第45話 森を抜けて
3人仲良くキノコ狩りから帰ってきた俺たちは、村でソニアから薬の製法を教わった。俺には薬師のスキルがあったけど、実際に作ったことが有ったのは標準的なポーションだけだったし、ソニアから教わった製薬の技術はとても勉強になった。
……シエナは話半分に燻製肉にかじりついていたんだけどね。
その翌日は朝から、森に群生している様々なハーブを採取し、ハイポーションや解毒薬などの一般的な薬を大量に生成して過ごした。
そんなに大量の薬を作ってどうするんだ、という点についてはちゃんと理由がある。
ポーションの生成中にふと試してみて分かったことだが、液体のポーションを煮立たせて水気を飛ばし、最後に残った粉末にもう一度水を加えてよく混ぜてみたらやっぱり元と同じポーションになるのだ。
この大発見(自称)のお陰で、大量の瓶をエストレーラに積み込む必要がなくなり、各種合わせて小瓶数百本分はあろうかという大量の薬がなんと小さな箱一つで収まるという大革命(自称)が起こった。
とまぁ俺がこんな感じで楽しくやっている間に、ソニアとシエナは二人で森に入っていたみたいだけど、帰ってきたときには昨日よりさらに、まるで姉妹のように仲良くなっていた。
一体何があったんだろう?………気になる。しかし、二人は何度聞いてもそれを教えてはくれなかった。
そんなこんなで、今はあっという間に3日目の夜……
俺たちは荷物をトランクに詰め込み、出発の支度を整えていた。
「シリウス、シエナ……ソニアを頼んだよ」
そこへやってきたのはメルリアさん。
「もう!大婆様ったら!私はただのお荷物じゃないんですよ!」
ソニアがメルリアさんに必死の抗議をしていた。
「どうだかねぇ……まぁ、達者でね。せっかくの機会なんだ、こっちのことは気にしなくていいから、外の世界を好きなだけ学んで来るといいさ」
メルリアさんは穏やかな笑みを浮かべて、ソニアの頭をなでた。
「はい、人の世界のことも、エルフ以外の種族のことも、たくさん勉強してきます………そして、しっかりとエルトレスの今を確認してきます」
「……あぁ、そうしな」
メルリアさんは、ソニアの頭から手を離すと反転して屋敷に向かって歩き出したが、数歩進んだところで足を止めた。
「ソニア、あんたに精霊王のご加護があらんことを……」
それだけ言って再び歩きだし、そのまま建物の中に消えていった。
「……ありがとう、おばあちゃん……」
ソニアは小さくつぶやくと、さり気なく目尻の涙を拭った。そして両手で自分の頬をパンッと叩き、
「さ、行きましょ!」
といってエストレーラの後部座席に乗り込んだ。
俺とシエナもそれぞれ座席に乗り込んで、エストレーラはゆっくりと進みだした。
バックミラーに目をやると、建物の奥に下がったはずのメルリアさんが再び姿を表していた。
やっぱり、心配なんだろうね。
「ソニア、後ろ。メルリアさんが見送りに出てるよ?」
俺はソニアも別れを惜しんでるだろうと思って声をかけたけど……
「分かってるわ。大婆様なら、きっとそうするって。でも今は私、前に向かって進むから絶対に振り返らないの!」
そう言ってソニアは口をきゅっと横に結び、頑なに前だけを見つめていた。
そして新たなメンバーを加えて俺たちの旅は再開された。
−−−数時間後−−−
しんみりした空気も一旦落ち着き、シエナはワーワーと即興の歌を熱唱している。ソニアはそれを見ながらクスクスと笑みをこぼし、俺は安全運転でエストレーラを走らせていた。
「……っ!」
最初に異変に気づいたのはシエナ。ソニアと俺も続いて何かの気配を感じ取った。
エストレーラをその場に停め、しかし外には降りずに窓から様子をうかがっていると、すごい数の小さな人型の何かがぞろぞろと茂みの中から姿を表した。
「トロール!?こんなにたくさん、どうして?」
ソニアが驚きで声を上げた。
正面の何体かはヘッドライトに照らされてその姿があらわになっている。それは、人間の幼児ほどの身長だが、異様に体格がよく、それぞれが棍棒や石斧を持って立っていた。
「あいつら……魔法が使えるんだ?面倒だし、このまま跳ね飛ばしていこっか?」
俺の鑑定した結果によると、トロールは土魔法が使えるようだ。俺の愛車に石でも投げられたら嫌だし(多分エアバリアに阻まれて傷はつかないけど)、さっさとここを抜けることだけを考えていた。
「ちょっと待って!様子がおかしいわ」
ソニアはそう言うと、1人外に飛び出した。
「え!?ちょっとソニア!?」
俺とシエナも慌てて外に飛び出す。しかしソニアはヘッドライトを塞ぐようにその前に立ったまま、微動だにせずじっとしていた。
「……そうだったのね……ごめんなさい。私たちはあなた達の探しているソレではないわ」
最後にそう言うと、ソニアはこちらを振り返った。それに合わせてトロールたちが一斉に茂みの中に下がっていく。
「ソニア……トロールとも会話ができたの?」
「えぇ……」
「それで、彼らはなんて?」
「それが……信じられないんだけど、彼らの仲間が大きな何かに襲われてたくさん殺されてしまったそうなの……」
トロールの言葉からはその実態がつかめなかったようだ。ただ巨大な何かが次々と仲間を踏み潰していったらしい。
「そして、その子供が次々と彼らの仲間を捕食していったそうよ……」
捕食って……さっきトロールの姿を見てしまった以上、はっきり言わせてもらうがいくら腹が減ってもアレを食おうとは思わない。さすがのシエナだって、きっとそうだろう。
「……トロール……魔法……魔力……食べる……大きい……」
しかし、その間にも俺の特技「分析」が次々にキーワードをつなげていった。
…………いやいやいやいや…………
そしてその時正面の木々がガサガサと大きく揺れて何かがこちらに近づいてくるのが分かった。しかも凄まじいスピードで。
「シリウス……これって……」
シエナがすごく嫌なものを見る目で俺を見た。多分俺と同じ結論に本能的にたどり着いたんだろう。
「二人共すぐにエストレーラに乗るんだ!」
俺の号令とほぼ同時に、二人はドアを開けて車内に乗り込んだ。俺は二人が無事にエストレーラの中に避難したのを確認すると自分も運転席に乗り込んでエアバリアを最大出力で展開した。
正面の茂みの奥に退いて行ったトロールたちが、一斉にこちらに向かって走ってくる。そしてそれを追いかけるように「ヤツ」が現れた。
「悪魔の虫……」
3日前に見かけたやつがほんの子供に思えるほどに巨大な、大きさで言うならリムジンバスくらいの巨大なG、その後ろには無数のスケボーサイズ……これはもうホラーでしか無い。
「うおぉぉぉぉぉ!!!」
俺はエストレーラに備わっている空気砲を目の前の親玉めがけて連射した。
しかし、大きくなっても奴はG。そう、初速からMAXなのだ。
ガサガサバキバキッとその辺の木々を薙ぎ倒しながら空気砲をかわす、そして側面からエストレーラに近づいて巨大な前足で思い切り俺の愛車を踏みつけてエアバリアに盛大に弾き飛ばされた。
「うえぇぇ……もう全部燃やしちゃいたい……」
シエナはものすごく気持ちが悪そうにしている。俺も空気砲がまったく当たらずだんだんイライラしてきた。
「……私がなんとかしてみる!」
ソニアは後部座席で静かに瞑想し、魔力を練り始めた。
「おぉ!」
そして、エストレーラの横に突如としてバスケットボールくらいの光の玉が現れた。
「ソニア……これは?」
「風の精霊……」
そして光の玉(精霊)は残像を残すほどの速さで周囲をピンボールのようにジグザグと飛び回った。
その速さはまさに音速、いくらGでも躱すことはできなかった。
「す、すげぇ……」
スケボーサイズはあっという間に次々と木っ端微塵になった。
しかし、小さな光の玉じゃ巨大なリムジンバスサイズには大してダメージを与えられていないようだ。間違いなく嫌がってはいるが、俺とシエナが魔法を使うには外に出る必要があるが、あんなのがいるところに出ていきたいとは思わない……
「まだよ!」
ソニアが力強くそう言い放つと、今度はもっとはっきりと姿かたちの確認できる一回り大きな精霊が外に現れた。
「風の中位精霊……エアリー!」
エアリーは瞬間移動のような速さで巨大Gの前に立つと、スッとGに向かって腕を振り下ろした。
すると、幾つもの強力な真空の刃が次々とGの身体をえぐり刻んでいった。
「すっごぉい!」
さっきまで両目を塞いでいたシエナも、目の前に現れた神秘的な精霊の猛攻に息を呑んで見入っている。
そして、それほど時間もかからず巨大Gは絶命し、そのままバラバラに分解された。
「ふぅ……」
敵の殲滅を見届けたソニアが精霊の召喚を解除した。
「すごいじゃないソニア!バシュバシュって感じでかっこよかったわよ!」
シエナはソニアの手を取ってブンブンと上下に振っている。
「フフフ、ありがと!エルフの魔法、初めて見たでしょ?」
ソニアは得意気に俺とシエナを見てニコリと笑った。
「うん!すごいね!アレは自分の魔力で精霊に戦ってもらう魔法なの?」
「えぇ、でも戦うだけじゃなくて使い手のイメージに合わせて守ったり、生活の手伝いをしてくれたりもするのよ?」
それって、つまり俺たちの使う魔法よりすごく自由度が高いってことだ。さすがは魔法に特化していると言われるエルフ族。
「シリウス……どうせ「ソニアは俺が守る!」とか思ってたんじゃないのぉ?こりゃ守られるのはシリウスの方かもね〜」
シエナは、そう言って俺の脇を肘で小突いた。
……そりゃ、ちょっと思ってたよ?……いや、思うでしょ?
「フフフ、全然守ってくれてもいいのよシリウス?」
ソニアもシエナに悪乗りして意地悪く笑っている。
「じ、じ、自分の身は自分で守ろうね!」
俺はそう言ってハンドルを握り、ごまかすようにアクセルを踏み込んだ。
「あ、シリウス照れてる〜」
シエナはそう言ってまた俺の脇を小突いてクスクスと笑っていた。
…………
………
……
…
その後しばらく走って俺たちはついに森を抜け、王都と反対側の街道に出た。
「わぁ星がキレイねぇ!」
「ほんと!こんなに広い空を見たのは久しぶりだわ!」
さっきまで木の葉で隠れていた空が一気にひらけ、空には満月と競うように光るたくさんの星が輝いていた。




