エピローグ① その2:真理の辞書と、銀の約束
鏡の中に映る自分は、まるで自分ではないようでした。
エルフの里から贈られた、月光を織り込んだような純白のウェディングドレス。その胸元には、アルス様が贈ってくださった琥珀のブローチが輝いています。
「フィリア様、本当にお綺麗ですわ。……さあ、世界で一番幸せな花嫁になりに行きましょう」
リィナ様が優しく背中を押してくれました。彼女の瞳には、母親のような深い慈愛が溢れていて、それだけで私の緊張はふわりと解けていきました。
かつて、私は王宮の隅で、埃を被った古文書とだけ向き合って生きてきました。
「死語翻訳」という、誰の役にも立たないスキル。貴族派の人々からは「墓守の王女」と蔑まれ、自分でも自分の価値を見出せずにいた日々。
それを変えてくれたのは、あの日、図書室に現れたアルス様でした。
彼が私の手をとり、「君のスキルは外れなんかじゃない」と言ってくれた瞬間、私の止まっていた時間は動き出したのです。
聖都の祝祭:サプライズの奇跡
大聖堂の鐘の音が響き、アルス様と指輪を交わした瞬間。聖都マイ・ルミナスの民衆から地鳴りのような歓声が上がりました。
披露宴の最中、アルス様が私の手を取り、ホールの中心へと導いてくれました。
「フィリア、これは君へのサプライズだ」
彼が指先を鳴らすと、金色の光の中から一冊の本が浮かび上がりました。
それは、私がボロボロになるまで読み込み、それでも解読できなかった「神代の断片」……。アルス様の『概念修復』を受けたその本は、見たこともない神々しい装丁に綴じ直されていました。
「……これ、は……?」
「君の『翻訳』スキルを、世界の理と同期させるための触媒――【真理の辞書】だよ。フィリア、君にはこれから、この世界の『本当の声』を僕と一緒に聴いてほしいんだ」
本を手に取った瞬間、私の脳内に、これまでノイズでしかなかった空気の震えが、旋律となって流れ込んできました。
風のささやき、大地が刻む鼓動、そして――隣にいるアルス様の、私への真っ直ぐな愛の響き。
「……アルス、様……。私、こんなに……こんなに幸せでいいのでしょうか」
「もちろんだよ。……君がいたから、僕は自分の『修復』に自信を持てた。君は僕の、光なんだ」
アルス様が私の指に、もう一つの細い銀の指輪を重ねてくれました。
それはロイ様やリィナ様に贈ったサプライズとはまた違う、私たち二人だけの「魂の契約」の印。
かつて孤独だった「墓守の王女」は、今、歴史を修復する「賢者の伴侶」となりました。
アルス様が見据える海の向こうの不穏な影も、今の私なら恐くありません。
彼が直す世界を、私が言葉にして、共に未来へと語り継いでいく。
聖都の空に弾ける光の粒を見上げながら、私は隣にいる愛しい人の腕を、ぎゅっと抱きしめ返しました。
「……一生、あなたのお側に。……私の愛する、修復師様」




