12 止まらない笑い
雑木林には小鳥が来ていて、何種類かの鳴き声が二人の耳に届いた。
目の前の草原を風が渡って来て、シートの縁を捲りラーラの髪を揺らし馬のたてがみを踊らせ、後の雑木林で葉擦れの音を立てる。
ラーラとバルの二人はそのまましばらく黙って、視線は草原に向けていた。
使用人達も音を立てない。護衛達は周囲を監視しながら二人の気配を逃さず、メイドや侍従は二人の様子を見詰めていた。
かなりしてからバルが仰向けに横になった。
それをラーラが目で追う。
バルは目を瞑っていた。
「眠ったのかな?」
ラーラの小さな囁きに、バルは「いや」と応えた。
「もしかして、喋ったら負けとかの勝負がいつの間にか始まっていたとか?」
バルが「プッ」と吹いて、手の甲を唇に当てる。
「そうだったら、寝たフリをしたバルの反則負けです」
バルは手の甲を眉間に当てて、「はは」と笑う様に息を吐いた。
バルはそのまま何も言うことなく、口を閉じて静かに呼吸をしている。
草原からの風が丘を登って、バルのシャツの襟を少し捲る。
ラーラはバルから目を逸らし、再び草原に視線を向けた。
ソウサ家のメイドがラーラの傍に寄った。ラーラはメイドからブランケットを受け取って、肩に羽織る。
バルはその様子を手の甲の下から、横目で見ていた。
「寒かったか?」
ラーラとメイドがピクリと反応する。
メイドはそのまま何事もなかったかの様に定位置に戻った。
「少し汗をかいていたので、体を冷やさない様にと。念の為です」
「メイドが枕も持っていなかったか?」
「ええ。持っていましたね」
「ラーラにここで横にならせる気だったのか?」
「そうだと思いますよ」
また少し沈黙が流れる。
「何故ですか?今の質問は?」
「屋外でラーラが横になるとは思わなかったから、意外だっただけだ」
「バルは横になっているじゃないですか」
「それでも男の隣に横になるのは、拙くないか?」
「バルの横に横になるのは拙いですね。そう思ったので、横になっていません」
「俺じゃなければ良い?」
「バルとは、交際練習が中止になったら困るので」
「俺は特別って事ね」
「もちろんバルは私にとって特別ですよ?得難い友人です。交際練習での繋がりでしかない友情ですけれど」
「なんだよそれ」
「本当はお互いに結婚してからも奥様や夫に許しを貰って、友人として付き合いたいと思っていますけどね」
「ホントに?」
バルは肘を付いて半身を起こした。
バルの顔を見返して、ラーラは「はい」と応える。
「4人でこうやってピクニックとか、楽しそうじゃないですか?」
しばらくラーラを見詰めてからバルは「そうか」と返し、再び仰向けになって手の甲をまた眉間に当てた。
「ラーラは最近、色々言われているんだろう?」
「バルとの交際に付いてですね?」
「ゴメンな」
ラーラは小さく「くっ」と口の中だけで言って、体に力を入れた。肩が小刻みに揺れる。
「ラーラ?」
そのバルの心配そうな声に、ラーラは「くっくっくっ」と口の中で小さく響かせると、片手を付いてバルを振り返った。
「くっくっ、ごめんなさい。くっくっくっ、笑うつもりは、くっくっ、なかったんです。ただ、くっくっくっ、嬉しくて、あはは」
最後は手で口を押さえるのが間に合わず、少女が男性に見せるには恥ずかしい笑いになった。
「なんだよ。笑っていたのか」
バルは起こしかけていた体を寝かせ、大の字になると「はあ」と大きな溜め息を吐く。
丘の上で、ラーラの口を押さえた笑い声がしばらく聞こえた。
「笑ってごめんなさい」
「楽しそうで良かったな」
「ああ、怒らないで。嬉しかったんです」
「俺が謝ったから?勝ったと思って?」
「バルに心配されて。他人から色々言われるのは想定内だから大丈夫です。バルが人気者なのを知って覚悟はしていましたし、身分も違いますからね」
「人気者ってなんだよ。覚悟って、文句や嫌味を言われる事についてか?」
「ええ。でも自分で思っているよりダメージがあったのかも。バルが心配してくれたと思ったら、嬉しくなっちゃって、ふふ、喜びが笑いとして溢れちゃいました。ふふふっ」
ラーラはまた笑い出した。
「喜んでくれたなら良かったよ」
「はい、ふふっ」
「でも、心配するのは当たり前だろう?」
「ふふっ、友達、ふふっ」
「そう、友達だからな」
「ふっふっふっふっ」
ラーラの笑いには波があり、収まりそうになるとまた盛り返していた。
「はは、そんなに笑うと、今度は笑い過ぎが心配になるぞ?」
「ふふっ、笑い、ふっふっふっふっ」
「はは、ホント、大丈夫か?ふふっ」
「ふっふっふっふっ」
「ふふっ、いい加減、ふっ、息、出来ないんじゃないか?ふふっ」
「ふっふっふっふっ」
「いや、ふっふっ、笑いながら、ふっふっふっふっ、うな、肯くなって、ふはっ」
「ふっふっふっふっ」
「ふははっ」
「ふっふっふっふっ」
「ふっはっはっはっ」
すっかりバルにもラーラの笑いがうつっていた。
笑い疲れて二人して荒い息をすると、またどちらかがふっと笑って、笑いの連鎖が起こる。
そんな事を何度も繰り返して、二人ともすっかり面白くはないのに、笑いだけは収まらなかった。
先に笑えなくなったのは、ラーラだった。体力が尽きたのだ。
「はあはあ、疲れた」
「ふっ、そんな事言うな。また笑いに繋がる」
「いえ、私はもう大丈夫」
「そんな事言って、ふふっ」
「もう聖職者の様に、澄んだ気持ちで、ふっ」
「ふっ、気持ちで?ふふっ」
「穏やかな、心です~う~ふふふっ」
「ふはっ、ダメじゃん、ふぁっはははっ」
駄目だった。




