第46話 シエナとソニア
森を抜けて街道に出た俺たちは、街道の脇の広場に簡易テントを貼って野宿することにした。
「ふ〜、やっと外の空気が吸えるわね」
助手席からおりたシエナは大きく伸びをしている。
「ソニア、乗り物酔い…というか気分が悪くなったりはしてない?」
「えぇ、大丈夫よ。ありがとうシリウス」
ソニアはきれいな金髪をかきあげて優しく微笑んだ。
「ちょっと!なんで私の心配はしないのよ!」
後ろからシエナが飛びついてきた。
「だ、だ、だってシエナはもう何度も乗ってるじゃないか!」
ほんとにこの子はこんなにスキンシップ多くて良いのだろうか?日本なら間違いなく俺はあらぬ疑いをかけられるに違いない。
「初めて乗ったときだってそんな心配されませんでしたー!」
「そ、そうだっけ!?」
「フフフフ、仲がいいのね!」
ソニアが俺たちを見て楽しそうに笑っている。シエナもそれで少し恥ずかしくなったのか俺から飛び退いた。
「ま、まぁそれは良いとして……シリウス!海にはあとどのくらいで着くの?」
「え?あぁ……今日はここで野宿するとして、明日の昼には着くと思うよ」
距離にすると東京神奈川間と同じくらいってところだろうか。
その間にソニアとシエナが一瞬何かを目配せしたような……気がする。
「そんなわけだから、今日は早く休もう。二人は先にこのテントで休んでていいよ」
「……え?シリウスはどうするの?」
ソニアが不思議そうに訊ねた。
「どうする……ってこっちにもう一個テントを張るんだよ?」
「……どうして?」
「どうして……ってそりゃぁ……」
こんな美女二人と同じテントの中で寝るなんてできるわけ無いでしょーが!
「な〜に顔赤くしてんのよ!ほら、こっちへ来なさい!」
そう言ってシエナに首根っこを掴まれたままテントの中に放り込まれた。相変わらずすごい力だ。
「さて、と。ソニア、私達も明日に備えてさっさと寝ましょ!」
「あ……そうね!」
ソニアは目を丸くしてその様子を眺めていたが、やがて楽しそうに笑みを浮かべてシエナと一緒にテントに入ってきた。そして二人はテントの真ん中に転がったままの俺の両隣に寝そべった。
「え、えぇ!?いやいやいや、俺端っこでいいから!ていうかせめて端っこにしてください……」
「さぁて寝よ寝よ!おやすみ〜」
「フフフッ、そうね。二人ともおやすみ」
………二人はそのまま真ん中の俺の方を向いて寝てしまった。
10分後、スースーとシエナの寝息が聞こえる。
さらに10分後、むにゃむにゃとソニアの寝言が聞こえる
さらに10分後、寝相で少し動いたソニアの顔が俺に近づいたのが横目に感じられる。
さらに10分後、シエナが寝相を変えてその手が俺の手にかすかに触れている。
…………
………
……
…
ダメだ、いろいろ気になりすぎてどんどん目が冴えていく……
◇◆◇◆◇
遡ること2日前……
シエナは、シリウスに内緒でソニアを森に誘った。
ソニアもシエナには聞きたいことがたくさんあったので、シエナの誘いを喜んで受けた。
そして二人は薬の精製に夢中なシリウスをおいて、二人で前日にハーブティを楽しんだ森の広場にやってきた。
「シエナ……どうしてわざわざ誘ってくれたの?」
「え?だってこれから一緒に旅するんだし、もっとソニアのこと知っておきたいじゃない?それに、ちょっとした打ち合わせもしたかったしね」
「フフッ、そうよね。私もシエナのことはもっとよく知りたいと思っていたの!」
「私のこと……?」
「そう、昨日シリウスが、シエナも昔自分の意志で親元を離れて人の世界にやってきた、って言ってたから」
そしてソニアは昨晩シリウスに聞いた9年前の出来事から順を追ってシエナにインタビューを繰り返した。
「そう!そこがまず気になったの!どうしてシエナは、シリウスと一緒にジーフ山を降りようって思ったの?シリウスは「なんかすごく懐かれて……」とか言ってたけど」
「懐かれてって……人のこと子犬みたいに……でもそう言われてみれば、うーん……なんでだったかな?あぁ確か、シリウスって小さい時は今みたいに強くなかったんだけど、でも一回教えたことはなんでもすぐできるようになっちゃって、すぐに私と遊べるくらいになって、年も近かったしなんかすごく楽しかったのよね」
「一回教えたこと?」
「そう!例えば、私は気配を消して隠れたり、相手に気づかれないようにして近づくのがすごく得意だったんだけど、最初シリウスとかくれんぼした時はほんっっとダメダメで全然面白くなかったのよ?でもちょっと教えたらすぐ同じようにできちゃって!」
……いや、まず6歳で気配を消して遊ぶってなんだろう……
しかしそんなソニアの疑問はお構いなしに、シエナは昔を思い出しながら楽しそうにソニアにシリウスとの初対面を話して聞かせた。
そしてソニアには、そんな風に一緒に遊び回った友だりなどいなかったので、シエナの楽しそうな顔がとても眩しく見えた。
「魔法だってそうよ!最初にあったときからシリウスは魔法が使えたけど、今みたいに強くなかったの。でも、今じゃ私の魔法を打ち消しちゃうんだからビックリよねぇ」
ソニアには「鑑定」スキルはない。その為、シリウスが一体どれほどのステータスを持っているのかなど知る由もないのだが、最強種である龍族の魔法を人族が打ち消すなど本来あるはずもなく、シリウスの強さが尋常では無いことは明らかだった。
「そう……なんだ。私てっきりシエナがシリウスのことを守ってるんだと思ってたわ」
「守る?無理無理!そりゃ単純な力比べならまだ私のほうが上だろうけど、戦うってなったら互角か下手したら負けちゃうわ!」
第一印象できっと負けず嫌いだろうと思っていたシエナが(実際そうなのだが)、こんなにもあっさりとシリウスの実力を認めていることにソニアはさらに驚いた。
「そっか……シエナはシリウスのことを認めてるのね」
同時に、二人の間に強固な信頼の絆が有ることを感じ取ったソニアは、これからそこに自分が割って入ることに些かのためらいを感じ始めていた。
「私、ついていって二人の邪魔にならないかな……?」
こういう言い方はズルいと分かってはいたが、ついそのまま言葉になって出てしまった。ソニアは言葉を発した後、気まずそうにシエナに目をやった。
「邪魔?なんでよ?」
しかし、シエナはそんなこと少しも気にしていない様子だ。
「だって……私、二人に比べて何も秀でたものがない気がするんだけど……」
ソニアの不安はまさにその点にあった。魔法が得意だと言われているエルフ族なのにその全力の結界をシリウスには破られたわけだし、ソニアには他に誇れそうなものが思い浮かばなかったのだ。
「強いとか弱いとか、そりゃ私とシリウスはよくそういうので張り合ってきたけど……弱いから仲間じゃないとか、強いからエラいとか思ったことは一度もないよ?どっちかって言うと、仲間ってのは強さとかそういうのじゃなくて、相手を信じて相手のために頑張りたいって気持ちがあるかどうか、が大事なんじゃないかな?」
シエナはそう言うとまじりっ気のない笑顔でソニアを見つめた。
「信じて……頑張る、か」
「うん!あ、あと、シリウスが昔作ったシリウスの家の決まりに『働かざるもの食うべからず』って言葉があるの」
「働かざるもの……食うべからず……?」
「そ!みんなのために頑張らなかった人はごはん抜き!っていう恐ろしい教えよ!だからこれからはソニアも出来ることをちょっとでもやっていかないと、ごはん抜きにされちゃうかもしれないからね!」
ソニアは、まだ出会って間もないシエナが、仲間の枠の中にしっかり自分も入れて話してくれていることがとても嬉しかった。
「フフフッ、うん!まかせて!」
ソニアも心からの笑顔を浮かべてシエナに応えた。
「あ、ところで、シエナは私に何の話があったの?」
「あぁ、そうだった!シリウスのことよ!」
「え?シリウスが何か……?」
さっきまで笑顔でシリウスについて話していたシエナの表情が急に真面目モードに切り替わり、ソニアもそれに合わせて身構えた。
「そう、私の友達のララって人から聞いたんだけどね……シリウスって……」
ソニアはゴクリとつばを飲んで、シエナの話の続きを待った。
「『ムッツリスケベ』って言う病気らしいの」
「病気!?」
ソニアには『ムッツリスケベ』が何かはまったくわからなかったが、病気と聞いて不安に駆られた。
「そう、シリウスって私やララが近づいたり後ろから抱きついたりするとすぐに顔を赤くして慌てて逃げ出すのよ。」
「放っておくといつか心が爆発人を襲ったりする恐ろしい病気らしいわ……最近だんだんひどくなってきてるの」
シエナに冗談を言っている様子は無い。だとするとこれは本当の話なんだろうか?いや、そんな病気が果たして本当にあるのか?
「そ、それで……その病気は……治るの?」
「えぇ……時間はかかるけど」
「どうすればいいの?」
「それは……」
シエナは、なにかをためらうようにしばらく唸ったりもじもじと身をよじったりしていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「ちょっとずつ、シリウスにスキンシップをしてあげたり、近くにいてあげて安心させてあげることでいつか治るらしいわ」
シエナは当たり前のようにそれを信じて疑っていない様子だ。きっとシエナ自身もその人間の友人にからかわれているんだろうということは何となくすぐに察することが出来た。
「フフッ、フフフフフッ」
ソニアはそれが面白くてつい笑いがこみ上げてきてしまった。
「ちょ、ちょっとソニア!?笑い事じゃないのよ!?このままだとシリウスが」
「フフフ、そうね、ごめんなさい。で、なにか作戦は有るの?」
「え、えぇ……最大のチャンスは旅の途中で野宿をするときよ!街に入ると別々のベッドで休むから難しいけど、野宿ならテントの中で一緒に休むはずだから……その時を狙って私とソニアが両隣にくっついて……その……一晩一緒に寝るの!そうすれば、長時間近くにいることになるし、きっとシリウスの病気も治るはずよ!」
「フフフ、良いわ。じゃぁそのタイミングが来たらやってみましょ」
「うん!ララが言ってたけど、私たちは恥ずかしがっちゃダメなんだって!ソニアも気をつけておいてね!」
シエナは真剣な眼差しでソニアを見つめた。
◇◆◇◆◇
そして野宿明けの朝……
俺は結局一睡もできないまま二人の間で固まっていた。
「ふぁぁぁ………もう朝?」
「お、おはようシエナ。もう朝だよ」
「ん……んん……シリウス、シエナおはよう」
二人も目を覚ましたところで、俺たちはゆっくりと起き上がった。
「シリウス!どうしたのその顔!?」
シエナは俺の顔をチラリと見る、驚いたように二度見して、俺の鼻先まで顔を近づけた。
「シ、シエナ近いよ……」
「シリウス、もしかして昨日眠れなかった?」
ソニアが反対側から俺に訊ねた。
「えっと……まぁ、ちょっと目が冴えちゃってね…ハハハハ……」
「そんなぁ……」
すると何故かシエナが落ち込んだ。いったいどうしたんだろう?
「フフフ、シエナあのことシリウスに話しても?」
「う、うん……」
そして俺はソニアから今回の二人の行動の経緯を聞かされた。
「ララさん……それにシエナ!どう考えてもおかしいって分かるよね!?」
「……ごめんなさい……」
俺はとりあえず今度ララさんに会ったら断固抗議しようと心に誓い、シエナの額にデコピンを一発おみまいすると、そのままフラフラとテントの外に出た。
「いてっ」
「まぁ、済んだことはしょうがないよ。それより、港町に急ごう。そしたら俺はそこで寝るから」
「フフフ、そうね」
「はーい……」
その後、俺は今更襲ってきた睡魔に抗いながらエストレーラを走らせた。港町に近づくに連れて開けた窓から入ってくる潮の香りが濃くなるのが感じられた。
そして昼過ぎ、最後に低い丘を一つ越えたところで俺たちの眼前に広大な海が姿をあらわした。
こうして俺たちは、次の目的地であったブルドー公爵領の港町に到着した。




