13 親近感
バルとラーラの笑いが収まるまでには、かなりの時間を要した。
バルは仰向けのまま目を閉じている。ラーラは膝を引き寄せて、そこに顔を付けて座っていた。
「笑いが止まらないまま、日が暮れるかと思ったな」
「またそんな事を言って、私を笑わそうと思っても無駄です。今日の分はもう品切れなんで」
「ラーラこそ、俺を笑わそうとしているだろう?それこそ無駄だ」
「じゃあ、どちらが笑わないでいられるか、勝負します?」
「だから笑いを誘いそうな事を言うなよ。ラーラの勝ちで良いから」
ラーラは顔だけバルに向けた。
「どうしました?」
「何が?」
「その、勝ちを譲られるなんて、何かバルの気に障ったのかと思って」
「いや違うよ。俺の事、誤解していないか?この後もし笑いたくなった時に、我慢するのがイヤなだけだ」
「そうですか。確かにそうですね。笑うのを我慢するのは違うかな。交際練習的には必要ありそうだけど」
「必要?」
「さっきみたいな大笑い、婚約者に見せたら振られます」
「そんな事ないだろう?親近感を持って貰えるさ」
「そんな事ないでしょう?呆れられますよ」
「う~ん確かに、一人で笑っていたらそうかもな。怖いと思って引かれるかも」
「ああなるほど、一緒に笑えば良いのか。そうですね。笑いを相手に感染させる練習なら、交際に役立つかな?」
「なにその発想」
バルは口だけで「はは」と笑った。
「だって相手に親近感を持って貰うのって、必要ですよ?」
「え?まだその話、続ける?」
バルは目を開けて体を横向きにした。ラーラと目が合う。
「結婚するのに、疎遠な関係のままでも良いんですか?相手と心を通わせる為の手段は、一つでも多い方が良いと思うけど」
「冗談じゃなく本気で感染を考えていたのか?でも、親近感か」
「バルはコーカデス様と仲が良いから、ピンと来ないんでしょうね。そうよね。練習は他でしようかな?」
「そんな事言うなよ。他の男と練習するのか?」
「考えてみたらバルとはかなり仲が良いので、親近感を持たせる練習の相手には不適切ですし」
「俺と仲が良い?」
「え?あ、調子に乗りました。ごめんなさい」
「違う違う。仲良いよな?」
「いえ、どうでしょう?」
「悪かったって。そう言う積もりで言ったんじゃないから、仕返しみたいな事言うなよ。そうじゃなくて、俺も俺とラーラは仲が良いと思ってさ」
「本当に?」
「意地悪言うなって。仲が良いかどうかってさ、お互いに感じるのかな、と思ったんだ。どう思う?」
「それって、片方が仲が良いと思っていたら、相手もそう思っているって事ですか?」
「ああ。相手と同じくらい」
「う~ん、どうかしら?」
「友人とかもそんな感じじゃないか?」
「こちらが友情を感じているのと同じくらい、相手も感じているって事?」
「ああ」
「そうなのですね」
「え?他人事?仕返しが続いているのか?」
「違いますよ。私は仲が良い人はいますけれど、友達って言える人がいなくて、バルの話に答えられなかっただけです」
「友達、いないのか?」
「あ、バルがいました。バルは私の友人ですよね?」
「ああ、もちろん」
「そう応えてくれると信じていました。この流れで友達じゃないなんて言えないですものね?」
「だから意地悪言うなって」
「ふふ、ごめんなさい。でも友達と言える人、他にいないのは本当です。港町や国内のあちこちに仲の良い子はいます。今でも会えばまた仲良くしてくれるとは思います。でも普段はお互いに連絡を取ったりしていません。次に会う約束もした事なかったな」
「国中商売に付いて行ったって言ってたけど、頻繁に移動していたのか?」
「ええ。商談が済んだら次の目的地に向かいますから、同じ場所に五日も留まれば長い方ですね。でも毎年訪ねたりしていましたから、現地の子と仲が良くなったりは出来ます」
「もしかして去年も今頃は、どこかに行っていたのか?」
「例年この季節は東側を巡っています」
「そうか」
「ええ」
バルはまた仰向けになった。今度は空を見上げている。
ラーラは顔を前に向けて、背中を丸めたまま膝の上に顎を載せた。
「俺の友人は、なんかみんな、ラーラとは違うんだよな」
「それって、ご友人達は男性ですか?」
「ああ」
「私は友人とは言っても、バルと肩を組んだり殴り合ったり出来ないですからね」
「殴り合ったりなんてしないぞ?」
「そうなんです?男性は殴り合って友達になるんだと思っていました」
「そんなヤツいるかよ」
「平民だけなのかな?」
「え?いるのか?」
「ええ。兄さん達は友達と殴り合っていた筈です。見た事もありますし」
「え?ラーラの兄さん達は、全国に付いて行かなかったのか?」
「行きましたよ?兄妹別々ですけれど。どうしてです?」
「それならなんで、友達がいるんだ?」
「それもそうですね。つまり私に友達がいないのは、殴り合わなかったから?」
「そんな訳あるか」
「ふふ、ありませんね。私が兄さん達の真似ばかりして、女の子らしい遊びはそれほどしなかったからかな?」
「ああ、それならまだ納得出来る」
「木登りは平民少女もやっていなかったかも。例外はいますけど」
「例外?」
「はい。私に付いてくれているメイドですね」
「お話し中に失礼致します、お嬢様」
後からメイドが声を掛けた。今日は乗馬パンツにエプロンドレスを着けている。ヘッドドレスもだ。
「お茶のお代わりはいかがで御座いますか?」
「今はいらないわ。このメイドのミリがですね」
「お嬢様、膝掛けをお使い下さい」
「ブランケットで充分よ。このミリは」
「お嬢様、風で髪が乱れていらっしゃいます。あちらで身だしなみを整えましょう」
「バル。私の髪は見苦しいでしょうか?」
「いや、そのままで大丈夫だよ」
「ありがとうございます。とまあこんな感じなので、ミリには色々教わりました。大丈夫よミリ。バル様には詳細を話さないから」
「そうですか。畏まりました」
そう言うと一礼して、メイドは定位置に戻った。




