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第12話 戦場へ

 実は貴族だったルミナから、屋敷を購入してひと月がたった。

 俺たちはというとあれから何度か仕事をしたが宿にいたころに比べたら極端にその回数は減った。

 その理由は金がかからなくなったことが大きい。

 まず、自宅があるので宿代がかからない、食事代も俺たちが以前から狩りだめておいた獲物が大量に、魔法の袋に入っているので、そこから食糧庫に入る量だけを、少しずつ出して使ってもらっている。

 最初、使用人たちの前で魔法の袋から獲物を取り出したときは驚愕された。

 ちなみに暗殺者はあれからも時々やってくるが、俺たちがやるまでもなく使用人たちが撃退してくれている。

 驚いたがよくよく考えたら暗殺ギルドの元々のターゲットは貴族であるということは、必然的に貴族屋敷の使用人たちは精強である必要があるのだろう。

 おかげで俺たちは楽ができている。

 というわけで俺たちの最近の1日は、まず朝起きたら武術の修業をする。

 これをしないと俺の場合は確実に腕が鈍ってしまうからさぼれない。

 最近は、時間の空いている使用人たちに武術指導まで行っている。

 そして、冒険の依頼をするときはそのまま出かけるが、大半は家でのんびりとブルジョアな気分を味わっている毎日だ。

 今日もまた午後のひと時を庭で、フィーナとメイドさんの入れた紅茶を飲みながら過ごしている。

「今日も、平和だよなぁ」

「うん、落ち着くよねぇ」

 まったりと過ごしていた。

 しかし

「旦那様、奥様、お客様がお見えです」

 旦那様というのは当然家主の俺のことだ。

 奥様というのはなぜかフィーナのことだ。

 最初言われたときは「いや、俺たち、そんな関係じゃ……」と言おうとしたが、何やらフィーナが嬉しそうにしておりそれ以上言っては後で怖くなるような気がしてそれ以上言えなかった。

 というわけで定着してしまったというわけだが……

「客? 誰だ」

「はい、冒険者ギルド長のクジャリ様です」

「ギルド長?」

「何の用かな」

「さぁ、まぁ、いいや、通してくれ」

「かしこ参りました」


 俺たちが応接室に入るとクジャリは陽気な感じで出されたお茶を飲んでいた。

「よう、お前ら、ずいぶんいい家に住んでるじゃないか」

「偶然売りに出されましてね、それで、何の用です」

 俺はとりあえず用件を聞くことにした。

「特別依頼だ」

 何やら突然真剣な顔で仕事の話をしてきた。

「特別依頼、俺たちに指名……」

「いや、ランク10以上の冒険者全員だ」

「全員、それはまたってまさか」

 俺は思い当たることがあった。

 そのまさかとはいわゆる戦争だ。

 この国は4方を他国に囲まれ1方は未開地という立地であり、何より他国では奴隷としている俺たち先住民を平民としているという点から、4方のうち北西隣に位置するシュミナは初代国王の出身国ということもあり同盟を結んでいるが、他の3国は敵国となっている。

「そうだ。北の国境ミドクリグからの要請でな。かなりやばいらしい」

「……はぁ、それで、出発は?」

「明日だ。朝、北門に集合だ」

 早いと思ったが、考えてみたらギルド長自ら来た時点で切羽詰まっているということだろう。

「了解」

「わかりました」

 俺たちは了承した。というかこの依頼は断れない系の依頼だった。


 次の日、使用人たちが手早く準備をしてくれたおかげですぐに出発することができた。

「それじゃ、行ってくる」

「行ってきます」

「行ってらっしゃいませ、ご武運をお祈りいたします」

「「「ご武運を」」」

 マドリスを始めとした使用人たちに見送られながら俺たちは洗浄に向かうために北門に向かった。


 北門につくとそこには意気揚々と意気込んでいるもの、顔を真っ青にしているもの、すでに表情が死んでいるもの、中には家族と泣きながら別れを惜しんで抱き合っているものまでいた。

「ほんとに、戦場に行くって感じだな」

「う、うん、みんな無事に帰れるといいけど……」

「そうだな」

 俺とフィーナはなんだか他人事のようにそんなことを話していた。

「よう、ファルターに、フィーナの嬢ちゃんじゃないか」

 するとそこに現れたのは俺たちがランク10となってから知り合ったグフタスという20代後半の偉丈夫だった。

「グフタスか、家族との別れは済んだのか」

 このグフタスにはまだ3歳の娘がいる。

「おいおい、そんなものは必要ねぇさ、俺は生きて帰ってくるからな、お前らだってそうだろ」

「まぁ、一応な」

「まだ、死にたくないし」

「そりゃぁ、そうだ。俺だって、ミリーを残して死ねるかよ」

 グフタスはかなり気合が入っている。

 実はこの男、見た目はかなりいかついが、かなり娘のミリーを溺愛している。

 一度あったからわかるが、確かに可愛かった。俺はその時フィーナとほんとにグフタスの子供かと結構本気で疑ったほどだ。

 とにかくそろそろ出発の時間のようだ。

 それぞれが馬車に乗り込んでいった。

「ミリー、行ってくるぞー。いい子にしているんだぞー」

 最後にグフタスが娘の名前を叫んでいた。

「パーパ、いってらー」

 そんなグフタスに娘がいつものように手を振っていた。

「死亡フラグだな、こりゃぁ」

 俺はそんなグフタスを見てそうつぶやいた。

「なにそれ」

 そのつぶやきにフィーナが食いついた。

「ああ、俺の前世の世界では、あんな感じの別れかたとか、無事に帰ったら結婚するんだ。とか、そういうことをすると生きては帰らない、って言われているんだよ」

「そうなの、大丈夫かしらね」

 フィーナは本気で心配していた。

 主に残されるミリーをだが……


 俺たちランク10以上冒険者一行がセルミナルクを立ってから8日が経過した。

「おっ、あれか? ミドクリグ」

 ようやく街の城壁が見えてきた。

「見た感じ、セルミナルクに似ているね」

「ああ」

「確か、人口はセルミナルクのほうが多いハズだぜ」

「そうなのか」

「まぁ、国境の街だけあって住人はほとんどが兵士とその家族だけどな」

「ああ、なるほどな」

 俺たちはそんな呑気に会話をしていたが、出発前にこの世の終わりみたいな表情などをしていた連中はますますヤバそうな事になっていた。

 街に入ってすぐのところで馬車を降りようとしたところ突然声をかけられた。

「お前ら、セルミナルクから来た冒険者だな」

「え、えっと、そうだけど」

 突然のことで俺はとっさにそれしか言えなかった。

「悪いが、そのままブルックリム要塞に向かってくれ」

「はぁ、俺たちは今来たところだぞ」

 誰かがそういった。

「ああ、わかっている、俺としても歓迎したいんだが、上からの命令でな。すぐに来てほしいそうだ」

「まじかよ」

「ところで、あんたは?」

 ここで、誰も気にしなかったことをグフタスが聞いた。

「ああ、悪い、俺はここミドクリグ平民冒険者ギルドギルド長をしている。ガイバーだ」

 俺たちを止めた男はここのギルド長だった。

「ギルド長じゃしかたねぇ、みんな行くぞ」

 ぐずるみんなをグフタスがなだめ俺たちは再び降りかけた馬車に戻り、一路今度はブルックリム要塞に向かった。


 ミドクリグから約1日かけてブルックリム要塞にたどり着いた。

「ようやくかよ」

「さすがに馬車に9日ってきつすぎんだろ」

「まったくだぜ。なんだってこんなに急がしたんだよ」

 みんな文句ばっかりだ。かくいう俺もかなり文句を言いたい。

「戦況ってどうなっているんだ。これで、負けてたとかだったら最悪だぞ」

「ああ、とりあえず要塞の司令官にあいさつに行かないとな」

「それがあったな。それで、誰が行くんだ」

 さすがに大勢で行くわけにはいかない。

「俺が行ってくる、お前らはちょっと待ってろ」

 ここでグフタスが動いてくれた。

 そしてグフタスが司令官にあいさつに行ってから数分、グフタスがもう帰ってきた。

「早かったな」

 俺はグフタスにそういった。

「ああ、あれはだめだな」

 いきなり妙なことを言い出した。

「何がだ?」

「あの司令官、俺を見るなり、さっさと配置につけ、だとよ」

「配置ってどこだよ」

「さぁ、知らねぇ」

「なんだそりゃ、グフタス、お前兵士と間違えられてんじゃねぇか」

「それはないだろ、俺は鎧なんて来てないぜ。それに、セルミナルク冒険者だっての乗ったからな」

「それじゃ、一体……」

 俺たちは一様に首をひねっていた。

「ああ、お前らか、セルミナルクから来たっていう冒険者は?」

 するとそこに俺たちと同じように冒険者風の30ぐらいの男がやってきた。

「そうだけど、そっちは?」

「俺はミドクリグ所属の傭兵クランの代表をしている。ブリネオだ」

「傭兵クラン?」

 俺はこの傭兵クランが分からなかった。

「まぁ、お前ら、セルミナルクの連中にはなじみのないものだったな。傭兵クランというのは、簡単な話、戦場を糧にしている冒険者集団てことだ」

 どうやら、傭兵クランとは以前話したドラゴン討伐のクランの戦争バージョンみたいなものらしい。

「なるほどねぇ、それで、俺たちさっき司令官から配置につけと言われたんだが、どこだ」

「……それだけか」

 ブリネオもさすがにもっと言われただろうと尋ねてきた。

「ああ、それだけだ、俺が代表であいさつに行ったんだが、俺の顔を見るなりいきなりそういってきやがったんだ。なんだ、あれは?」

「ああ、すまん、えっと、あれは気にしないほうがいい、あれは司令官の地位にはいるがただの馬鹿だ」

 いきなり、司令官を馬鹿呼ばわりしてきた。

「おい、いいのかそんなこと言って、あれは貴族だったぞ」

 俺はそこで新たな事実に驚愕した。

「まじでか」

「ああ」

「そうだ、確かにあれは貴族で、最悪なことにミドクリグ領主の息子だ」

「……」

 俺たちは今度こそ絶句した。

「あいつは、普段は貴族ギルドに所属する冒険者でな。あまりにも部下にした平民冒険者たちの使い方が荒くてな。あいつには金を積まれても断れって俺たちの間では言われている」

「そ、それはひどいな」

「ああ、それだっていうのに、今回の要塞の司令官に父親が圧力をかけて押し込んできたんだよ。元の司令官は今副司令官になって司令官の後始末に追われているってわけだ」

 あまりにもひどい話だった。

「それで、戦況は?」

 俺は少し怖くなったが聞かずにはいられなかった。

「多分、予想通り、最悪だ。あの馬鹿のせいで俺たちがどんな作戦を立てても全部無駄にしやがる。そして、失敗しても俺たちのせいにするか、兵士を補充しろと言ってくる。兵士が無限にいると思い込んでいるようだな」

 予想以上に最悪な戦況だった。

 おかげで俺たちはみんな揃って絶句していた。

「まぁ、とにかくよく来てくれたよ。お前らは一応俺の下に入ってもらうつもりだから、ある程度は安心してくれ」

「……あ、ああ、任せる」

「……そ、そうね」

 こうして俺たちの最初で最悪の戦争が幕を開けた。

 ほんとに大丈夫か……

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