表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/31

第31話:ほろ酔いの夜

「――というわけで! この僕の最高傑作『対爆・零式』の初陣と、アッシュたちのAランク昇格に……乾杯!!」

「「「乾杯!!」」」


 王都のAランク特区に貰った僕たちの新居。

 報奨金で買ったばかりの、分厚く滑らかなオーク材の大きなダイニングテーブルに、四つの木製ジョッキが勢いよくぶつかり合った。琥珀色のエールが微かにこぼれ、麦の香ばしい匂いが部屋に広がる。


 テーブルの上には、アイリスが昼間から腕によりをかけて作ったご馳走が所狭しと並んでいた。

 メインは、赤ワインでじっくり三時間煮込まれた濃厚なビーフシチュー。スプーンを入れるだけでほろほろと崩れる牛肉と、甘みの強い根菜がゴロゴロと入っている。隣には、ルナの熱烈なリクエストだった大皿のステーキ。表面はこんがりと香ばしく焼き上げられ、ナイフを入れると美しい薄紅色の断面から肉汁が溢れ出す。さらに、色鮮やかな新鮮野菜のサラダに、オリーブオイルをたっぷり吸わせた焼きたての白パン。


 スラム街の油臭い工房に引きこもっていたシドを引っ張り出し、約束通り「とびきり高い酒」を振る舞う、僕たちなりのささやかなホームパーティーの始まりだ。


「……美味いっ! なんだこのシチュー、肉が口の中で溶けるぞ! アイリス、君は女神か何かか!?」


 シチューを一口食べたシドが、目を丸くして感嘆の声を上げた。普段、工房で固い干し肉と泥水みたいな味の栄養剤ポーションしか口にしていない彼にとって、この手の料理は劇物に近い衝撃だったのだろう。サンドイッチを食べた時よりもはるかに目を輝かせていた。


「ふふっ、ありがとうございますシドさん。アッシュ君が、市場で一番良いお肉をたくさん買ってきてくれたんです」

「いやぁ、最高だね! で、実際どうだったんだいアッシュ! 僕の可愛い『零式』は、あの厄介な変異亜種の装甲を相手に、ちゃんと計算通りの排気音を鳴らしてくれたんだろうね!?」


 シドは強いエールを一気に呷り、口の周りに泡をつけながら目をギラギラさせて身を乗り出してきた。

 僕は自分の分のステーキを丁寧に切り分けながら、苦笑して頷いた。


「ああ、完璧だった。アイリスが受け止めた魔獣の突進から、莫大な運動エネルギーを魔鉄に限界まで込めて撃ったけど……右腕への反動は完全にゼロだったよ。手首の関節部分に組み込んでもらった排気スリットからの蒸気も、惚れ惚れするくらい綺麗に抜けた」

「あははははっ! だろう!? あの非流体魔法陣の超硬化のタイミングは、僕の計算の芸術だからな! あの王都の脳筋エリートどもの度肝を抜いてやった気分はどうだい!」

「最高に痛快だったよ。君の狂った技術力と、僕の極端な能力が完全に噛み合った瞬間だった」


 僕の言葉に、シドは我が意を得たりとばかりにテーブルをバンバンと叩いて喜んだ。

 彼のテンションは最高潮だった。美味しい手料理と強いお酒、そして何より「自分の異端な技術が、実戦で完璧に証明された」という事実が、最高の肴になっているらしかった。


 僕とシドは、食事もそこそこに「排気シリンダーの角度をもう一度微調整すれば、次弾装填の速度がコンマ五秒上がるんじゃないか」「流体魔法陣の密度を上げれば、反動の上限値をさらに引き上げられるかもしれない」といった、傍から見れば何を言ってるか分からない今の課題と今後への期待の会話に花を咲かせた。


「もー、二人とも! ご飯冷めちゃうよ! 難しい話は後にして、いっぱいたべて!」


 頬をプクッと膨らませたルナに怒られ、僕たちは顔を見合わせて「ごめんごめん」と笑い合った。

 迷宮都市で荷物持ちをしていた時代には決して手に入らなかった、最高に温かくて騒がしい「家族」のような夜。

 だが――その熱狂は、長くは続かなかった。


「……でさ、次はシリンダーの圧力を……あと一割……むにゃ」

「シド?」

「……スースー」


 乾杯からわずか一時間。

 ガントレットの制作で文字通り徹夜明けだったシドは、度数の強いエールを三杯空けたところで突如として限界を迎え、テーブルに突っ伏して轟沈した。彼の手からは、半分ほど残っていたジョッキがコトリと音を立てて転がった。


「あはは、見事に寝ちゃったね。シド、本当に嬉しそうだった」

「無理もありません。ずっと一人で、周りから変人扱いされながら技術を磨いてきたっていう話を聞いてますから。アッシュ君という『理解者』に出会えて、安心したんだと思います」


 アイリスが優しく微笑み、立ち上がった。彼女は新しく買ったばかりのフカフカの毛布を手に取り、僕がソファに運んだシドの体にそっとかけてあげた。

 無防備な寝顔を晒し、時折「……計算通りだ……」と寝言を呟く彼の姿が、ここが彼にとっても「安心できる場所」になったのだと教えてくれているようで、僕の胸の奥がじんわりと温かくなった。


「さて。シドは夢の中に行っちゃったし、ここからは僕たちだけでゆっくり飲もうか」


 僕は立ち上がり、部屋の魔力灯の明かりを少し落とした。パチパチと爆ぜる暖炉の火だけが優しく揺れる、薄暗くて心地よい空間を作る。

 そして、戸棚の奥にしまってあった、度数の低い甘い果実酒のボトルを取り出し、二人のグラスに注いだ。ルビーのように透き通った赤い液体から、熟したベリーの甘い香りが漂う。


「わあ、甘くていい匂い……! 私、エールは苦くて苦手だけど、こういうお酒なら飲めるかも!」

「本当に……すごくフルーティーですね。ふふっ、美味しいです」


 ルナとアイリスが、ちびちびと果実酒を口に含んで嬉しそうに目を細めた。

 外から微かに聞こえる秋の虫の声と、暖炉の薪が爆ぜる音。先ほどまでの喧騒が嘘のように、静かで、甘く、濃密な時間が流れ始めた。


「……なんだか、不思議だね」


 グラスの赤い液体を見つめながら、ルナがぽつりと呟いた。その声には、どこか夢見るような響きがあった。


「少し前までの迷宮都市でのやるせなさを考えると、こんな日々か夢みたいだよ」

「ええ。周りの冒険者や騎士たちからはずっと『役立たず』って見下されて、泥を投げつけられて……。でも、アッシュ君が私たちの力を信じて、導いてくれたから……今、こうして笑っていられるんですね」


 アイリスが、潤んだ瞳で僕を見つめてくる。暖炉の火に照らされた彼女の横顔は、見惚れてしまうほど美しかった。

 僕はゆっくりと首を横に振った。


「僕一人の力じゃないさ。ルナの神眼がいつも最適解を見つけてくれて、アイリスの重盾が僕の無茶な戦術を最前線で支えてくれたからだ。三人の力が完璧に噛み合ったから、僕たちは底辺からここまで這い上がってこられたんだ」


 僕はグラスに残った果実酒を飲み干し、ふと、これからのことを口にした。


「今はまだ、ギルドから割り当てられたAランク特区の借り物だけど……これからもっと依頼をこなして、いつか三人で、本当の自分たちの家を買うのもいいな」

「自分たちの、家……!」

「この家も十分素敵だけど、自分たちのお金で好きに内装を注文するんだ。そしたら本当の意味で僕たちの帰る場所ができる」


 僕が思い描いた未来の青写真に、二人の目がパッと輝いた。


「わぁっ! 私、犬飼いたい! 大きくてモフモフのやつがいい! 一緒に原っぱを走り回るの!」

「ふふっ、素敵ですね。大きくて使いやすいキッチンがあればどこでもいいです。最近料理をしてて気づいたんですけど、私ご飯を作って美味しいって言われるのが好きみたいで…」


 他愛のない、だけど確かな温もりを持った未来の話。


 そんな話をしているうちに、どうやら果実酒の甘さと口当たりの良さに油断してペースが上がっていたらしい二人の様子が、少しおかしくなってきた。


「……えへへ。アッシュ〜……」


 ぽわん、と頬を赤く染めたルナが、とろんとした目で僕の左腕にすり寄ってきた。

 彼女の柔らかな体温と、若草色の髪から香る果実のような甘い匂いが鼻腔をくすぐる。普段の元気いっぱいで跳ね回る姿からは想像もつかないほど、隙だらけの表情だ。


「ル、ルナ……? ちょっと酔ってるんじゃないか? 水飲むか?」

「酔ってないもーん……。アッシュの隣、あったかい……。ずっと、こうしていたいなぁ……」


 ルナは僕の肩にコテンと頭を乗せ、僕の左腕に自分の細い腕を絡ませて、幸せそうに目を閉じた。

 その無防備すぎる甘え方に、僕の心臓がドギマギと跳ねる。


「あ、ずるいですルナちゃん……! わたしだって……アッシュ君に、甘えたいのに……」


 すると今度は、右側からアイリスが身を乗り出してきた。

 普段は清楚で誰よりも礼儀正しい彼女も、すっかり顔を真っ赤にして、潤んだ瞳で上目遣いに僕を見上げている。そして、右腕にそっと両手で抱きついてきた。


「アイリスまで……!」

「アッシュ君といると安心するんです。あの時声をかけてくれたのがどれだけ嬉しかったか…。……これから先も三人で……」


 左腕には、柔らかな体温で寄り添うルナ。

 右腕には、もう既に寝息を立て始めているアイリス。

 完全に『両手に花』の状態で身動きが取れなくなった僕は、二人の寝息を間近で聞きながら、天井を見上げて小さく息を吐いた。

(……このパーティー、顔面偏差値の物理法則が狂ってるって言ってたけど、シドの言葉は絶対に間違ってないな)

 ソファでいびきをかいて爆睡している変態技術者の悪友と、僕の両腕で幸せそうに微笑む二人。

 迷宮都市で荷物持ちをしていた時代には、絶対に手に入らなかったもの。

 理不尽に虐げられ、見下され続けてきた僕たちが、戦術と絆で王都の常識を覆し、ようやく手に入れた『絶対に失いたくない温かい居場所』が、ここにあった。

(守る。絶対に……僕が、この手で)

 僕は静かに、決意を固めた。

 そのためなら、どんな理不尽な魔獣が相手だろうと、王都の常識が相手だろうと、何度だって戦術を組み上げ、100%の火力を叩き込んでみせる。

 この温かい日常を奪おうとする奴は、誰であろうと、僕が物理で粉砕する。


 秋の夜長。

 暖炉の火が優しく揺れる中、僕たちはこの幸福な日常が、いつまでも続くのだと信じて疑わなかった。

 ――すぐそこまで、この温かい食卓を無惨に引き裂き、世界を塗り替えるほどの『未曾有の大厄災』の足音が迫っていることなど、知る由もなく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ