労いと疲れ
レントの叔母リリ・コーカデスはコーカデス邸に着くと、本邸ではなく自分が暮らす離れに向かった。
本邸には報せを出して、リリは旅の汚れを落とし、着替えてから本邸に向かう。
本邸の居室では、レントの祖母セリ・コーカデスがリリを迎えた。
「お帰りなさい、リリ」
「ただいま戻りました、お母様」
「長旅、ご苦労様でした。疲れたでしょう?」
リリに向けたセリの語調がいつもより優しい気がして、リリの微笑みが僅かに引き攣る。
社交から遠離っていたリリは、今回の王都への往復で、領地に引き籠もっていた間に行っていたのよりも遥かに多く、人の言葉の裏の気持ちを読む事に気を使っていた。それなので目の前のセリの様子にも違和感を抱き、何かあるのではないかと警戒する。
「はい」
セリの労いの言葉に対して、もう少し何かを言うべきなのではあるけれど、余計な事を言わない様にしようと思うのと、疲労を感じるのは事実である事もあって、結局リリはそれだけ返して小さく肯いた。肯きながらもリリは、様子を窺う為にセリからは目を放さない。
「あの、当主様とお父様は?」
レントとレントの祖父リート・コーカデスの二人の様子も確かめる事で、状況を確認する為の情報をリリは集めようとした。
目の前のセリの様子からでは、途中で擦れ違った目を赤く染めていたミリの様子とは、リリの中では結び付かない。
「お父様は執務室にいるわ。リリが帰って来た事を伝えてあるから、一区切り付けたら来るでしょう」
「そう、ですか」
執務室と言う事は、リートは領政に纏わる何かをしている筈だ。
リリはレントに領主代理を頼まれていて、リートはリリのフォローをレントから頼まれていた筈だ。
それなのに、領主代理のリリが帰って来てもリリを呼ぶ事もなく、リリの知らない何かをリートは執務室で行い続けている。
そして領主であるレントも執務室にはいないらしい。
「それで、当主様はどちらに?」
「レントは石切り場の視察に行っているわ」
「え?・・・石切り場ですか?」
「ええ」
「石切り場だなんて、いったい何をしに行っているのですか?」
「何をって、だから視察ですよ」
領地内の山の方に石切り場がある事はリリも知ってはいる。そして石切り場の話題など、もう何年も聞いた事がない事を思い出していた。
「色々とあったのよ」
「そうですか」
セリの言葉にリリは納得は出来ないけれど、取り敢えずそう返す。
「もう直ぐお父様がいらっしゃるでしょうから、こちらの話はそれから纏めてするから」
「そうですか。分かりました」
セリからではなくリートから説明があるのなら、領政に関わる話だろうと考えて、リリは肯いた。ミリがコーカデス領の開発に携わる事になったのだから、色々と言うのももちろんそれに絡んでなのだろう。
「あなたの方はどうだったの?」
「王都でも色々とありましたけれど」
しかしそれらはレントから、既に報告がされている筈だ。
「それもお父様も一緒に聞いた方が良いのかしら?」
「え?当主様からの報告はありませんでしたか?」
もしかしたらレントは帰って来て直ぐに、石切り場に行ってしまったのかとリリは考えた。そう言えばミリと行き合ったタイミングも、ミリがコーカデス邸から折り返して来たにしては早かった。
「レントからももちろんあったけれど、リリから見たレント自身に付いての報告とかはないの?」
レントに付いて、言いたい事はたくさんリリにはあった。けれど報告となると、どこから話せば良いのかなんて、リリの中では纏まってはいない。
リリの戸惑う様子に、セリは小さく息を吐いた。
「それも、お父様が来てからの方が良いわね」
「あの、はい」
セリとの遣り取りがどうにもいつもと勝手が違って、リリはかなり困惑していた。
その後はセリからの質問で王都への往復の道中の話になったけれど、特にはこれと言って、リリからセリに伝えなければならない事はない。
リリが泊まった宿屋の話などで時間を潰していたら、居室にリートが入室して来た。
「お帰り、リリ」
声を掛けられてリリは立ち上がる。
「王都より戻りました、お父様」
「長旅、ご苦労様。疲れただろう?」
「あの、はい」
やはりリートにも違和感を抱いて、リリは少し戸惑った。
「報告は?どこまで話した?」
「まだよ」
リートの言葉にセリが首を小さくゆっくり左右に振る。
「リートが来るまで、リリに訊くのを待っていたの」
「そうか。セリからリリへの報告は?」
「それもまだ。まだリリとは雑談しかしていないわ」
「そうか。待たせて悪かった。区切りの良いところまでやってしまっていたのだ」
「ええ。それで?どこからどう話す?」
「順番に行こうか?時間順に、リリの報告から聞こう」
「そうよね」
「あの、お父様?お母様?当主様は同席しなくてよろしいのですか?」
「レントからはレント自身の事は訊いたのよ」
「リリからはリリから見たレントの事を中心に訊きたいのだ」
「さっき私が言った様にね」
「そう、ですか。しかし、話すとしても、何から話せば良いのか」
「明日にするか?」
「え?今訊かないの?」
「リリも帰ったばかりで疲れているだろう?」
「あ、そうよね。レントとかミリ様とは違うものね」
セリがミリの名に敬称を付けた事にリリは驚いた。
「あの、わたくしからの報告は、纏まったものはないのですけれど、お二人からは何かありますか?」
あるだろうと思いながらも、リリは尋ねる形を取る。
「もちろんあるけれど、その為にはリリにも色々と訊きたい事があるのだ」
「だから明日にしましょうか」
「あの、わたくしに訊きたい事とはどの様な事なのでしょうか?」
リリの問いに、リートとセリは一旦お互いの顔を見合わした。そしてリリに顔を向け直すと、セリが口を開く。
「どうしてレントとミリ様の交際練習に賛成したのか、とか」
「え?」
リリに取っては、プロポーズに賛成したのなら、交際練習に賛成しない方がおかしい様に思えていた。
そのリリの驚いた様子に、リートが言葉を掛ける。
「いや、責めている訳ではないのだ」
「え?」
責められる事に結び付かないリリは、また驚いた。
「そうよ。今はお父様も私も、レントとミリ様の交際練習に賛成しているのだから」
お互いの思惑にかなりの擦れ違いがありそうな事だけは、リリに分かった。そしてその擦れ違いを解く事には、色々と説明や会話が必要な事をリリは感じる。
リリはそれを早めに解消すべきだと即座に思ったのだけれど、それと同時に旅の疲れが一気に出た様にも感じていた。




