後日談:魔物たちの未来のお話
魔王軍が人間との決戦に勝利し世界征服を果たしてから、まもなく二百年が経とうとしていた。
そんなめでたい日が近づいてこようと、私のような一般魔物の生活は大して変わらない。ただ、今日さえ乗り切れば三連休が待っている。
「ねむいよぉ……。お仕事行きたくないよぉ……」
目覚ましのアラームを止め、なんとか布団から脱出する。カーテンを開けると陽光が差し込み、部屋を明るく照らすと同時に私の目を焼く。
「まぶしい……」
まだまだ眠っていたいし、お昼過ぎまでごろごろしていたいが、そんなことをしている暇はない。適当にパンと玉子を焼き、簡単な朝食を作る。
親元を離れて働きだしてから早三年。両親のありがたさと凄さを実感しない日はない。三年前に、もう就職するような歳になったのだから一人暮らしがしたいと言って家を出た。最初こそ一人故の自由に浮かれていたが、すぐに仕事と家事に忙殺されることとなった。バリバリ現役で働きながら、家事も完璧にこなして私を育てきった両親は本当に凄いと思う。
朝食を終えるとスーツに着替え、身だしなみを整えて家を出る。
「いってきます」
私以外誰も住んでない家だが、いってきますは欠かさない。一種のルーティーンのようなものだ。
街には大小さまざまな家が建ち並び、遠くには街を囲む堅牢な城壁が目に入る。街の中心には移転した魔王城もある。ここはかつて王都と呼ばれていた場所であり、今は魔都へと名前を変えている。魔王国が本拠地を置くのも、ここ魔都である。
二百年前、世界征服を果たした魔王軍は魔王国の建国を宣言し、王都を魔都に作り変えた。そして、建国に伴って魔王軍は一旦解散し、元魔王軍のメンバーはほとんどがそのまま魔王国の運営に携わることとなった。現代では魔王軍は魔王国となり、魔王国が所有する軍隊は魔王国軍と呼ばれている。
魔都では多種多様な魔物が共生しており、昔父に聞いた話によると、かつて人間が栄えていた頃と大して変わらないという。街を歩くのが人間か魔物かの違いだけらしい。かく言う私の額にも、母親譲りの鬼の角がある。母に生えているものよりも、だいぶ丸っこくて可愛らしいものだが。
「ようシュメリア! 今日も仕事か? ご苦労なことだな」
通勤中の私に馴れ馴れしく話しかけてきたのは、人狼のベオルヴだった。その体からは、きつい酒の匂いが漂う。
「また朝まで飲み歩いてたんですか。毎日毎日よく飽きませんね」
ベオルヴは毎夜毎夜飲み歩き、日中は惰眠をむさぼる。仕事は何もしていない。今の世界はそんな生き方をしても、最低限以上の生活が送れるのだ。
人間という大きな敵対種族が居なくなったことで、魔物は広大な世界を手に入れた。しかもその世界は魔王が支配し、一つにまとまっている。戦争も起こらず、土地も資源も好きなだけ好きなように使える。彼のようなニートのために、社会福祉が発展したのも当然と言えるだろう。
では、私のように日々働く者は何を考えているのか。ベオルヴのようにニートになった方がいいのではないか。正直私もそう思う……というのは、半分嘘だ。
私は自身の夢のために働いている。他にもやりがいや使命感などから働いている人は結構いる。私の両親は、働くのは当然のことだと考えていた。父は私がまだ子どもの頃に他界したが、母は今でも現役のバリキャリだ。他には、より良い生活を望んで労働に明け暮れる者や、正規労働者の特権である兵役の免除を目的としている人も多い。
ベオルヴはこんなダメ男だが、三年に一度一年間の兵役はしっかりこなす。
「んで、お前今日はなにすんの?」
どうせ大して興味も無いくせに、そんな質問を投げかけてくる。
「今日は人間共生地区の視察が主な仕事です」
「うげぇ。あんなとこ行くのかよ。俺は絶対ごめんだね」
ベオルヴは人間共生地区と聞いて、明らかに嫌そうな顔をする。彼のような反応をする魔物は少なくない。むしろそっちが大多数だ。
人間は二百年前に大半が滅ぼされたが、絶滅させたわけではない。非常に少数ではあるが、かつて魔王軍に服従を誓った人間は殺されることはなかった。もっとも、当時の扱いは家畜のようなものだったというが。
ただ、昨今では家畜扱いされる人間の方が少ない。人間共生地区には人間好きの魔物が暮らし、愛玩動物として人間を飼っている。魔物によっては、人間を伴侶とすることも珍しくない。実際、私も魔物と人間のハーフだ。母が父に熱烈なアタックをかけたことで結ばれ、結婚にまで至ったらしい。父の話をする母は、いつも幸せに満ちた顔をしている。
そんな生い立ちだからかは知らないが、私は人間が好きだ。特に、成人しているのに私より小さくて弱くて、それでも必死に格好つけようとしている男が好みだ。見ているだけできゅんきゅんして、襲いたくなってしまう。……一体いつからこんな風に、私の癖はねじ曲がってしまったのだろうか。
「ちゃんと住み分けがされているのですから、嫌なら近づかないことですね」
「言われなくても分かってるよ。じゃ、お勤め頑張ってな~」
ベオルヴはそう言うと、ひらひらと手を振りながら家へと帰っていく。
ベオルヴ、根は結構真面目だと思うんだけどなぁ。ちゃんと働けばいいのに。まあ、私にはあんまり関係ないか。
そう思うと、遅刻しないように気を付けつつ、職場に向かって歩き出す。
「おはようございます」
私の職場である魔王城の人事部に到着する。タイムカードを押してから部屋を見渡すが、母はいないようだった。まあ、母は結構あちこち行っているため、仕事部屋に居る時間の方が短いかも知れないし仕方ない。
今日の視察は一人ではなく、大ベテランの方と行うことになっている。そのため、さっきから物凄く緊張している。
「おはよう。シュメリア殿はいるか?」
「は、はい!」
私を呼ぶ声に返事をし、荷物を持って急いで向かう。そこに居たのは、総務部長と魔王国の宰相を兼任するロス様だ。魔王国のトップは当然魔王様ではあるが、魔王様はちょっとあれなので主に国家を運営するのは各部署の部長たちだ。そして、その中でも古くから魔王様に使えているロス様は信頼や発言力なども強いため、魔王国の実質的なトップとなっている。
「そんなに固くならずとも、いつも通りに仕事をこなしてくれればいい」
「は、はい」
そうは言われても、ロス様と仕事するとなって緊張しない人の方が少ないだろう。ロス様は魔王国のトップ、片や私は平の魔物だ。平然としていられる訳がない。
「では行くか」
ロス様はそう言うと魔法を発動させ、私を連れて人間共生地区の入口に転移する。いつ見ても転移魔法は便利だと思う。残念ながら、私はまだ転移魔法を習得出来ていない。空間を把握したり、座標を指定したりする感覚が未だに掴めない。
転移した先は魔都の郊外だ。そこは城壁の内側にあるのにも関わらず、さらに城壁に囲まれている。これは人間の脱走対策である。脱走対策とはいっても、実際の機能はむしろ人間の保護にある。ここ人間共生地区に住む人間は、一部の例外を除いて魔物への嫌悪感や敵意を抱いていない。世界征服が実現してから二百年。人間にとってその時間は長く、四回ほど世代交代が行われている。魔物の存在そのものを悪とする考えは時の流れの中で薄れてゆき、子どもの頃から魔物を身近な存在とすることで人間との良好な関係を築けている。
一方、魔物は種族にもよるが数百年生きる者も珍しくなく、人間と共生するという新しい価値観があまり受け入れられていない。ベオルヴのように人間を嫌悪する魔物の方が多いぐらいだ。言ってしまえば考えが古いのだ。そんな魔物は人間に対して粗暴な態度を取ることも多く、酷い場合は傷害沙汰になることもある。そういった事態を防ぐため、壁を築いての住み分けが行われている。
「いつもご苦労」
ロス様が門番に挨拶をし、門番はそれに敬礼で返す。門を抜けて壁の内側に入ると、そこには外と何も変わらない景色が広がっていた。人間共生地区は魔物たちが住んでいるエリアと何も変わらない。唯一の違いは人間がいるかどうかだけだ。街を歩けば仕事をする人間や、魔物と並んで歩く人間の姿が目に入る。
「シュメリアおねえちゃん! おはよ〜!」
「は〜い、おはよう」
両親と散歩をしていた女の子が、元気よく手を振りながら挨拶をしてくる。それに微笑みながら、軽く手を振って挨拶を返す。私は学生時代の頃からここに通っていたし、今でも時折プライベートで訪れるため、この街にだいぶ馴染んでいる。
「シュメリア殿は人間が好きか?」
ロス様が街の清掃状況や治安などを確認しながら、私にそう問いかけてくる。
「はい、とっても」
「ふむ。まあ、貴殿の生まれを考えれば当然とも言えるか。私も昔に比べると変わったもので、人間との共生がより進むことを望んでいるのだ。レイス殿の影響だろうな」
レイス、魔王国の歴史を語る上で決して外すことの出来ない人物だ。人間でありながら魔王軍に入隊し、当時停滞していた魔王軍を僅か一年で世界征服に導く。魔王国の建国後も法整備や各地の都市開発に携わり、晩年まで魔王国の発展に尽くした。最期の時は妻と子に看取られ、七十三歳で大往生。葬儀は国を挙げて執り行われた。
死後どれだけの時が経とうと、誰の記憶からも消えず色褪せない。まさに偉人と呼ぶべき人物だ。そして、私の目標の人でもある。今のところは足元にも及ばないが。
「では、街を見て回るとしようか」
「はい」
街を一通り回り終わった頃には、太陽が真上へ登り、正午を過ぎていた。一度昼休憩にするということで、適当な店で昼食を済ませる。ちなみに、ロス様は食事どころか水分補給や睡眠すらも必要としない方なので、一人での食事である。正直、一緒に食事をするとなったら喉を通る気がしないので、ロス様がアンデッドで本当に助かった。
食事を終えると、午後からの仕事の待ち合わせ場所へと向かう。そこは街の外れにある、あまり使われていない倉庫だった。消耗品や食料などを保管する倉庫は街の中心近くにあるが、ここは滅多に使われない物ばかりが置かれており、実質的には物置きとなっている。
「お待たせしました」
ロス様は先に倉庫に着いており、私が待たせる形となってしまった。
「気にすることはない。それに、まだ休憩時間だ」
それはそうなのだが、やはり上司を待たせてしまうというのは気が引ける。
「これからの業務に向けて、先程応援も頼んでおいた。しばらくすれば来るだろうが、それまでに私たちで可能な限り調査しておこう」
ロス様はそう言うと、倉庫の中へと入っていった。
午前中は街を見て回り、何か問題がないか確認するという業務内容だった。だが、今から行う仕事には危険が伴う。というのも、今から行うのはレジスタンスの調査及び排除である。
人間のほとんどは魔物に友好的で、お互いに良好な関係を築けている。だが、ごく一部の人間は魔物に強い敵意を持つ。彼らは善良な人間の振りをしてこの街に潜伏し、裏ではレジスタンスを結成して魔物に反旗を翻す時を待っている。魔物の街で潜伏する彼らの希望となるのが、勇者の存在である。
二百年前のカンザキツルギのように、突出した力を与えられた勇者が時折現れる。この勇者はおおよそ五十年周期で現れるようになっており、ある日突然どこかに現れるのだ。この勇者はこことは異なる世界から来ているらしく、転生者と呼ばれている。ちなみに、これは魔王国のAクラス機密情報であり、二百年前に捕えた女神を洗脳して得た情報である。かつて魔王城の地下に幽閉され、死者蘇生と情報のために生かされていた女は、女神と名乗る痛い人物ではなく本物の女神であったという。だが、女神のくせに寿命があったようで、百年ほど前に死んだ。地上では神の力を活かしきれなかったのかもしれない。まあ、今となってはどうでもいいことだが。
この勇者の存在がレジスタンスに希望を与え、中々にしぶとい組織となっている。しかも、勇者の出現場所や日時を知る手段は存在しないため、実質的に対策が不可能となっている。
だが、レジスタンスは魔物だけでなく、レジスタンス以外の人間からも忌み嫌われているため、隙を見せると密告されることも珍しくない。今回も、この倉庫付近で不審な住民を見たとの通報を受けて調査に来た。
「レジスタンスの隠れ家に繋がる道とかが見つかればいいんですけどね……」
「そうだな。それに明日からの三連休の間には、魔王国建国記念の祭りもある。そこを狙ってテロでも起こされたら面倒だ。可能なら今日中に叩いておきたい」
ロス様と手分けして倉庫の中を隅々まで調査する。こういう通報はただの勘違いということも多いのだが、今回は違ったようだ。
「ロス様、階段を見つけました」
倉庫の奥、違和感を感じた床の板を剥がすと、そこには地中に続く階段があった。間違いなくレジスタンスが作った物だろう。
「大手柄だな、シュメリア殿。では、私が先に降りよう。ここからはいつ戦闘になってもおかしくない。なるべく守るが、警戒は怠らないように」
「はい」
私だって魔物の端くれ、人事部所属で戦闘は本職ではないとはいえ、そこらの人間に負けるような軟弱な鍛え方はしていない。
階段を下り、石を削って作られた通路を進む。地上よりもひんやりしたそこはとても静かで、私たちの足音以外何も聞こえなかった。一本道をしばらく進むと、道が左右に分かれる分岐点に着いた。
「さて、どちらから攻めるべきだと思う?」
ロス様のその問いに、私は迷うことなく答える。
「二手に分かれて同時に攻めるべきだと思います。これがレジスタンスの隠れ家に繋がっているのならば、逃げる時間を与えず、速攻をかけるべきかと」
「そうか……。昔から思っていたが、貴殿は成長するにつれ両親に似てくるな。間違っても死んでくれるなよ? 貴殿の親に顔向け出来なくなる」
両親に似ていると言われるのは複雑な感じもするが、やはり嬉しいという気持ちの方が強い。
「ただまあ保険はかけておこう。これを持っていけ」
そう言ってロス様から渡されたのは、小型の魔力発信機だった。
「営業部の応援は、その発信機を辿ってくる。私も片付き次第そちらに向かうが、あまり無理はしてくれるなよ?」
「わかりました」
言われた通り無理はしないが、私一人で片付けてみせる。これぐらいはやってみせなければ、目標にはいつまで経っても届かない。
私は右に、ロス様は左へと進む。しばらく歩くと話し声が聞こえ、道の先の広間のような場所に明かりが見えた。
「今度の計画だが……」
「当日の集合場所は……」
「武器は……に隠して……」
はっきりとは聞こえないが、声の数と気配からして敵は三人。これなら気付かれる前にやれる。
魔法の準備をしてから、広間に飛び入る。
「だ――」
「ウインドストーム」
敵が声を上げるよりも早く、魔法を発動させる。風の刃が喉を裂き、三人の男は声を出すことすら出来ずに血を吐いて地面に倒れる。
「ふぅ」
奇襲が成功したことで、安堵の息が漏れ出る。周囲を警戒した後少し心を落ち着かせ、机の上にある資料を調べる。そこには、明後日のパレードに合わせて魔王様を襲う計画や当日の集合場所など、様々な情報が記されていた。これは相当重要な情報だ、全部持ち帰ろう。
そう思いながら机の上を物色していると、何者かの視線を感じた。嫌な予感がしたため、とっさに回避行動を取る。すると、直前まで私がいた場所を白い光線が貫く。その光線は触れたものを消し飛ばしながら進み、壁さえも貫いて消えていった。
危なかった。勘で回避していなければ、今頃死んでいた。
魔法が放たれた方向に目をやると、そこにはローブを着てウィッチハットを被った、いかにもな魔法使いがいた。先程放たれた魔法は、見たことも聞いたこともないものだった。そして、あれだけの威力を持つ魔法を操る人物。おそらくこいつが今回の勇者だろう。それを確かめるために、一つの質問をする。
「あなた、名前は?」
「神野尊! お前たち魔物から世界を取り戻す勇者だ!」
想定通り、転生者の特徴にあるこの世界にそぐわない妙な名前だ。やはりこいつが勇者で間違いない。というか、自分で勇者を名乗っている。すでにレジスタンスに囲われてしまっていたのか。レジスタンスの教育が素晴らしいのか、元々そういった思想の人間が勇者に選ばれるのかは知らないが、いつの勇者も同じようなことを言うという。やれ世界を救うだの、やれ力は正しいことのために使う物だの。そういった話を聞くたびに、そっちの価値観だけで話すなよと思う。
私たち魔物は、私たちの世界のために力を使っている。それを非難するのは勝手だが、私たちのことを尊重しない奴等のことは私たちだって尊重してやらない。勇者やレジスタンス共は、そこのところを理解できてないから無性に腹が立つ。
「お前が殺した皆さんの仇、今ここで討つ!」
勇者はそう言うと、杖の先端を私に向けて魔法を放つ。先程も見た白い光線だ。それに対抗するように、正面からウインドストームを撃ち返す。二つの魔法がぶつかり合い、激しい音と風を起こしながら弾ける。
今回勇者に与えられた能力はあの魔法のようだ。撃ち合った感じ、威力・射程・速度全てにおいて隙がなく、扱いやすく強力な魔法だ。
私は魔法の衝撃により生まれた土煙に紛れ、来た道を後退する。勇者を殺すなら転生したてで、戦闘経験の浅い内に殺すべきなのだが、勇者と正面切って戦うほど己の力を過信してはいない。少なくとも営業部の応援と合流し、数の利を得てから戦うべきだ。
そう考え、撤退する私の目の前を巨大な光線が通過した。その光線は壁越しに撃ち込まれたものであり、あと数歩前に出ていたら呑まれていた。
「逃さないよ」
己の魔法により、新たに出来た道を通って勇者が現れる。
ここ地下なのにめちゃくちゃだなぁ……。今の魔法が原因で、崩落したらどうしようとか考えないのかな。
「ウインドブレード」
二本の風の剣を作り出し逆手に持つ。巨大な光線を撃てるのならば、逃げ道を塞ぐほどの大きさで撃たれたら負けだ。そのため、一時撤退が選択肢から消える。ただ、さっき魔法で撃ち合った時に使ってこなかったことから、巨大な光線を撃つにはタメがいるのだと考えられる。ならばその隙は与えない。速攻の接近戦で潰す。
目の前の勇者と大して離れてないため、一気に駆け寄り距離を詰める。当然勇者はこれに対し、魔法を放って対抗してくる。光線は複数同時に撃てるようで、三本の光が飛んでくる。一本は身を捩って躱し、あとの二本は剣で弾く。軽くない衝撃が手に伝わるが、あの魔法を弾けているなら問題ない。
ここは地下ゆえに狭い。私が魔法を回避するスペースも少ないが、勇者も距離を詰められやすく逃げにくい。まだ勇者まで少し距離があり、剣を振るっても届かないのは明白だ。だが、それは普通の剣であればという話だ。風の剣は私の魔法、剣の大きさや形などは自由自在に変えられる。振るう瞬間に剣を伸ばし、首を落とすつもりで一撃を放つ。
「――っ!」
不意を突いた一撃だったが、本能から反射的に手が前に出たのか、剣は腕に阻まれ首にまでは届かなかった。それでも、浅くない傷を負わせることが出来た。
このまま畳み掛けようと一歩前に踏み出した時、後頭部に強い衝撃を受け体勢を崩す。一瞬何が起きたのか分からなかったが、私の血のついた岩が地面に転がる見てすぐに理解する。天井の一部が崩落し、落下した岩が後頭部に直撃したのだ。さっきの勇者の攻撃や、私との戦闘の余波で脆くなっていたのだろう。
非常にまずい。今の私は体勢を崩している上に、頭部に傷を負い魔法も解けてしまった。
「終わりだ」
勇者が私に杖を突き付けながらそう言い放つ。自分の実力で勝ち取った勝利ではないのに、なぜそんなに勝ち誇れるのだろうか。運も実力の内とは言うが、そんな考えは馬鹿げていると思う。だが、今はそんなことはどうでもいい。この状況をどうにかしなければいけない。だが、今から無理に魔法を発動させても、あの光線に対抗できるとは思えない。死、そんな言葉が脳裏をよぎる。いやだ、まだ死にたくない。
杖の先端が光り、魔法が発動する。光線が放たれ、私の身を貫く――よりも早く、巨大な体が私を庇うように飛び込んでくる。
「ここは狭いな。動きにくくて仕方ねぇぜ」
私を庇い、そう不満を漏らす人物は、営業部長であり魔王国軍の最高責任者モートン様だ。営業部の応援とはモートン様のことだったのか。私を庇い光線の直撃を受けたにも関わらず、その体には傷一つない。種族は私と同じ鬼ではあるが、あまりにも格が違いすぎる。
「おい勇者。お返しだ、死ぬ気で防げよ」
モートン様が右の拳を振り上げ、勇者めがけて真っ直ぐ振り下ろす。勇者は咄嗟に魔法で迎え撃とうとしたようだが、間に合う訳もない。拳の直撃を受けた勇者は、肉と骨の砕ける音を響かせながら潰れた。拳の下にはまるでプレスでもされたかのようなあり様の血みどろのミンチ肉があった。
「ったく、この程度も防げないのかよ」
そうは言うが、モートン様の攻撃を受け切れるような人物なんて数少ないだろう。まあ、仮にも勇者なのだから、モートン様に勝てないでどうやって魔王様を倒すのかという話ではあるが。
「そんなことより、シュメリア。大丈夫か? ちょっと傷見せてみろ」
モートン様はそう言うと、私の頭部を軽く観察する。そして、手持ちの包帯を使って応急処置をしてくれた。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「仲間を助けるのは当たり前だ! 気にすんな! それに、お前に死なれちゃ寝覚めが悪いしな!」
モートン様はその巨体と文字通りの鬼の形相で誤解されやすい方だが、決して粗暴な方ではない。仲間に対しては底抜けに優しく、繊細な一面もある。血気盛んな営業部の魔物たちが一つにまとまることが出来るのは、ひとえにモートン様の魅力があるからこそだ。
「お前が来てくれて助かったな。私では間に合っていなかったかもしれん」
その低い声に振り向くと、そこにはロス様がいた。ロス様とモートン様はそれはもう古くからの友人であり、魔王軍時代は長きに渡って二人で幹部を務めてきた。今ここには魔王様を除いた、魔王国の最高戦力が二人もいることになる。
「遅くなってすまなかったな。私が進んだ道の先はただの倉庫だったから、すぐに引き返したのだがな。だが、生きているならそれでいい。私と共に医務室に行こう。ここは任せたぞモートン」
「おう。レジスタンス共を殲滅してやるぜ」
二人は短い会話を交わし、これからの動きを決める。ロス様が私に触れながら魔法を発動させると、一瞬にして景色が切り替わり、城の医務室に着いた。
「は〜い。どういったご用件でしょうか〜」
「怪我人だ。深くはないが頭部に傷を負い、出血している。治療を頼む」
「はいは〜い。じゃあとりあえず奥の方行きましょうか〜」
職員の方の案内に従い、奥のベッド横の椅子に腰掛ける。そのまますぐに診察と治療が始まる。と言っても、大怪我や大病などではないため、回復魔法による治療が行われるだけである。回復魔法は使い手にもよるが、身体の欠損も治すことができる。ただ、高度な魔法であるため使い手は少ないが。
「とりあえず治療はしました〜。ただ、負傷箇所が頭部でしたので、様子見として一時間ほどここで安静にしてもらいますね〜」
職員の方はそう言うと次の仕事に向かい、私は大人しくベッドに横になる。
「では私は仕事に戻る。体には気を付けるんだぞ」
「はい。ありがとうございました」
ロス様も転移魔法で仕事に戻り、一人になってしまったた。特にすることもないので、大人しく目を瞑って時間が過ぎるのを待つことにする。
一時間経っても特に何もなかったため、仕事に戻って今日の報告書を作成する。レジスタンスの隠れ家は、あの後ロス様とモートン様が壊滅させた。今日の一件で勇者含むレジスタンスの戦力を大きく削れはしたが、まだ潜んでいるだろう。今後も調査は続けないといけない。
報告書を作り終わる頃には定時を知らせる鐘が鳴り、多くの魔物たちが帰宅を始める。私も帰ろうとしたところで、そう言えば今日は母の姿を見ていないと思い、貼り出されているスケジュールを確認すると、直行直帰と書かれていた。別に職場で会えなかった程度なんてことないのだが、今日は少し話したい気分だ。なので、今から実家に行こうと思う。明日からは三連休だし、飲みに行くのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら帰路に着き、朝とは違う道を通って実家に向かう。魔王城からそう遠くない場所に実家はある。両親の稼ぎの割にこじんまりとした家は、昔から変わっておらず懐かしさを覚える。まだ帰っていないかも知れないが、実家の鍵は持っているので居なければ中で待とう。そう思いながら扉を叩いて声をかける。
「お母さ〜ん。帰ったよ〜」
私が声をかけると、ほどなくして玄関の扉が開く。そこから、帰ったばかりなのかまだスーツ姿の母、職場では直接の上司である人事部長のベルナが体を出す。
「おかえりなさい。急にどうしたの?」
「別にどうもしないけど、ちょっと話したい気分だったから。飲みにでも行こうよ」
「ちょっと待ってね。準備するから。とりあえず上がって」
母はそう言うと私を家に上げて、奥の部屋に歩いて行った。上がってと言われても、どうせすぐに家を出るしわざわざ靴を脱ぐのも面倒なので、玄関で座って待つことにする。
数分も経たずに、小さなバッグを持って母が戻ってくる。
「じゃいこっか。近所の居酒屋でいい?」
「あなたが行きたいところでいいよ」
母はいつもそう言う……わけではなく、本当に行きたい場所があればちゃんと言ってくれる。私も特別行きたい場所は無いため、家から近い居酒屋に入る。幸運なことに席が空いていたらしく、半個室の席に案内してもらうことが出来た。
「私いちごサワーで。お母さんは?」
「梅酒のロックで」
ひとまずドリンクを注文すると、すぐにお通しと共に提供される。
「じゃ、とりあえずかんぱ〜い」
「乾杯」
提供されたお通しをつまみながら、酒を勢いよく流し込む。仕事終わり、しかも休日の前に飲むお酒は格別だ。
「それで、何か話したいことでもあるの?」
お母さんはそうやってすぐ話を進めようとする。もうちょっとゆったりしてもいいと思うんだけどなぁ。
「まあ、特に話したいことがあるわけじゃないんだけどね。雑談的な? 強いて言うならお父さんの話が聞きたいかな」
私は隙あらば母に父の話をねだる。これは昔から変わらない。なにせ私の父は、かのレイスだ。そんな人物の話はいくらでも聞きたい。それに、父は私がまだ子どもの頃に亡くなってしまったので、知らないことだらけなのだ。
「あなたは本当にお父さんの話が好きね。馴れ初めの話でいい?」
「それもう何回も聞いたから、別のにして〜」
私は父の話を聞くのが好きだ。まだまだ知らない父を知れるし、父は私の目標であり憧れの人でもあるから。それに、父の話をする時母はとても幸せそうな顔をする。
「じゃあ、お父さんが女になった時の話をしようか」
「なにそれ、気になりすぎるんだけど」
他愛もない会話をしながら、父と母の昔話を聞く。なんてことはない時間だが、私はこの時が大好きだ。いつまでもこの時間を過ごしていたいとすら思う。
そんな気持ちで聞いていた話が一段落した時――
「なんだ〜? レイスのやつの話をしてるのか〜?」
どこから現れたのか、席に魔王様が入ってきた。魔王様は日々居酒屋を飲み歩いているが、よりにもよって今日はここで飲んでいたらしい。
ここ半個室なんだけど……ていうか私たちの席に勝手に入って来ないでほしい……。
そう思うが口には出さない。口に出して魔王様が機嫌を損ねたら面倒だし、こんな行動は日常茶飯事だからである。昔はもうちょっと丸かったらしい。それこそ父が存命の間は。
「そうですよ。私のお父さんの話です。魔王様も何かないですか?」
正直なところ魔王様にはさっさとどこかに行ってほしいが、直接そう伝えると意地でも戻らなくなることが多いので、適当に会話を合わせて気持ちよくさせておく。そうするとそのうち満足していなくなる。
「あやつはな〜我の言動に一々小言を挟んでくるし、パワハラだのセクハラだのうるさいし、あやつが来てから我の肩身が狭くなったからな〜」
それは大体魔王様が悪い気がする。というか絶対魔王様が悪い。
「最後まで口うるさいやつだったが、まあ……そこまで嫌いではなかったぞ。あやつと過ごした日々は退屈とは無縁だったからな。それに比べて最近の若いのはダメだな。骨のあるやつがいなくてつまらん」
魔王様の嘆きは酷なものだ。父と比べられたら誰だって劣るだろう。父は誰かと比べていいような、比べることが出来るような存在じゃない。
「お主はどう思うよ、ベルナ」
「レイスさんみたいな人はほいほい居ていい人じゃないんですよ。というか、若手は皆さん優秀ですよ。レイスさんは、レイスさんだからこそレイスさんなんですよ」
「なんじゃそりゃ」
父について語る二人を見て、改めて父は凄い人だなと実感する。死後いつまでも人々の記憶に残り、魔王様にすら認められている。
父は晩年、私に好きなように生きなさいといった。昔から父にベタベタしており、将来はお父さんみたいになる、と言ってやまなかったのが原因だろうか。それが父である自分に固執することはないと、遠回しに言われているのだと気付いたのは、だいぶ大きくなってからだが。
父は私の生き方を縛りたくなかったのだと思う。自分に憧れるあまり、他の道に目が向かないようになってほしくなかったのだろう。ただ、今私は父の背を追っている。後悔はない、父の意を汲んで様々な道も検討した。その上で好きなように生きている。これはおそらくだが、父は自分の好きなように生きたのではないかと思う。特に、かつて魔王軍に入ってからは。
私はいずれ父のようになりたい。なにも、めちゃくちゃに仕事が出来るとか、はちゃめちゃに稼ぎがいいとかそんなことではない。ただみんなの記憶に残り、いつも人を笑顔にする。己の信念に基づいて行動し、それを貫く。そういった所に憧れるのだ。
「やっぱりお父さんって凄いんだね」
「当たり前だろう。我が魔王軍にスカウトしたのだぞ? 凄くないわけないだろう」
「当然ですね。私の自慢の夫ですよ」
私の呟きに対して、二人は熱を持った返事をする。やはり父は愛されている。そう実感させてくれる返答だ。
私は父のようにはなれないかも知れない。だが諦めなければ、いつの日か父のようになれるかも知れない。
「でもそれは、もうちょっと未来のお話かなぁ」
今はただ、この心地いい時を過ごしていよう。いつの日か父に並ぶことを夢見て。
ここまで読んで下さりありがとうございます。後日談も書き切り、これにて本作は完結となります。連載中何度も失踪し、読んでくださっていた方には申し訳ないことをしました。ですが、そんな読者の皆様のおかげで完結まで執筆することが出来ました。本当に感謝しかありません。
以下後書きです。私が書きたいことを書くだけですので、ぜんぜん読まなくて結構です。では失礼して。
本作では概ね書きたいことは書けたかなぁと思ってます。一部私の考え足らずのせいで中途半端になってしまった描写やキャラがありますが……反省して次に活かせたらなと思っています。次回作は書くかも分かりませんし、現時点では何の構想も浮かんでおりません。ただ、気が向いたら筆を取ると思うので、皆様も気が向けば読んでいただけると、私がめちゃくちゃ喜びます。
次回作を出す時には活動報告で告知するつもりですので、お気に入りユーザーにでも入れていただけると、もし新作が出た時には気付いてもらいやすいかと思います。別に興味ないって方は気にしなくて構いません。
ではでは、後書きも最後まで読んでくれた皆様、本当にありがとうございます。願わくば、再び作者と読者として巡り会えることを夢見ております。本当にありがとうございました。




