第八話。ツチワラベとティル・ナ・ノーグ。 パート2。
「長様」
「ユーシアちゃんにフェイティアちゃんか。なんじゃ? 見たことのない巨人じゃが?」
なるほど、この兜なし鎧騎士はユーシアって言うのか。
「長とやらは、雰囲気を見る限り好々爺のようだな」
中神は、よくわからんことを言いながらほっとしたような口ぶりだ。
中神の言葉がどういう意味なのかはわかんないけど、どうやら俺達を悪い者としては見てない雰囲気だ。
俺達より前に人間一人と、なにやら相談してたようだし、悪くは見ないか。
「ところで、ぬしら。何用でここに来た?」
「興味があってな。少し、見て回りたいのだ。
ここへの来訪は、そこのユーシア嬢に許可をもらっている。
なに、荒らそうと言うことではないさ」
「なるほどのう。わしらと似た気配を持つ、そこの巨人はそうじゃろうが、
他の二体はどうかな?」
声の調子が変わらないところを見るに、
警戒心から言ってるわけじゃないっぽい。
「同じくだぜ。俺だって荒らす気なんてねえよ」
とはいえ、体って言う数えられ方が人間扱いされてない感じで、
どうにもむっと来た。
「わたしも同じです。わたしにとって異世界のこの世界で、
更なる異世界のような、この空間。純粋に興味があるんです」
「ほう?」
「異世界の方、なのですか?」
異世界と言う言葉をまったく疑ってないな、ユーシアは。
「なるほど、なにか違和感を感じるとは思っていたが、そういうことか」
またフェイティの奴は、一人で納得してやがる。
「それで、長とやら。かの娘と引越しについて話をしてるそうだが。
塩梅はどんなものなのだ?」
「かの娘。ああ、あのティル・ナ・ノーグの使者と言う、あの娘のことじゃな。
うむ、わしらは引越すことを念頭に話をしておるよ。
彼等はわしら、小人のことを憂いて、
提案してくれておるそうじゃからな。
これはわしら全員の合意の上じゃ。
見世物にする、と言うのは少々腑に落ちなんだが、
安全を保障すると言うのであれば、飲まん理由もなかろうて」
「なるほど。たしかにそうだろうな」
「んで、さ。あの子、いったいなにものなんだよ中神?」
「長。こやつに、ティル・ナ・ノーグについて、またかの娘について
ここで話をさせていただきたい。かまわんか?」
「おお、かまわんよ。あの娘が、巨人が座るにちょうどよい椅子を
置いて行っておるしな」
「あの娘、交渉をじっくり進めるつもりでいたと言うわけか」
「椅子、使わせてもらいますね」
メリーさんが、俺が言うよりも前に言ってしまい、なんとも俺、ばつが悪い。
「で、誰が座るんだよ。一個しかないんだけど」
「そうだな。貴様が最も体力を消耗しているだろう異界に魅入られし者よ。
貴様が使うといい」
「迷いなし、だなおい?」
「あまり、立ったまま話すのは気が進まんのだがな」
「しょうがありませんよカクジさん」
メリーさんに頷き、改めてって感じで、中神は俺に席を勧めて来た。
「なんか、年寄扱いされてる感じで納得いかねえ」
とは言うものの、中神の言うことは間違ってないんだろう。
俺だけ、少し息が上がってる。大人しく座ることにした。
って言っても、体力よりも緊張感で、なんだけどな。この息遣いは。
「さて、どちらから行こうか。あの娘についてか、それとも
ティル・ナ・ノーグのことからか」
「あの、ものすごくインパクトあったかっこの娘の方だな」
「そうか。心して聞けよ」
「なんでそんな不穏な振りなんだよ?」
「自称ではあるのだが、彼女。ベス・サーラ・ケルベリアーナは、
ケルベロスだ」
「……は?」
「もう一度言おうか?」
「いや、いい。今……ケルベロスって、聞こえたんだが?」
「ああ。ケルベロスだそうだ。地獄の番犬と神話で謳われる、
あの三つの頭のな」
「いやいやいや。いくら自称とはいえ、それは厨二病がすぎるだろ?
あの子のどこにケルベロス要素あったよ?」
「彼女の髪留め。あの二つの髪留めと彼女自身でケルベロス、
三つの頭らしい」
「強引だなぁ」
「彼女自身、犬の獣人だ。それに、さきほど久しぶりに会ってわかったが、
あの強大な魔力、ケルベロスと言われても合点が行く」
「……犬の獣人? あの犬耳、ヘアバンドじゃないのか?」
ゲームやアニメなんかを問わず、ファンタジー作品に触れてるおかげで、
獣人って言葉にはつっかからなかった。が、信じられるわけじゃない。
「いや、あれは本物だ。作り物と本物の見分けは付く。
マギアヘイムでは、獣人はそれほど珍しい種族ではない。違いはわかるさ」
「マジかよ?」
「フェイティが言っていただろう。魔力がこの世界に満ちている理由が、
ツチワラベだけではないと」
「だからって、神話生物の擬人化っておい?」
「事実は小説より奇なり、と言う言葉をご存じかな? 少年」
突然、長が話に入って来た。
「って言っても、流石にめちゃくちゃだろ、ケルベロスってのは?
って言うか、その話し。よく信じる気になったなお前?」
「あの、まだ魔力をろくに探知できなかった時の俺にすら、
圧力を感じさせたその気配は本物だ。
それに、ティル・ナ・ノーグのスタッフである一点を鑑みれば、
ないとも言えんのだ。あながちな」
「どういうことだよ?」
「ティル・ナ・ノーグ。あそこは遊園地であり水族館であるのと同時に、
世に幻想生物として知られる生き物を匿っている施設の面もあるのだ」
「……いやいや。それじゃあまるで、幻想生物が実在してるみたいじゃねえか」
中神の言葉を飲み込むのに、ちょっと時間がかかっちまった。
で、理解した結果思わず出た言葉が今のだ。
それはなんと、「している」の四文字であっさりと肯定されてしまった。
物理的に開いた口が塞がらない。当然だろう?
「獣人である獣神に縛られし三つ首の孤犬もその一人だ。
言っていただろうメリーさんが、魔力が異質だと。
そして、あそこの普通の回転木馬では、半人半馬の獣人、
ケンタウロスが馬を引き受けている」
「……は?!」
声がおもっきし裏返っちまった。
「え、じ……じゃあなにか? 俺が子供んころに
メリーゴーランドに感じた妙な生っぽさって?」
「そうだ。生っぽい、のではない。生なのだ」
「なにいいいっ!?」
そりゃショックも受ける。
なんか足元の辺りから、びっくりしたような声がしたけど
そっちに気を回せるほど余裕はなかった。
「ユニコーンにやらせようとも考えたそうだが、
あれは処女しか載せないと言う逸話そのものの頑固者らしくてな。
女児専用の回転木馬があるのはそのためだ」
「ちょ、ちょっとまて。話をいったんとめてくれ。落ち着けさせろ」
「あ、ああ。わかった。そうか、心からの驚きだったのだな」
自分でもわかるほど目を見開いてた俺の驚きっぷりに面喰ったらしく、
珍しい中神の動揺する姿を見ることになった。
「そうに決まってるだろ」
溜息交じりに返す。
「リアクションが巨大なのに慣れてしまっていてな。
心底からのリアクションだとは思わなかったのだ」
「あの天然ラブコメどもめ……」
疲労感と共に、言葉を吐き出したのは言うまでもない。
深呼吸を何度かして、どうにかおちつけたので、
続きあるなら続けてくれと促した。
「後、か。ユニコーンに乗れないのを不満がる人間もいるらしい、ぐらいだな」
たしかに、その気持ちはわかるな。で、なんでそんなにお前は詳しいんだ?」
「同居人がスタッフとして働いているからな。
俺も何度か行ったことがあるのだ」
「同居人って、魔力に理解がある人だっけか?」
「ああ。マギアヘイムの人間だからな彼女は」
「そうなのか」
「ああ。こちらに俺が来ることになった際に、
面倒を見る役としていっしょに来たのだ」
「なるほどな。だから、魔力について詳しいし理解があるわけか」
ってことはだ。中神の奴は、どんな人かはわからんけど、
女の人と同棲生活をしており、今はメリーさんもいる。
一つ屋根の下女性と三人で暮らしているだとぉっ?!
「どうかしたのか、異界に魅入られし者よ。
突然妙に悔しそうな顔をして?」
「てめえも。てめえも天然ラブコメ民じゃねえか中神……!」
じとめで睨む。小刻みに震える拳を、そのウラヤマケシカラなさを言葉に込めて。
「そうなのか?」
「異世界ボケとはご都合主義だなおい?
さぞかし羨まハプニングが起きてることでしょうなぁ!」
「なにを突然いきり立っているのだ」
「きょっとーんとしやがって……!」
「しかし、おかしな巨人だな、お前は本当に」
「なにがだよ?」
フェイティに言われて、テンションそのまま不機嫌丸出しで返す。
「異世界とその魔力の存在はあっさりと信じているくせに、
自分の生きる世界に魔力や獣人などがいることは信じようとしない。
私達小人は、遭遇したから信じざるをえなかっただけか?」
「俺はお前らみてえに、否日常に慣れてねえんだよ。簡単に信じられるもんか」
収まらない腹立たしさを、そのまま言葉に乗せている。
そのせいで投げやりな言い方になってるが、
この羨まけしからなさを抑え込めるほど俺は大人ではない。
「お前の言う通り、魔法は見たから信じざるをえないだけだ」
「異世界については、わたしって言う存在で信じることになったって、ことですね?」
「そういうことだ」
「なら、この世界の魔法や我々以外の人ならざる存在も信じてやればいいだろう。
遭遇しているし、それを人ならざると知るのが友なのだぞ」
「友……ねぇ?」
中神のことを、友達と呼んでいいんだろうか?
こいつとの関係は、そこまでじゃない。
なぜかと言えば、俺がメリーさんに目を付けられなければ、
かかわるつもりがなかったほどで、中神にとって俺はどうでもよかったし、
その距離感は変化していないからだ。
「そういえば長。引越すとのことだが、時期は決まっているのか?」
「現在調整中じゃな。こちらもあちらも」
「なるほど」
「遊園地のアトラクションとかイベントって、
始まるけっこう前からCMするもんな」
密かに一つ深呼吸をしたおかげで、どうにかテンションだけは
普通に戻れた。
「手伝えることがあれば手伝うが?」
「そうしてもらえるとありがたい」
「出た、中神のナチュラル気遣い」
「お前も少しは見習え」
「お前に言われると素直に頷けねえんだよ」
俺の返しに、ユーシアは「まったく、フェイティは」と呆れている。
「さて、俺が話そうと思ったことはこれぐらいだが、どうだ?
かなり衝撃だったろう?」
「倒れるほどじゃなかったけどな。それよりもお前の現在の環境の方に
驚き倒れするところだったぜ」
「そうか?」
さらっとしやがって……。
「わたしは面白かったです。知られてないだけで、この世界にも
魔法や獣人なんかがいるってこと、わかったんですから」
「元々メリーさんは、探求心でここに来たようなもんだったっけな。
俺は面白いなんて感覚じゃとても見られてないぜ」
「わしらの存在も知らなかったようじゃし、むりもあるまいな」
「物わかりのいいじいさんだな」
「貴様っ! 長に向かって無礼な!」
「いってぇっ! なっ、なんだっ?! 脛にバッシーって痛みがっ!」
「フェイティっ、いくらなんでも魔弾はやりすぎよっ。あなたの魔弾は、
巨人様にだってしっかりした痛みを与えられるほど強いんだからっ」
「口は禍の元、と言う奴だな」
「せめて噛み殺せよ笑いを中神コラ!」
「左の服に小さな穴が開いているな。体力のみならず、魔力まで強いとは。くっ」
また中神が魔力云々で悔しがってるな。
「さて、ユーシア嬢、フェイティ嬢。他に面白そうなところはあるか?」
一瞬で気を取り直しやがった。すげーな。
「そうですねぇ。後は、他地域と繋がってる橋ぐらいでしょうか?」
「他地域?」
「難民が来るって言ってましたもんね」
「そうか、わかった。他地域にも興味はあるが、
この一帯はこれぐらいと言うことだな」
中神の結論に、ユーシアは「はい」と頷いた。
「ならば、失礼するとするか。長、他地域と連絡はとっておけよ。
他の者どもは貴様らの引越し話を知らんはずだからな」
「承知しておる。よく気が付く子供じゃな」
長に言われて、中神はふっと小さく笑った。
「いくぞ、貴様ら。ツチワラベども、害獣には気を付けろよ」
言うなり、中神は元来た方へと歩き始めてしまった。
「勝手な奴だな。待てよ中神」
俺は慌てて椅子から立つ。
「また、会えたら」
メリーさんのそんな声が背中でする。
「巨人様方、お送りしなくて大丈夫ですか?」
またも俺より早く、メリーさんがユーシアに、小さく、
お願いします、とちょっと恥ずかしそうに頼んでいる。
「タイミング的に、俺動けねえじゃねえか……」
小声で叫んだら、
「大丈夫ですよオカハヤさま」
と、メリーさんがパシっと肩を叩いてくれた。
「ふぅ。よかったぜ。じゃ、案内頼むなユーシア」
「お任せください」
「気安く呼びおって」ってフェイティの声を無視して、
俺達は再びユーシアに案内されて、中神を追う形で
例の梯子へと歩いて行くのだった。




