讐できるチャンスじゃぞ」



「いいんだ。元々、シリーをどうこうしようなんて思ってない……僕たちは、みんなを助けにきたんだろ?」



「儂はお主についてきただけで、別段目的の方はどうでもいいのじゃが……わかった。じゃが後悔するなよ。自分を殺そうとした相手を、助けるのじゃからな」



「……ああ。後悔なんてしないよ」



 霧が晴れ、後には意識を失ったシリーが残った。


 うん、生きてる。



「悪いんだけど、みんなを外に連れてく手伝いをしてもらってもいいか? 必ず、お礼はするから」



「じゃから、腹の膨れぬ礼なぞいらぬわ……まあ、ここまできたんだし? 手伝ってやらんこともない」



 悪態をつきながらも、ベスは協力してくれるようだ。


 黒い魔力を大きな風呂敷状に広げ、意識のない四人を優しく包み込む……便利な魔法もあったもんだ。僕も是非習得してみたい。



「じゃ、戻るとするかの。探知魔法で敵も避けられるし、楽に帰れるじゃろ」



「……何から何まで、迷惑かけてごめんな」



「そこはありがとうじゃろが、たわけ。善い行いをしたお主が謝ってどうする」



「腹の膨れぬ礼はいらないんだろ?」



「……ふん。揚げ足取りめ」



 シリーたちを包んだ風呂敷を宙に浮かせながら、ベスは安全なルートを辿って魔法陣を目指してくれた。


 何もできない僕は、ただ後ろをついていくだけ。



「……」



 ベスがシリーを殺そうとした時……正直、心が揺らいだ。


 僕を追放して見殺しにしようとした彼女は、ここで死ぬべきなんじゃないかと、本気でそう考えてしまった。


 でも。


 それはきっと――()()()()()


 スカッとはするかもしれないけれど。

 だけど、結局それだけだ。


 なら僕は、人を助ける方を選ぶ。


 僕を見捨てたシリーとは違う。


 敢えて言うなら、あの場で彼女を助けたことで……僕は復讐を果たしたのだ。


 僕は、誰のことも見捨てないと――そう見せつけた。



「……はあ」



 だが。


 シリーが言っていたように、僕とベスが彼女たちを追わなければ、こんなことにはならなかったのだろう。


 喰魔のダンジョン。


 知らなかったでは済まされない。勇者パーティーを壊滅させた原因の一端は、僕にあるのだから。


 人間は、矛盾を抱えて生きているとベスは言った。


 僕の所為で死にかけたシリーを助けたという矛盾に……僕は、どう向き合えばいいのか。


 答えは出ない。



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