言い淀む
「夫婦の為?」
困惑を顔に浮かべるセラム・シンコクに、ミリは微笑みを浮かべながら肯いた。
「ええ」
「それは、コードナ様と夫になる人の」
「違います」
セラムの勘違いの言葉をミリは口を挟んで遮る。
「一般的な夫婦の事を指しています」
「え~と?夫婦が仲良くなる為、などでしょうか?」
「それも含みますけれど」
「この町が、ですか?」
周囲を見回すセラムに、ミリは小さく肯いた。
「ええ。町そのものではなく、この町で提供するものが、ですけれど」
ミリの言葉にセルムは顔を前に向け直してミリを見る。
「何を提供なさるのですか?」
「・・・その・・・」
真剣な表情を向けてくるセラムに見詰められて、ミリは言い淀んでしまった。そして視線を外すミリの様子にセラムは小首を傾げる。
「もしかして秘密なのですか?」
「あ、いいえ、違います」
視線を戻してそう言って、ミリはまたセラムから視線を外した。
「・・・違うのですが、その」
「私には教えられないと?」
「あ、いえ」
「コーカデス卿はご存知なのですか?」
「・・・はい」
小さく肯いてそのまま俯いた様なミリに、その表情を読み取ろうとしてセラムは少し前屈みになる。
「コーカデス卿は領主として、許可なさっているのですね?」
「許可といいますか、はい」
「つまり、違法ではないと?」
ミリはパッと顔を上げてセラムと視線を合わせた。
「違います!」
「違法だと?!」
セラムは目を見開いたが、ミリも見開く。
「違います違います!」
だがまた直ぐにミリは視線を下げる。
「違法ではありません。ありませんが、その・・・」
目的の為に夫婦が取る手段の事を思うとミリは、言い淀んだ自分の事も恥ずかしく思った。顔に熱を感じてしまう。そして意識すれば意識するほど、口にする事に抵抗を覚えた。
セラムもいきなりのミリの変化に、だんだんと不安を覚えてくる。
「あの、申し訳ありません」
「え?」
ミリが姿勢はそのままで顔だけを僅かに上げてセラムを見ると、セラムは気の毒そうな顔をしていた。
「私は無理に訊き出したい訳ではありません。コードナ様にも都合があるのですよね?」
「え?」
「違法ではなく、コーカデス卿も納得している。でも私には話せない様な事って何なのか、私には全く分かりませんが、良いです。構いません」
「え?あの」
「大丈夫ですよ?もう訊いたりはしませんから」
「あ、いえ、違うのです」
ミリが片手の手のひらをセラムに向けると、セラムは両手の手のひらをミリに向ける。
「いえいえ、大丈夫です」
「いえ、違うのです」
「違うと仰いますけれど、コードナ様?コードナ様が口にするには恥ずかしい事なのですよね?」
「え?」
セラムにはミリが恥ずかしがっている様にしか見えなかった。そして恥ずかしがっている事を指摘されてミリの顔は更に熱くなるが、それを見てセラムは優しく微笑んで小さく肯く。
「大丈夫です。分かっています。私は理解していますから」
「え?」
何をどう理解されているのか分からずミリは慌てた。しかしその様子を見て、セラムは確信をする。
「コードナ様が恥ずかしがる事を無理に暴いたりは致しません」
「いえ、あの」
「大丈夫です。コードナ様が恥ずかしがっていた事も誰にも言いませんから、安心して下さい」
これはミリには安心は出来ないし、大丈夫でも全くない。
「いえ。夫婦の事ではありますけれど、この町で提供するのは、決して疚しかったり秘すべき事だったりはしません」
「それって、法に触れないだけはなく、公序良俗にも反しないと?」
「もちろんです」
ミリは強く肯いた。やはり、言っておかないと大丈夫ではなかった。
「様々な国の料理や習慣を提供するので、この国の人々の中には眉を顰める人もいるものもありますけれど、公序にも良俗にも反するものではありません」
「眉を顰めるのですか?公序良俗に反しないのに?」
「ええ。例えば魚食です」
「ぎょしょく?」
「シンコク殿は魚を食べると言ったら、ほら。眉を顰めましたよね?」
眉根を寄せるセラムの顔を見て、ミリはふっと笑みを零す。それは会話の流れが変な方向から戻って来た事もあるが、自分の気持ちが落ち着いて来た事への安堵も含んでいた。
一方でセラムは更に眉根を寄せて目を細める。
「それはそうですよ。魚を食べるなんて」
「ですけれど世界には、魚を食べる国は多いのですよ?」
「それは文化の低い国ですよね?家畜を育てる事も知らない様な」
顔を蹙めてそう言うセラムに、ミリも眉根を僅かに寄せた。
「魚を捕り方も魚の食べ方も、立派な成り立ちを持った文化です」
「でも古い文化ですよね?」
「確かにこの国では過去のものになってはいますけれど」
「それはそうですよ。人間が手を掛けて心を込めて面倒をみれば、それに応えて丈夫に美味しく育ってくれる家畜に比べたら、獲れたり獲れなかったりする魚を当てにして暮らすなんて、文化程度が低すぎます」
ミリの眉根がはっきりと寄る。
「シンコク殿」
「はい、コードナ様」
「文化には高いも低いもありません」
「え?何を仰いますか。ありますよ」
「いいえ。ありません」
「コードナ様の言葉とも思えない。文化レベルの低い地域に高い文化が入って来れば、低い文化は駆逐される。それは歴史を勉強すれば分かります」
「いいえ。文化が失われるのは侵略に拠ってです。そして侵略を可能にするのは軍事力や経済力の差。その差を産むのは文明の差。文明間には新旧も高低も付けられますけれど、文化には上下はありません」
そう言うミリに強い視線を向けられて、セラムはごくりと喉を鳴らす。
頭に浮かんだ返しはミリに向かっては言えないものだった。しかし他の何かを返そうとしても、考えがそれに囚われてしまい、同じ言葉が繰り返し浮かぶ。
セラムは言葉を選ぶ事が出来ず、もう一度喉を鳴らした。




