55 影と安全
「誰と言うか、王族を名乗った犯人を王家に確認せずに殺した事が不敬罪とされ、法に則って刑務官が処刑したのだ。処刑は一親等と配偶者までだったが」
処刑対象が親と子供と夫か妻である事は、平民の王族への不敬罪の罰としては軽い方であった。しかし実際に処刑された話を聞いた事の無かったラーラを含め数人は、バルの祖父コードナ侯爵ゴバの説明に驚きと恐怖を感じた。
バルも別の理由で驚いた。
「罪の確定が早過ぎる。刑の執行だって」
「ああ。だがまれにある事だ」
「そうだとしても」
「それに続きがある。判決を下した裁判官と刑の執行を指示した刑務長が死んだ。急病と事故だ」
「え?それって?」
「誰かが裏で糸を引いているなら、早急にラーラを守る必要がありますね」
バルの祖母デドラが、そう言って少し目を細める。
「そうだな。コーハナル侯爵家がラーラを養女にしてくれるなら、我が家だけより守りが堅くなる」
パノの祖父コーハナル侯爵ルーゾが、肯きながらも問題を提示する。
「だがゴバ。養女にするのはともかく、婚姻は時間が掛かるだろう?」
「そうだなルーゾ。邪魔をされれば婚姻の許可が下りないかも知れん」
ラーラの母ユーレが「待って下さい」と手を挙げた。
「養女になるのは時間が掛からないのですか?平民が貴族の養女になるなら、それこそ審査があるのでは?」
「いいや。問題がある様な人間を養子にしても、困るのはその家だけだ。平民を養子にしても貴族間のパワーバランスに影響しないとされている。
一方で貴族子女を養子にするのや婚姻させるのは、まともにパワーバランスに影響するので国の許可が必要だ。そちらは余計な口出しをされ易いし、審査を遅らせるなど明確に邪魔をされる事もある。
例えばパノ殿を我が家の跡を継ぐ予定のラゴと結婚させようとすれば、かなりの下準備や根回しが必要だ。ラゴを補佐する為に我が家に残るガスとパノ殿を結婚させるのだって面倒にはなる」
「バルは三男ですけれど、ラーラさんをコーハナル侯爵家の養女にするのは簡単でも、そこからバルと結婚させるのには時間が掛かりますね」
「コーハナル侯爵家ではなく我が家の養女にするなら、ラーラとバルとの結婚はそれ程邪魔はされないだろう。しかしコーハナル侯爵家にも絡んで貰った方がラーラが安全になる」
「バルの為にもその方が良いですね」
「それで?ゴバはどうする積もりなんだ?」
「それをソウサ家の皆さんもいるこの場で相談したい。私の案は、まずバルをコードナ家から離籍させる」
「え?それはダメです!」
「落ち着くんだ、ラーラ。まずは聞いてくれ。そしてラーラと平民になったバルを結婚させる」
「確かにそれなら邪魔が入らないな」
「それに時間も掛からない。その後ラーラはコーハナル家の養女にして貰い、バルは我が家の養子にする」
「え?私もバルも結婚してからですか?」
「そうですね。それなら時間を掛けずにラーラを守る事が出来ますね」
デドラの言葉に、パノの祖母ピナが肯いた。
「良いですわね。ねえあなた?」
「ああ。それこそ今日にでも出来るな」
「そうだ。二人の結婚と養子縁組は、出来たら今日にも完了したい」
「敵の正体が掴めないから、少しでも早く安全を確保するのだな」
「ああ。裁判官と刑務長を始末する事が出来る敵なら、かなりの力をもっているだろうからな」
「そうですね。あなたがラーラ救出の先頭に立っていたので、敵も焦ったのでしょう」
ゴバは厳しい表情で、「そうだな」とデドラに返す。
ゴバはソウサ家の面々に顔を向けた。
「ラーラ誘拐の本来の標的は、我がコードナ家の可能性も高い。そうなるとソウサ家の守りだけでは、更にラーラを傷付けられる可能性がある。具体的には皆さんが狙われる恐れがあると言う事だ。脅しているのではない。本当にあり得るのだ」
「そうですね。ラーラの命を狙ったりはせずに、ラーラを苦しめる事でバルを暴走させる事を狙うでしょう」
「だから是非、ラーラとバルを結婚させて欲しい。バルを守る為だが、皆さんを守る為でもある」
「なぜそこまで我が家の為にして下さるのです?貴族家なら普通はバル様を切り捨てるのではないですか?」
「敵がコードナ家を狙っているのなら、バルを切り捨てても他の人間がターゲットにされるだけだ」
「そうですね。我が家の為です。この様な事を仕掛けられて、黙っている訳にも行きません」
「それに、バルと縁を切ったとしても情は残る。貴族も人間だ。子や孫を思う心は貴族も平民も変わらんと私は思っている」
「そうですね。貴族も平民も心は変わらないからこそ、バルがこれ程ラーラを求めるのでしょう」
「それにいくら縁を切っていても、バルが何かを仕出かしたらコードナ家の体面に傷が付く。それらを避ける為にはラーラを守って、ソウサ家の皆さんも守るのが一番確実だ」
「ラーラがどうしてもバルと結婚したくないと言うなら、偽装結婚でも構いません」
「そうだな。この件の方が付いたら、ラーラの結婚歴を綺麗に消させる事も可能だ」
それに対してラーラの祖父ドランとラーラの祖母フェリが首を左右に振る。
「それには及びません」
「本人が言ってた様に、ラーラが結婚できる訳はありませんからね」
「バル様以外には、だろう?」
ラーラの父ダンが補足した。ユーレが別の視点を述べる。
「バル様の結婚歴を消すのには、ラーラの結婚歴も消さなければなのですね?」
「もういっそ、国外に逃げたいぜ」
ラーラの三兄ヤールがそう言って落とした肩に、ラーラの次兄ワールが手を載せた。
「お得意さんを置いてけないだろう?」
「お得意さんはザール兄さんに任せてさ」
「それなら良いけどな」
「まあ、そんな事、出来ないけど」
「そうだな」
ワールとヤールは苦笑を交わした。
「ゴバさんの案でソウサ家の皆さんがよろしければ、コーハナル家は良いわよね?」
「ああ。養子縁組が今日でも構わない」
「ウチも構いません」
「そうだね。ウチでぐずぐず言うのはラーラだけでしょう。ユーレも良いね?」
「はい。ラーラに危険があって、それから避難させる為なら仕方ありません。偽装結婚でも良いとの事ですし、ラーラの安全の為にも、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
ユーレが頭を下げた事にダンが続くと、ソウサ家の他の皆も続いて頭を下げて頼んだ。
「それでは、細かい話をしようか」
「皆様!」
ラーラが立ち上がる。
「わたくしとバル様は席を外させて頂きます!バル来て!」
そう言うとラーラは横に立っていたバルの手首を掴み、広間から出て行く。バルはラーラを怖がらせない様にと、咄嗟に指を折って手を閉じて握り拳を作っていた。
残された人々は唖然としていたが、二人だけで話し合いをするのだろうと、ラーラとバルの背中を見送った。
パノも退室したかった。極度に疲れている。
しかし祖父母を置いて一人で帰る訳にもいかないし、ラーラとバルの話し合いの場に出くわしても気拙いと思い、我慢した。




