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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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呼び捨て勝負

 ミリが王都に向けて出発しようとすると、レントがミリを引き()めた。


「あの、ミリ様?」

「何でしょうか?コーカデス卿?」

「少しだけ、二人で話せないでしょうか?」

「何に付いてですか?リート殿とセリ殿には聞かせられない様な話でしょうか?」


 そのミリの発言に、レントの祖父母、リート・コーカデスとセリ・コーカデスは耳をそばだてる。


「いえ。そう言う訳ではないのですが」


 いつにないレントの歯切れの悪い様子に、ミリは小首を傾げた。


「いったいどの様な件に付いての話なのでしょうか?」

「その、呼び名に付いて、なのですけれど」

「呼び名?」

「はい。あの、本日はミリ様は、わたくしの事をずっとコーカデス卿と呼んでいらっしゃいますよね?」


 ミリは少し息を吐きながら、「ああ」と溜め息の様に声を漏らす。


「その事ですか」

「ええ。それは何故なのですか?」

「何故も何も、コーカデス卿はコーカデス卿ではありませんか」

「いえ、そうですけれど、昨日まではレント殿と呼んで下さっていたではありませんか?」

「コーカデス卿は国王陛下から爵位を賜り、コーカデス領の領主となったのです。ファーストネーム呼びでは礼を失するかと思い直して、呼び方を改めさせて頂きました」

「ですがミリ様は、わたくしをコーカデス卿と呼ぶのは、公の場と仰っていましたよね?」

「確かに公の場ではそう呼ぶと言いましたけれど」

「ここにはわたくしの家族しかおりませんので」

「リート殿とセリ殿の前でしたら、わたくしに取っては広義には公の場ではありませんか?」

「ミリ様はわたくしには、バル様とラーラ様の前で、呼び捨てにする事を命じましたよね?」


 呼び捨てと言う言葉に、リートとセリは驚いた。


「いえ、あれは、命じた訳ではありません」

「ですが、あの状況と今は同じではありませんか?」

「・・・そうですね」

「ええ」

「確かにそうですので、わたくしの事は呼び捨てで結構ですよ?」


 呼び捨てられるなら呼んでみろ、とミリは思った。

 コーカデス卿呼びをしたのも、昨日のレントの話にミリが腹を立てていたのもある。名前を呼ばないのは距離を開けた事をレントに分からせる為の、意地悪な気持ちもミリにはあった。

 そこに今日もレントには、ムッとさせられたりイラッとさせられたりミリはしていた。それなので今の遣り取りも、意地悪な気持ちが結構含まれている。


 しかしレントは、ミリが名前を呼び捨てされたがっていると思っていた。そして前回呼び捨てにされた時に頬を上気させていたミリの事は、喜んでいたのだとレントは認識している。

 ただし昨日今日と、ミリとは言い合いをする場面があった。その中でミリからは、レントがミリを本当は憎悪している等とも言われていた。それなので今、ミリがレントに呼び捨てにされたがる心理が、レントにはまったく推測出来なかった。

 もしかしたらミリ様は、わたくしと仲直りをする為の切っ掛けに、呼び捨て合う事を利用しようとしているのでしょうか?

 友人とのケンカなどした事のないレントは、呼び捨てを勧めてくるミリの意図をそう受け取った。

 レントは祖父母の前でミリを呼び捨てにするのは気が引けていたのだけれど、ミリが求めるのならばと覚悟を決める。


「ミリ」


 それを聞いたリートとセリは顔色を失くした。ミリが促してレントが応えたのだから、二人の間では了解があった事は覗える。しかし何故呼び捨てになどするのか、背景がまったく分からない。ミリが平民になった時の練習だとでも言うのだろうか?

 リートもセリも心持ち重心を後ろに下げて、ミリとレントから少しだけ距離を取ろうとする。


 ミリの頬は朱に染まっていた。

 レントに呼び捨てで良いと言ったミリは、レントはミリを呼び捨てには出来ないと思っていた。今日はレントをコーカデス卿呼びする事で、ミリはレントとの心の距離を開けた積もりだったからだ。

 それなのに呼び捨てられてしまったので、ミリはレントの思惑がまったく分からなかった。自分で仕掛けたにも関わらず。


「わたくしの事も呼び捨てにして頂けますか?」


 戸惑っているミリに、レントが追い打ちを掛ける。

 ミリは何度か口を開いたり閉じたりした後に、やっと細い声で「いえ」と返した。そして思いの(ほか)高い、上擦り掛けた声で否定する。


「リート殿は元侯爵ですし、セリ殿は元侯爵夫人ですから、そのお二人の前でお二人の孫のコーカデス卿を呼び捨てになど出来ません」


 かなりの早口にそう言うと、ミリは三人に、これも早口で辞去する事を告げた。


「もう王都に向けて出発しなければなりませんので、わたくしはこれで失礼致します。見送りは結構ですのでここで結構です。リート殿、セリ殿、直ぐにまた参りますのでその時にはまたよろしくお願いします」

「あ、ええ、はい、よろしくお願いします」

「あの、こちらこそよろしくお願い致します、ミリ様」

「はい。コーカデス卿とは王都で会いましょう」

「あ、ええ、あの、はい」

「それではこれにて失礼します」


 そう言うとミリは頭を下げる。釣られて三人も頭を下げたけれど、三人が頭を上げるより前に、ミリは執務室を後にしていた。


 昨日もミリは見送り不要と言ったが、リートとセリは見送っていた。今日も見送ろうと今日はレントも一緒に三人で玄関に出ると、既にミリはコーカデス邸の敷地から出ていた。



 ミリは負けず嫌いだ。

 出された課題をきっちりと熟そうとする事でも、投資で損失を出す事が赦せない事でも、自分の中の負けん気をミリは感じていた。

 自分が敵わないと認める相手もいるけれど、そう言う人には敬意を感じるし、目標にもしている。

 レントに対しても、敬意は抱けてはいないけれど、自分にはない発想を持っていたりする事には、ミリは一目を置いていた。

 しかし今は、偏に悔しかった。


 レントはミリを呼び捨てには出来ないだろうと思っていたのに、呼び捨てにされてしまった事が悔しかった。

 そして自分はレントを呼び捨てにせずに、逃げ出す様にその場を後にしてしまった事が悔しかった。

 頬が熱くなったのも悔しい。頬の熱に驚いて辞去の挨拶が早口になったのも悔しい。その事で頭が熱くなったのも悔しい。それらの悔しさで体が熱くなったのも悔しかった。そして悔しさのあまりに、涙が(あふ)れそうになる事が、本当に悔しい。


 目を細めてしまえば涙が零れてしまいそうなので、ミリは馬上で大きく目を開けて、風で涙を乾かそうとした。

 風を受けて目が痛くなり、却って涙が出そうだったけれど、更に大きく目を開けて馬を走らせた。



 ミリは帰路の途中でレントの叔母リリ・コーカデスと行き会ったので、コーカデス領の開発をする事になった事だけをリリに告げて、その場を去って王都へ急いだ。


 リリは、赤い目をして言葉少なに用件だけを告げて、馬を急がせ去って行くミリの後ろ姿に、いったい何があったのだろうかと、不安をとても膨らませた。

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