第八話。ツチワラベとティル・ナ・ノーグ。 パート1。
「ほんとに地下に町みてえなのがあるなんてなぁ」
すり足で歩きながら、俺は足元に広がる光景に改めて驚いている。
立ち並ぶ家は基本的に平屋で、時々二階建てとか店っぽいのがある。
いったいなにで作ってるのかわかんないけど、地上の建物と比べても
見た感じ違和感がない。まさに小人の国だ。すげー技術だな、これ。
いつからあるのか分かりようがないけど、しっかり根付いてる感じがするのは、
落ち着き払った住民の様子からだ。
このジオラマみてえな、ジオラマ換算で超広大な空間と、
俺達に、なんの動揺もなく道を開けてる状況が、
人間に慣れてるって証拠だし、昨日今日で作られた場所じゃないってことを、
否応なく俺に実感させて来る。
「わたしたち小人は、そこまで積極的に巨人様とはかかわってませんから、
知らないのもむりはないです」
お嬢様って呼ばれてる、金髪ロングな鎧騎士娘が、
俺の独り言にそう答えてくれた。
「なるほどな」
「ところで、どこに向かっているのだ?」
「長)おさ)のところだ」
ぶっきら棒にだが、中神にはするっと答えやがるな、こいつは。
「なるほど、顔を見せておけば無用なトラブルは軽減できる、か」
そうフェイティの言葉に納得した中神、少し間をおいて
「ん?」と、マジなトーンで呟いて足を止める。
「どうした中神?」
「人の気配がするな。俺達と同じサイズの」
「マジでか?」
「たしかに、しますね。不思議な気配が」
「メリーさんも感じる。で、俺だけわかってないってことは、
そっち方面の感覚で察知してるってわけか。で、不思議な気配ってのは
具体的にどんな感じなんだ?」
「ううん、そうですねぇ」
顎に左手をそえて考えるポーズ。そのまま歩いてるメリーさん。
なんか、あぶなっかしいなぁ。
「確実にこの世界の魔力なんですけど、質が違うって言えばいいのかなぁ?」
「……わり。まっっったくピンとこねえわ」
「魔力を一切認識できねば、この感覚はわからんだろうな。
俺が言うのも烏滸がましいが」
中神は、少しまた自嘲な感じで言う。
……おこがましいって、どんな意味だっけ?
「しかし、この気配。覚えがあるな」
「そうなのか?」
「ああ。これは、たしか」
「あれ? 学二さん? どうしてここに?」
俺達とは逆方向、つまりこっちに向かって一人、
女の子が歩いて来ながら、そう声を掛けて来た。
「やはり貴様か。久しいな、獣神に縛られし三つ首の孤犬」
「そうですね。お久しぶりです」
「犬耳ヘアバンド、ツインテールで、ゴーグルしてて
おまけに首輪付けてるって……すごいかっこだな。
首輪の喉んとこに、翠色の十字の宝石埋め込んであるし」
そのかっこうにも驚いたけど、中神のこの独特すぎる口調と
平気で会話してるのにも驚く。
「なるほど。心当たりがあったのは、この娘と面識があったからか」
なにやらフェイティが納得している。
「獣神の戒めを付けているか。
貴様の魔力の気配が、押さえつけたような奇妙さを持っているのは
それでだな」
「猟解、念のためですけど」
「なんで敬礼?」
「って、あれ? 学二さん、魔力の探知、できるようになったですか?
それも詳細にわかるじゃないですか。よかったですね」
ニッコリと、かわいらしい笑顔でそう喜んで言う女の子。
「ああ、つい最近ようやく探知ができるようにな」
まんざらでもない、そんな嬉しさを噛み殺したような声で中神。
「あの。その首輪、なにか意味があるんですか?」
メリーさんの問いかけに、「猟解」って敬礼なしに答える女の子。
ああ、これ。この子の相槌か肯定なのか。
「これはわたしの魔力を封じるためのものです。
わたし、この髪留めで魔力を二段階封じてるですが、
獣神の戒めを付けることで、魔力の使用を更に制限できるです。
もしうっかり髪留めが外れちゃった時も安心、なのです」
「犬の顔型の髪留めは、魔力をせき止める意味があるんですか、なるほど」
「猟解。獣神の戒めは、おしゃれとして髪を解けるので、
けっこう重宝してるですよ。ただ、ちょっと苦しいですけどね」
「和やかムードで、自然と、空間がファンタジー色に染まったんだが……」
「それで、獣神に縛られし三つ首の孤犬。貴様、なぜここにいる?」
さらっと話進められるのは、流石中神ってところか。
「はい。この小人の方々のお引越しをお薦めしててですね。
そのお話に来てるです」
「お引越し?」
俺の呟き疑問声に続き、
「『来ている』と言うことは、一度や二度ではないと言うことか」
中神は確認するような納得声。
「猟解。そこのお二人とも面識ありますですし」
そう言って、俺達の足元の少し先。
つまりは、お嬢様とフェイティのいる位置を指差している。
「けどさ。引越すったって、あてがあるのか?
並みの広さじゃないだろ、この空間を収めるって」
俺の質問に、女の子はハウンドと頷く。
「うちの。ティル・ナ・ノーグのスペースを使えば大丈夫です」
ニッコリと、自信満々に微笑む女の子に、俺はまた驚かされた。
「ティル・ナ・ノーグのスタッフだったのかよ?」
つい出た俺の驚きリアクションに女の子、
今回はビシっと勢いよく敬礼しながらのハウンド。
ティル・ナ・ノーグって言うのは、近所にある遊園地だ。
ちっちゃいころに何回か行ったことあるけど、なんかメリーゴーランドの馬が妙に生っぽかったんだよなぁ。
それが怖くて、メリーゴーランドに暫く乗れなかったぐらい、生っぽかった。
今でもメリーゴーランド、軽くトラウマなんだよな俺。
あの生っぽい馬と魔力云々とこの女の子。
なんだか、無関係じゃない気がして来る。
ティル・ナ・ノーグには、いったいどんな秘密が?
「で、俺達の向かう方向から来たと言うことは、帰るところなのか?」
「猟解」
中神の質問に、軽く頷く女の子。
「そうか。気を付けて帰れよ。まだこの辺りにはツチワラベどもがいるからな」
「わかってるです。皆さんもお気をつけて」
そう言い、中神にいつも以上に謎のあだなで呼ばれる女の子は、
慣れた調子でサクサクと、俺達とすれ違うコースで歩いて行った。
「なんなんだ、あの子。それに、ティル・ナ・ノーグのスタッフと
知り合いの中神も、どんな人脈でそうなってんだ?」
今日一日、俺はいったい何回困惑すればいいんだ?
「異界に魅入られし者よ。彼女のことを聞いたら、
驚きすぎて倒れるのではないか貴様?」
「どういうことだよ、そこまですごいことなのか?」
「ああ。ティル・ナ・ノーグについても、な」
「お前。ほんとに、謎な奴だな中神」
「で、聞くか?」
「そうまで言われちゃ気になるだろうが。話してくれ」
「その前に、長のところにいきませんか?
そんな、驚いて倒れちゃうほどなら、ここじゃ大変です。
せめて、おちついてからお話してもいいんじゃないかなー、って思いますよ」
金髪ロング鎧騎士少女
ーー 長いから名前で呼びたい。まだ教えてもらえてないけど ーー
に言われて、そうだなと納得した俺、
先導を再開してもらうことにした。
「なんか、建物の配置が窮屈な感じですよね。お引越しを薦める気持ち、わかります」
とはメリーさん。
「そうなのか。その辺ぜんぜんわかんないけどなぁ」
「この空間ですから、必然的にこんな感じになっちゃうんですよね」
とは兜なし鎧騎士少女。
どんな感じかって言うと、人の通り道のためなのか、
左右の端っこにずらーっと並んでるんだ。
商店街の店みたいな雰囲気だな。
「そうですか、人が通る道が必要だからですか?」
「不本意ながらな」
フェイティが、その言葉通り納得してない感じの声で答えた。
「だが、長の決定であり、連中に路を作らねば
奴等は我々をゴミのように潰しながらでも道を作る。
こうするしか、ないのだ」
「そんな人もいるんだな」
「建設にかかわる者は、験担ぎにではあるが、
この世界でも工事する土地の神に、挨拶をすると聞いたことがある。
ツチワラベとして古くから知られる貴様らのことを、
無視するとは思い難いが」
「この土地は、この一帯をえぐり出した巨人の監督と呼ばれる奴が、
我々のいるかいないを調査に来ていたらしい。ツチワラベとして交流した記憶があったらしくてな。
そのおかげで、こうして住まうことができているが、今の連中はそうでない者が大半らしい。
そのせいで、ここは難民がたまに流れて来ることがあるのだ」
「世知辛い話だな」
ツチワラベって言う立派な、言い方悪いけど物証があるのに、
遭遇したことのない奴は、お伽話程度に思ってるってことかな?
そもそも俺みたいに、ツチワラベの存在事態を、
名前すら知らないって人も多そうだけど。
そう考えれば、まるで建造物みたいに組みあがった謎のガラクタを巣にする
虫みたいに見えるかもな、こいつらのこと。
そうなると、問答無用で工事しちまうってのも納得できる。
納得はできるが、こうしてツチワラベと知り合いになっちまった俺としては、
頭で納得はできても、心で納得できなくなった。
「この世界でも、と言うことは、あなたの世界でもそうだったと言うことですか?」
メリーさんが聞いてる。「でも」のひとことから、そういう発想になるのか。
「ああ。神ほど大きな存在ではないがな。
具体的にその手の奴等が挨拶されないことを不満に思って、
挨拶を欠いて作られた家は、頻繁ではないが凶事が付いて回るのだ」
「ただの験担ぎなこっちの世界より、遥かにあぶねえなそりゃ」
ファンタジーのいろいろを面白くって調べてた時に、
そういう妖精がいるっての、見たことあるな。
なんだっけ、ノッカーだかブラウニーだか、
そんな名前だったかな。
「まあ、謝罪すれば許すことが殆どらしいのだが、
時間が経ちすぎると連中、へそを曲げてしまうらしい」
「めんどくさいのくっついてるんだな、お前の故郷」
「一部の人間にのみ、そういう者が信じられているだけのこの世界と違って、
信じようが信じまいが、マギアヘイムには具体的に存在するからな」
「流石のファンタジーワールドってとこか」
俺以外の三人も、黙って中神の話を聞いてるようだ。
ただでさえ異世界人、それがこの世界と似たような話をするんだ。
面白がらない方が難しい。
とまあ、こんな雑談をしながら、更に奥へと進んでいくわけである。
はたして、先にいる長が、
俺達人間を受け入れてるのか拒絶してるのか、
どっちなんだろうか。




