57 両親
マイにドアを開けて案内されて、バルは室内に入った。
先程とは違い室内が明るい。窓が開けられ換気もされていて、バルが感じた饐えた臭いも弱まっている。
部屋は使用人夫婦が寝るための物で、食事も風呂も別の場所になる。それなので室内には、ダブルベッドとテーブルに椅子が2脚と鏡台とチェストだけが置いてある。使用人の制服は私服とは別管理なので、部屋に付いているクローゼットも小さめだ。
普段は飾っている花も、枯れていたので今は花瓶ごと片付けられている。
ガロンはベッドの上に座り、その腿の上にラーラが横向きに座ってガロンの胸に半身を預けていた。ラーラの体に掛けられたブランケットはガロンも包んでいる。
そのラーラとガロンの様子に気を取られていたバルは、マイに勧められるまま無意識に椅子に腰を下ろす。マイももう一つの椅子に座った。
「バル。紹介します。キロとミリの父ガロンと母マイです。私のホントの両親です」
ガロンとマイがキロとミリと四人でいる所を見れば、どことなく似ているから親子だと直ぐに分かっただろう。
でもラーラは違う。見た目はやはり、ラーラの父ダンと母ユーレの娘だ。キロとミリとではなく、次兄ワールと三兄ヤールとの方がラーラは似ている。
「そんな事、バル様が本気になさったら大変だ」
「若旦那さんと若奥さんに聞こえたら、また大変じゃない」
ガロンとマイが、力のない声で返す。
「でもお父ちゃん、お母ちゃん」
「その呼び方も人様の前ではダメだってば」
「ああ。ちゃんと俺達を使用人として扱え」
しかしそう注意するマイとガロンの口調は使用人のものではなく、身内である事を思わせるものだった。
「でもね、みんなあたしをバル様と結婚させようとするの」
「え?バル様とかい?」
「うん。だからお父ちゃんとお母ちゃんの所に逃げてきたの」
「あ、うん。そうなんだね」
「もうあたしの味方はお父ちゃんとお母ちゃんしかいなくて」
「でもそれって、ラーラがどうなったか聞いてないが、大丈夫だったって事か?」
「そんなの、ガロンが訊くんじゃないよ」
「いやしかし、バル様と結婚させんならそうだろう?」
「訊かなくたってわかんだろう?皆さんだってラーラが純潔って分かったから、バル様と結婚させようとしてんじゃないか」
「お父ちゃん、お母ちゃん、私の純潔はキロに捧げたの」
「え?」
「キロってウチのキロか?」
「うん」
「二人って、そんな仲だったのか?」
「そんな訳ないじゃないか。何言ってんのさガロン。バル様の前で」
「ううん」
ラーラは首を左右に振った。
「キロと結ばれたのは犯人達の命令だった」
「え?ちょっとラーラ。バル様の前で」
「バル様にはもう話してるから」
「え?そうなの?」
マイの視線にバルは小さく肯いた。
「それなのに、バル様と結婚させられる?なんでだ?」
「え~と説明は出来るけど、難しくても良い?」
「難しい?そりゃまあそうか」
「何も無くても貴族様との結婚は難しいだろうにね」
「それをヨソの男と関係を持った女と結婚させようとするなんて、説明を聞いても平民の俺には分かる気がしねえ」
「あたしも、今は頭が回ってないから、聞いても分からなそう」
「ああ、そうか。バル様には話したけど他の皆さんは知らなくて、それで結婚を勧められてんのか」
「ああ、だからバル様とここに来たのね?その事は皆さんには内緒にして、あたし達に二人の味方をして欲しいって」
「ううん。みんなは知ってるし、バル様は私と結婚してくれるって言ってる」
「え?なんでだ?」
「あの、バル様?もしかして、夫婦がどうやって子供を作るのかとか、まだご存知ではないのでしょうか?」
「いや、ちゃんと理解している」
「バル様は結婚してもあたしとそう言う事しないって」
「そりゃまあ、他の男と関係を持った女となんて、一緒に寝たくないだろうけどな」
「ちょっとガロン。ラーラの気持ちを考えなよ」
「いや、私がラーラさんとの男女関係を求めないのは、ラーラさんが男性を恐れるからで、ラーラさんがイヤだからではない」
「男性を恐れる?」
ガロンの疑問にラーラは肯いた。
「ラーラは男の何が恐いんだ?」
「何もかも。傍に立たれたら恐いし、手のひらを向けられても恐い。触られそうになると体が震える。女性でも大声や大きな音を出されたら体が竦む。掴まれたり抱き付かれたりしたら死にそうになる」
「え?今、ガロンは平気なの?」
「うん。お父ちゃんとお母ちゃんは平気みたい」
「バル様は?」
「ううん、恐い」
「そうか。そりゃあ結婚なんて出来ないよな」
「いや、結婚しても私はラーラさんには触れない」
「触れないって、男女の仲の意味じゃなく、本当に触らないって事ですか?」
「ああ」
「ですが、傍にいるだけで怖がるんなら」
「ううん、バル様はそれ程恐くないの。私からなら触れるし」
「それで夫婦生活を営めるの?」
「それは、無理だけど」
「その事には私は納得しているので、問題ない」
バルの言葉にガロンとメイは首を傾げる。
「もうなんか、全然分かんなくなって来たな」
「つまり、ラーラ以外は結婚に賛成、ラーラだけが嫌がっている。それであたし達にも結婚に反対して欲しいって事ね?」
「ちょっと違うけど・・・」
「どこが?」
「ラーラは俺達に何をして欲しいんだ?」
「何をって・・・」
ラーラはガロンを見て「お父ちゃん」、次にマイを見て「お母ちゃん」と言った。
「あたし、お兄ちゃんとお姉ちゃんを殺したの」
「そんな事、言わないで」
マイが立ち上がって、ラーラに抱き付いた。ガロンは二人を支えきれず、マイが二人を押し倒してその上に覆い被さる。
仰向けになったガロンは、マイの背中に手を回した。
「さっきもそんな事言ってたが、二人を殺したのは犯人達だ」
「違うの」
ラーラはガロンとマイに挟まれた中で、首を大きく左右に振った。
そしてバルにしたのと同じ説明をガロンとマイにも話した。
聞き終えたガロンが額に手をやる。
「ダメだ。なんでラーラが自分を責めんのかわかんねえ」
ガロンは横たわったままバルを見て、「分かりますか?」と尋ねた。バルは小さく首を左右に振り、「あまり」と答える。
「マイ。女じゃないと分かんないのか?」
マイはラーラの髪に顔を埋めたまま、首を左右に振った。
「その返事はどっちなんだよ。だがラーラ。二人は確かに巻き込まれたけど、ラーラが殺したんじゃない。ラーラが純潔だったのが罪な訳あるか」
「だって」
「それなら女は生まれた時はみんな純潔だ。罪を持って生まれて来る事になっちまう。ラーラが悪いんじゃなくて、ラーラの悪い噂を考えたヤツと、広めたヤツと、信じたヤツと、ラーラを攫ったヤツと、キロとミリを盾にしたヤツが悪い。そいつらがキロとミリを殺したんだ」
マイがラーラの髪に顔を埋めたまま、ガロンの言葉に何度も肯いた。




