10話 宿屋作りと例のブツ
エルフの里に向かわせた使い魔が目的地に到着するまでの時間を使って、暗黒騎士と魔獣狩りを行うことしばらく。
『ピヨー!』
レインボーバードの鳴き声が頭の中に響いて来たのを合図にトレント、アルラウネと合流。
その後、魔王城を中心として周囲百メートルに及んでいる平らに整地された歓楽街予定地、その南北を隔てる位置にある西側の直線上。いわば東を向けば魔王城が見える場所へとやってきていた。
「とりあえずはこのあたりでいいだろう。二人とも準備ができたら目を閉じてくれ」
「はぁーい、いつでもどうぞぉー」
「同ジク」
アルラウネとトレントの返事を聞いた後、二人を包む形で魔力を練り上げ膨らませるとともに俺自身も目を閉じる。当然視界は閉ざされ、まぶた越しに感じる光以外は何もみえなくなる。
「ではいくぞ、<視覚共有>」
使い魔との間に結ばれている魔力のつながりをたどり、レインボーバードの視覚情報とこちらの視覚とを繋ぎ合わせる。
それにより暗闇に閉ざされた視界に色が染まり、一つの風景が映し出される。
「ほぇ~、これがピーちゃんの見てる景色なんですねぇー」
見えてきたのは生い茂る緑色の景色の中にたたずんでいる、大樹によって作られている一つの住居だ。
「トレントも見えているな?」
「問題ナク」
「ならいい。エルフどもに気づかれないうちに済ませるとしよう」
魔力を介した命令をレインボーバードに送る。
『そのまま一つ一つ、入り口から部屋の内部を移動してみせてくれ。無論エルフたちに見つからぬようにな』
『ピヨー!』
レインボーバードは命令通りにツリーハウスの入り口を透過して部屋の中に侵入してみせた。
家の内部には巨大な木をくり抜いた形となる空間が存在しており、一階部分は中央に大きな柱のある広間になっていた。
また、柱の周りには螺旋階段が取り付けられており、そこから各階の個室へとつながっているといった構造のようだ。
『よし、そのまま個室へ移動してくれ』
各部屋の間取りや構造を頭に叩き込み、今後の作業における糧としていく。
そうしていくつもの部屋を経て、全ての部屋を回り終える。
「さて二人とも、何か問題や確認しておきたい事はあるか?」
「多分だいじょぶですよぉー。お風呂がなかったのは残念ですけど」
「アトハオ任セヲ」
アルラウネが言うように風呂場が見つからなかったのは、水浴びで済ませているからという可能性もある。
まあそのあたりはおいおい必要に応じて考えるといったところだな。
『ご苦労だった。こちらに戻ってきてくれ』
視覚共有の魔法を解除して、帰還の命令を送る。
『ピヨヨー!』
そしてようやく宿泊所の建設となる。
「では始めるとしようか。<アイテムボックス>」
整地作業の際に回収しておいた樹をその場に取り出して、アルラウネとトレントの背後にそれぞれ数本ずつ並べていく。
「まだまだ樹はあるのでな、必要ならその都度言ってくれれば取り出していく」
「はぁーい。それじゃあここに種を植えてっと。トレントさん、せーので一緒にいきますよぉー?」
「心得タ」
アルラウネは手から伸ばし始めたツタに見える部分を、トレントはその太い根をそれぞれ地面に埋めていく。
「せぇーのっ、うりゃりゃあぁぁぁぁ!」
アルラウネの掛け声とともに、並べた樹が土に還るようにして地面に溶けて消えていく様子を見せる。
おそらくは特性である植物支配によって、樹が蓄えていた栄養素を土へと還しているのだろう。
そしてその代わりとでもいうようにアルラウネのツタとトレントの根の部分が脈動を始めると、種を植えた場所から芽が出てきた。芽はそこからさらに伸びていくと、細い幹となり小さな枝が出来上がる。
やがて枝先に葉が生えるのを堺に、徐々に樹は大きさを増していく。
「魔王さま、つぎお願いしますっ」
「よかろう」
アルラウネの合図に従い次元の扉から材料となる樹を取り出して、作業中の配下たちの背後に置いていく。そうするごとに次々と木々は分解されていき、養分へと変換されていく。
数十もの木々が分解される頃にはエルフの里で見たものと同等以上の、大樹と呼べるほどのものが姿を見せていた。
「ふぅー、こんなもんでどうですか魔王さまー」
大樹は魔王城に負けず劣らずの高さを誇るとともに、中を住居にするのに十分なほどの太さを持ち合わせている。
「実に壮観であるな。素晴らしい出来だ」
「えへへー、ありがとうございますぅ」
もちろん大樹を創り出して終わりではない。ここからが作業本番となる。
「あとは樹の内部を削る作業だな」
大樹の大きさから考えても作業工程に何十、何百日とかかる作業のようにも思えるが、配下や魔王の力を使うのであれば話は別だろう。
「そうですねぇ。私とトレントさんが空洞になる部分を腐らせていくので、魔王さまと暗黒騎士さまの方で削り作業お願いできますか?」
「いいだろう。俺が魔法で大きく削っていくので、暗黒騎士は細かいところを任せる」
「はっ。ささくれ一つない、きれいな内部に仕上げてみせましょう」
暗黒騎士もダガーを装備し準備は万端のようだ。
さて魔王の本気、見せてやろうではないか。
「こちらはいつでもよいぞ、<円環の乱獲者>」
これは手のひらに小さな重力場を作り出し、触れたもの全てを例外なく削り取るという闇属性の魔法だ。
近接戦闘を好む魔王が使っていた代物で、触れた相手は体を削り取られることで即死する。
今回はこの魔法を用いて樹の内部を容赦なく削っていく。
何よりこれならば木くずが出ないので、スライムのダイエットを邪魔する必要もないのだ。
アルラウネとトレントが腐らせ、俺が削り、暗黒騎士が形を整える。
四位一体となった我らに敵はなく、破竹の勢いで工事は進むのだった。
◇◆◇
「ククク、完成だ!」
最後に扉と窓を設置して作業は完了だ。
暗黒騎士が剣技を用いて扉と窓枠となる部分をくり抜き、それらの開閉部となる細かい部品はアルラウネとトレントの植物支配の特性によって、不要な部分を腐らせて削ることで作られた。この間ものの数分。
職人であるドワーフも真っ青になるだろう速度で細部が仕上げられた結果、ツリーハウスは出来上がりを見せたのだった。
「三人ともここまでよくやってくれた。これで歓楽街計画の第一段階は終わりと言っていいだろう」
「終わり、ですか? 僭越ながら申し上げますが、宿だけではいささか不十分かと。人間族のものを見る限り、せめて浴場ぐらいは欲しいところではないでしょうか」
「ですねぇ。あぁ~、浴場といえばわたし水分補給しないと……もうくたくたですよぅ」
宿だけではそう思うのも仕方あるまい。完成している施設がそれだけであればな。
「そんな二人によいものがあるぞ」
いよいよこの時がやってきた。
削り作業を終えて暇になった合間の時間を用いて、最初の休日からコツコツと秘密裏に進めていた例のブツの仕上げを行い、さきほど全行程が完了した。
「マサカ、ツイニ完成シタノデ?」
「ああ、おかげさまでな」
「「?」」
よくわからないといった顔をしている暗黒騎士とアルラウネはともかくとして、トレントには事前に相談をしていたために、それが何かは知られている。
「ついてくればわかるさ。<転移門>」
困惑した表情を見せる暗黒騎士とアルラウネをよそに目的の場所へつながるゲートを作り出して、その先へと進む。
すると転移門によって移動する前の地面が土だったのに対して、移動後は滑らかな石によって作り上げられた硬い地面へと様変わりする。
「ここは……空の上ですか? それにしても、このようなものをいつの間に……」
「うわぁー、すっごい景色っ。あっ、あれって魔王さまがこの前行った山ですよね?」
俺のあとに続いてやってきた暗黒騎士とアルラウネが周りを見るなり、そんな感想を漏らしている。
よい驚きぶりだ。頑張って作ったかいがあったというものである。
「ああ、そうだ」
さらに眼前に広がっているのは開けた空、近くにはただよう雲。
正面の遠方には聖剣が眠る聖者の霊峰が見渡せるとともに、眼下には魔王城の姿もうかがえる。
魔王城の機構を用いて温泉場の周囲を結界で囲んでいるため、内部の気温は一定に保たれている。床も城にある仕掛けの浮遊板を使っているので空中浮遊の維持が可能というわけだ。
それらによって高所から望める広大な景色に目を奪われがちではあるのだが、注目するべきはそれだけではない。
「そしてこの場における主役はこれだ」
示したのは休日の合間に霧のたちこめる地域で採取した木材である、ヒノウキで作られた巨大な浴槽だ。
浴槽の角のくぼみには魔道具である転送球(受信側)を取り付けており、魔力を流すことで聖者の霊峰から湧いて出ている温泉が浴槽に流れ込むという仕組みになっている。
さっそくだがこの場所の披露も済んだところで、転送球に魔力を流して温泉を山より呼び寄せることにする。
「この湯の匂いはもしや温泉ですか?」
湯が浴槽にたまり始めたことによって匂いが漂い始めたからか、暗黒騎士もこれが温泉だということに気づいたようだ。
頷くことで暗黒騎士への返事として、ここがどういう場所であるかを配下たちに教えてやることにする。
「ここは天空温泉。密かに作り上げた歓楽街の目玉となる温泉施設よ!」
「なるほど……計画の第一段階が終わりというのはこういうことだったのですね。おみそれしました魔王様」
「うむ、では歓楽街計画の第一段階終了を祝して、今日のところは温泉で疲れを癒やすとしようではないか」
「おぉー!」
すると今度はアルラウネが浴槽を覗き込んだあとで、手からツルを伸ばして温泉に軽く触れさせようとするが、触れる前にツルを引っ込めた。
「わっ、魔王さまぁ。わたしとトレントさんはこれだと枯れちゃいますよぉ?」
「安心しろ、そのぐらいわかっている。二人はあっちの浴槽だ」
巨大な浴槽はあらかじめ二つ用意してある。
本来であれば男女を分けるためのものだが、今回に至っては特別だ。
「<豊かの水>」
魔力が多分に含まれている水を作り出し、もう一つの浴槽へ向けて放つことでその中身を満たしていく。
「さあ入るがよいぞ」
「うわぁーい水だー!」
一目散に水の満たされた浴場に突入していくアルラウネ。
「魔王さま、ありが……あ゛あ゛あ゛、疲れて水分の抜けた体に染み渡りますぅ~。トレントさんも入りましょーよ、気持ちいいですよぉ」
「デハ失礼シテ。……アア、至福ノ時」
トレントがそれに続いて着水する。
二人の満足げな顔を見たところで、こちらも湯に浸かるとしよう。
「では俺たちも湯をいただくとしようか」
「ええ、そういたしましょうか魔王様」
かけ湯の後に、もうもうと立ち込める湯気を放つ温泉に身を委ねる。
雪化粧によって純白の山となった景色を一望し、ゆったりとした時間は流れていく。
「暗黒騎士よ。率直な意見が欲しいのだが、天空温泉は気に入ってくれただろうか?」
「そうですね。この泡の出る温泉はもちろん景色も素晴らしいですし、これを人間族に振る舞うのはもったいないぐらいです」
「ククク、最高の褒め言葉であるな」
グツグツと泡立ち煮えたぎる気持ちのよい湯加減に人心地つきつつ、今日の疲れを落としていく我らなのであった。
これで魔王の未来と街の準備の章は終わりになります。
次回からは新章でツッコミ不在だった魔王城にようやく……な感じで進行していきます。




