54 利用
「コーハナル侯爵様。本日始めてお目に掛かったわたくしを養女になさるのなど、とても納得出来るものでは御座いません。わたくしはコーハナル侯爵家には何一つ利益を提供出来ないばかりか、わたくしと関わりを持たれればお家の名を穢す事になります」
「ラーラさん。貴族にとって利益となるものは様々あるわ」
パノの祖母コーハナル侯爵夫人ピナがラーラに微笑みを向ける。
「しかしわたくしを養女にする事の不利益も確かにある筈です」
「そうかしら?ラーラさんを養女にしてコードナ侯爵家に嫁がせれば、両家の間に新たな関係が作れるわ」
「それなら他の方がバル様と結婚なせれば、わざわざわたくしを養女にしなくても良いでは御座いませんか」
ラーラはそう言ってパノを見た。パノはホンの一瞬だけイヤそうな表情を浮かべたが、それに微笑みを被せてラーラに向けた。
ラーラの視線の意味には触れず、ピナはラーラに返す。
「ラーラさんを養女にする事で、ソウサ家とも繋がりが出来るわ。ソウサ商会はそれを必要としない様ですけれど、我が家からすれば大商会と繋がりが出来る事はとても大きな意味を持つわよ?」
「ソウサ商会は貴族様との付き合いがほとんど御座いません。わたくしを養女にしても、コーハナル侯爵家の利益となる様な事業を始めたりは出来ません」
「その様な事業はソウサ商会の経営方針に合わないのでしょうね。けれど今まで何処の貴族にも靡かなかった大商会と繋がりがあると言うのは、貴族社会での強みになるのよ」
「しかし・・・」
「でも、今の私の話だと、ラーラさんを利用する為に養女にしようとしているとしか思えないわね。あのねラーラさん。私と夫には早くに亡くした姉妹がいたの」
ラーラはコーハナル侯爵夫妻の縁戚関係を思い浮かべた。
「夫の妹と私の姉は、二人とも今の国王陛下の婚約者候補だったの。でも罠に嵌められて候補を降りたわ。二人とも男性と二人きりで閉じ込められて、純潔を疑われたの」
「私はその時に妹を責めてしまった」
パノの祖父コーハナル侯爵ルーゾが厳しい顔をする。
「泣いている妹に対して泣けば済むと思っているのかと、泣いていないで何とかしたらどうだと、腹を立ててそう言って、妹を突き放してしまった」
「私は姉を励ました積もりだったわ。これくらい平気だから気にすることはない、祖父母や両親が何とかしてくれる、私も弟も姉の味方だから一緒に頑張ろうって。でもね、姉に必要だったのは励ましではなくて、寄り添う事だったのよ。ありがとう大丈夫よと言って微笑んでいたのに、姉は自害したわ」
「私の妹もだ。だが私は妹が亡くなった時も妹の亡骸に向かって、死んで終わりに出来た積もりかと怒鳴ってしまった」
「私も姉に怒ったわ。大丈夫って言っていたのになんでって。嘘つきって詰ったの」
ピナはまぶたを閉じて息を大きく吸い込んで、目を閉じたまま話を続けた。
「自分達の間違いに気付いたのは、夫との間に娘が生まれてから。娘は今の王太子殿下の婚約者候補に挙げられる筈だったから、姉達の二の舞にしたくなかった。それで夫と話し合って、そして自分達の間違いに気付いたの。私の姉も夫の妹も悪くない。被害者なのに二人を亡くしてしまった。そして加害者達は二人の事を忘れて笑っている」
ピナは目を開けて、潤んだ瞳をラーラに向けた。
「ラーラさんと会った事はなかったけれど、あなたが行方不明と知ってとても心配していたの。そして貴族が絡んでいそうだと聞いて憤りを感じたわ。もしかしたら姉達を罠に嵌めた犯人達が関わっているかも知れないと思うと、自分達が許せなかった。あの時しっかりと対処をしておけば、姉達を亡くさずに済んだだけではなくて、あなたも誘拐になんて遭わなかったかも知れないのですもの」
「ですがその当時、コーハナル侯爵様は今のバル様と同じ年齢でいらっしゃいましたし、コーハナル侯爵夫人様は今のわたくしと同じでいらしたのですよね?」
「力がなかったと言う意味か?言っておくが、妹達を閉じ込めた犯人達も、私達と同年代だったんだ」
「そう。家格だって下だったわ。それなのに姉達は間違った選択をした。そして私達が姉達にその選択をさせたの」
ピナの目尻に涙が零れる。
「私達の娘は守れたわ。このパノにだって幼い頃から罠に嵌められない為の教育をして来た。さきほどパノが取り乱したのはその所為ね。でもね、犯人達は笑っているのよ?きっと今も笑っている。何も悪くない姉達やあなたが傷付いているのに、悪い事をしたやつらが幸せそうにしているのなんて許せない」
「妹達とラーラ殿とでは犯人は別かも知れない。それでも私は君を陥れた犯人も憎い」
そう言ってルーゾは拳を強く握った。
「結局、ラーラ殿を利用する話になってしまうな」
「ええ。私達の罪の償いの為に、ラーラさんを利用しようとしているのだものね。だけどラーラさん。そしてソウサ家の皆さん。ラーラさんを必ず守ると約束するから、私達の養女とさせて頂けないかしら?」
「親族を説得する必要があるので、爵位の継承権は放棄して貰うし、遺産として渡せる物も僅かになる。その代わり衣食住も教育もしっかりと用意する。邸内にラーラ殿の部屋ももちろん用意するが、このままソウサ家で暮らして貰っても構わない。ただし貴族社会に入って貰う事になるし、犯人を追い詰める為に公の場にも出て貰う必要がある」
「公の場で自分がされた事を語る必要も出るかも知れない。でもラーラさんのメリットとして、バルさんとどうしても結婚したくないなら、私達から確実に断るわ」
「いやそれは困る」
バルの祖父コードナ侯爵ゴバが口を挟んだ。
「ラーラにバルと一緒に暮らして貰えないなら、コードナ家はその養子縁組に反対させて貰う」
「そうですね。ラーラにはコードナ家の養女になって貰う手もあります。その方が教育もし易いでしょう」
バルの祖母デドラも、ピナに視線を向けながら言った。
「いいえデドラさん。ラーラさんの教育はコーハナル家が請け負います」
「いいえピナ。ラーラはコードナ家に馴染んでいます。今のラーラに貴族と新たに関係を作らせる様な、余計な負担は掛けさせません」
「バルさんと結婚させるなら、いずれ貴族との関係が必要になるでしょう?」
「それでも今すぐではありません」
「いやそれが、結構急ぐ必要がありそうだ」
ゴバの言葉にデドラが首を傾げる。
「ソウサ家の皆さん。一旦、ラーラはコーハナル家の養女になって、それからバルと結婚する前提で話をさせて貰う。ラーラの意思をまだ確認していないが、コーハナル家の考えも聞きたいので、そうさせてくれ」
ゴバは全員を見回し、言葉を続けた。
「誘拐の首謀者と思われる男を殺した警備隊の隊長と、それを命じた上司の二人が処刑された」
「え?誰に?」
バルは思わず立ち上がった。




