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夜襲



 新月の夜。蒸し暑い夜だった。


 草木も眠ると言われるその時間に、ウジルは戦場の最前線を目前にして、側頭部の烙印に触れた。


 微かに熱を持った火傷の跡が、ぶよぶよとしていて鳥肌が立つ。


 懲罰房では上官から左耳周辺の髮を剃られ、ナイフでΧ(バツ)印の傷を入れられた。


 その傷に「死への恐怖がなくなる」と、麻薬を刷り込まれてゆく。その行為は洗脳以外のなにものでもなかった。


 最後にその上からされたブエルト山脈をかたどった赤く焼ける鉄印の熱は、今もまだ微かに残っている。


 ウジルが分隊長から下ろされたのち、何度かの攻防でB区画は完全にオルラルに占領されてしまった。


 それは誰かの責任などではなく、圧倒的なまでの大国との戦力差によるものだった。


 大国相手に小国、ましてや内政もすでに破滅したこの終わった国がかなうはずもない。


 抵抗を続けるアンバー・ピューポルの武器の調達は、レアメタルを密売したその資金でそろえられている。


 レアメタルの利権を奪われないための戦争は、戦争をするためにレアメタルを売るという、本末転倒な結果を招いていた。


 これがいったい何のための戦争なのか、根本的な部分をアンバー・ピューポルの大人たちは誰もが見失っている。


「前線はもうすぐそこだ、ここで最後に作戦の確認をしておく」


 八人の分隊の隊員たちは、分隊長であるラシオの言葉に耳を傾ける。


「今回の夜襲は占領されてしまったB区画の奪還が目的だ。俺たちの分隊が任された仕事は、この作戦の中で最も重要な役割だから失敗はゆるされないぞ」


 隊員たちが息を呑み込む音がウジルにも聞こえた。皆、この決死の作戦の前に緊張を隠せないのだろう。


「ここから、二人ずつに分かれ、計四ヶ所に爆弾を仕掛ける。終わり次第B区画を抜け、C区画の隠れ家まで戻れ。全員が戻らなくても、時間が来たら起動ボタンを押すからそのつもりでいろよ」


「あの、ラシオ分隊長」


「どうした、ガレム?」


「爆発後はどうすればいいのでしょうか?」


「爆発を確認したら、アンバー・ピューポルの仲間が攻めこみ、B区画にいる敵を一掃いっそうする。

 俺たちの仕事は敵の主要施設に爆弾を仕掛け、それを破壊することだから、後は仲間が敵を蹂躙じゅうりんする様を眺めとけばいいってわけさ」


「了解です」


「よし、それじゃあ準備はいいか? 爆弾の起動は今から20分後だ。気合いを入れろ、絶対に成功させるぞ」


 八人は円陣を組み拳を合わせた。


 ラシオに続き全員が復唱する。


「正義は我らアンバー・ピューポルにあり!」


『正義は我らアンバー・ピューポルにあり!!』


「いくぞっ!」


『おうっ!!』


 ウジルは高揚する仲間たちの空気感についていけない、自分こそがおかしいのだと思い始めていた。



        □□□□□□□□□□



 ウジルとガレムは二キロずつの爆薬を持って、決められた目的地へと向かう。


 二人が任せられたのは、ビルラル軍が武器庫として使用している建物だった。敵国の武器が集まる場所、必ず破壊しておきたいポイントである。


「ストップだ、ガレム。見張りが居る。奴らも武器庫をそう手薄にしておくはずもないか……」


「撃ちますか?ウジルさん」


 ガレムは細い腕でゴツい銃器を抱え直す。


「いや、待て。銃声を聞かれたら他の敵兵まで呼ぶことになる。その方が危険だ」


 この状況下で冷静に判断をくだしながら、ウジルはガレムのことを想った。


 新しく兵士として育てる子供を拉致らちしてこい、と命令され、当時分隊長に成り立てであったウジルの指揮のもと、六人の少年を拉致し本部へと連れ帰った。


 ガレムはその中でも、とても気の弱い少年で、ずっと泣き叫んでいたのを覚えている。


(それが……たった半年でこんな子供になってしまうとは……)


 ウジルは見張り兵に鋭い眼光を向けるガレムに恐怖し眉をひそめた。


「どうしますか?」


「そうだな……」ウジルは時計を確認する。「迷っている時間はあまりなさそうだ」


 辺りを見回し石ころを拾い上げる。


「今から石を投げて見張りの気をらす。おそらく異変がないか奴が確認に行くだろうから、その隙をついて爆弾を仕掛けるんだ」


「なるほど、わかりました」


「本当は武器庫の中にも敵がいないか確認したいとこなんだが、とにかく時間がない。無人なことを願いたいが、いたら殺して構わない」


 ガレムは深く首肯して銃器を握り締めた。


 ────ガンッ。


 何かの建物に当たった石は、暗闇の中で音をたてる。


 見張り兵は敏感に反応し、異変の確認へと走った。


「よし、今だ」


「はいっ」


 静かにしかし素早く、二人は武器庫へ向け走り出す。


 ガレムが周囲を警戒し、ウジルは惰性のようにつけられた簡素な南京錠をじ開ける。


「開いたぞ」


 銃器を構え中に進入、敵兵はいないようだった。


 武器庫に侵入した二人は目を見開いた。


「……ウ、ウジルさん……これ……」


「……っ、驚いている暇はない、早く爆弾を仕掛けろ」


 ガレムが呆然とするのも無理なかった。かくいうウジルでさえ、この膨大な数の兵器に恐れおののいている。


(アンバー・ピューポルはその日に使う武器すら不足しているというのに、オルラルは前線にある簡易武器庫ですらこの量の兵器があるのか)


 爆弾を仕掛ける手の震えが止まらない。

 額を流れる汗が目に入った。


(もしオルラルが本気で僕たちを攻めてきたら、勝敗なんて一瞬でついていまうんじゃないのか?)


 冷や汗が大量に吹き出し、ウジルのシャツを嫌に湿らせる。


 背中に貼り付いたシャツの冷たさが、ウジルの冷静な思考をギリギリで繋ぎ止めていた。


「ガレム、終わったか?」


「は、はい」


(……ガレムも声が震えている。無理もないか……)


 ウジルは扉を少し開け、周囲を伺う。


 敵兵がいないのを確認すると、二人は目配せをして武器庫を飛び出した。後は撤退し隠れ家まで戻るだけだった。


 しかし、


「───敵兵だっ!!」


 背後で男の声が響いた。


(しまった、見張り兵がもう戻ってきたのか……)


 振り返ると遠くで火が弾けるのが見えた。


 バババッと、音とともに右腕に強い衝撃が走り、ウジルはよろめいた。


 ガレムのその小さな体躯たいくは、宙を舞った。


「……ガレ、ム」


 足の指先から体温が急激に低下していくのがわかった。


 四肢を投げ出しだらしなく地面に張りつくそれをウジルは見下ろす。


 ガレムだったその塊からは血が大量に流れ、砂と混じって汚れていた。


「──────────」


 ウジルは持っていた銃器を取り落とす。


 右腕からは血が溢れ、仄かな硝煙が匂いたった。


 この沈黙がうるさく耳障りで耳を塞いだ。


(…………ガレムが…………死んだ?)


 気が付くとウジルは走り出していた。銃器も何ももたず、無防備な彼は冷静さを欠いていた。


 戦場において冷静さを失うことは死を意味する。

 それは誰よりもウジルが知っていることだった。


 しかし、そんな思考の余裕など今のウジルには微塵もなかった。


(ガレムが死んだ、ガレムが死んだ、ガレムが死んだ、ガレムが死んだ、ガレムが死んだ、ガレムが、ガレムが、ガレムが、ガレムが、ガレムが────)


 ──────ガレムが────死んだ────。


 紛れもないただの事実をウジルは頭の中で反芻はんすうする。


 二年前、父親が隣で死んだあの日の光景が脳裏をよぎった。


 あのときの血の匂いがよみがえる。今ではもう日常となってしまったあの匂いを、ウジルはまた嗅いでしまった。


 あの日からウジルにとって死は、生よりも身近な存在だった。


 隊員の仲間が死んだのも一度や二度じゃない。

 それ以上にウジルは敵兵を殺してきた。


 しかし、ガレムの死という些細な出来事がウジルをさいなむ。


(……もしも、僕がガレムを拉致しなければ)


 嫌がり、泣き叫ぶガレムを強引に拘束したあの瞬間を鮮明に思い出す。


(……もしも、僕が、僕が────)


 銃器を握らせ、撃ち方を教え、麻薬を与えた。


 上官からの命令だったとはいえ、ガレムをこうさせてしまったのは間違いなくウジルだった。


(ガレムを殺したのは……僕だ……)


 今までたくさんの敵兵を殺してきた、見殺しにしてしまった仲間も少なくない。


 しかしそれは、アンバー・ピューポルが、敵国オルラルが、この戦争こそが殺してきた命だった。


 自分が巻き込み、目の前で死なせてしまった少年は、彼はいったい誰に殺されたのか。


(……僕は……人殺しだ)


 遠くで銃声が聞こえる。張り付くシャツは冷たかった。


 ウジルは止まることなく走り続けた。



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