第十一話 情報の断層、親子の決別
要塞『終焉の揺り籠』の内壁は、脈動していた。
壁面に張り巡らされた魔導回路は、神経組織のように蠢き、侵入者である僕たちの存在をシステムから排除しようと、絶え間なく「消去のノイズ」を放っている。
「……嫌な質感だね。サバス、ここから先は『物理』じゃない。空間の定義そのものが歪んでいる」
僕はソル・レイスの柄を握り直し、『概念修復』の受動回路を全開にした。
僕の視界には、鉄錆びた廊下ではなく、崩壊寸前の「プログラム・コード」の羅列が映っている。一歩進むたびに、僕たちの「存在確率」が削り取られていく。
「閣下、左翼より『概念の抗体』が来ます!」
サバスの声と同時に、壁から実体のない黒い影が滲み出し、僕たちを包囲した。
だが、ロイの『絶界の神域』がそれを寄せ付けない。リィナが絶え間なく放つ『万象の調律』が、僕たちの魂が摩耗するのを寸前で繋ぎ止めていた。
「……着いたよ。ここが、この要塞の、そしてレトヴィスの因縁の終着点だ」
最深部へ続く巨大な生体門の前。
そこに立っていたのは、王都で消えたはずの、変わり果てた父と兄だった。
【再会:剥ぎ取られた人間性】
「……ああ、来たか。……レトヴィスの出来損ない。……そして、裏切り者のエドワード」
父、レトヴィス伯爵の声は、もはや人のそれではない。
首から上が帝国の魔導核と融合し、全身を黒い液体金属が覆っている。隣に立つカイル兄様も、意思を奪われた操り人形のように、巨大な漆黒のメイスをだらりと下げていた。
「……父上。その姿が、貴方の求めた『最強』の結果ですか?」
エドワード兄さんが一歩前に出た。その銀色の剣が、悲しみで細かく震えている。
僕は、『概念修復』の目で二人を鑑定した。
【対象:レトヴィス伯爵(変異体)】
【状態:魂のコアが帝国の外部サーバーに上書きされています。個体の自律権は消失済み】
「……ひどすぎる。帝国は、父上たちの人生そのものを『削除』して、ただの出力端末に変えたんだ」
僕の胸の奥で、静かな怒りが爆発した。
かつて僕を虐げた父だ。憎んで当然の男だ。
けれど、こんな形で、彼のこれまでの「武」の研鑽さえもゴミのように扱われるのは、修復師として、そして息子として許せなかった。
「……エドワード兄さん。ロイ。……二人の動きを止めて。……僕が、彼らの『人間としての記録』を、無理やりにでも書き込み直す(オーバーライト)」
「……分かった。……父上、ご覚悟を。……これが、僕たち兄弟の『親孝行』です!」
エドワード兄さんが神速の踏み込みを見せた。
父の振るう、空間ごと削り取るような「虚無の斬撃」に対し、兄さんはアルスが修復した『剣聖』の極致で応戦する。
背後でミーナが、震える手でこの「悲劇の真実」を記録し、ファランが影から迫る帝国の伏兵を射抜く。
僕はソル・レイスを掲げ、父と兄の「魂の断片」を探して、情報の海へと意識をダイブさせた。
レトヴィスの血脈、その最期の修復。
一族を縛り続けた「呪い」を解き放つ戦いが、今、臨界点を超えた。




