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琥珀色の瞳  作者: アキラ
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待ち人


 流れ出た血は右腕を伝い、指先から地面へと落ちた。


「おう、来たかウジル……」


 血にまみれたラシオは隠れ家の壁に背中を預け、両足を投げ出し座っていた。


「こいつもさっき帰って来たんだけどな……もう死んじまった」


 そう言われてウジルは、ラシオの横に転がるものが人間であることにようやく気づいた。


「他の皆は?」


「わからん。オルラルも夜襲は警戒してたんだろう、俺も結構痛い目にあった」


「……そうか、僕も右腕をやられた」


「ハハ、お前はましな方だろ、さすがだよウジル」


「なんだそれ、皮肉ってるのか?」


「いやいや、めてるのさ。お前はいつも冷静で、上官たちよりずっと大人だった」


「なんだよそれ、お前が僕を誉めるなんて……」


 ウジルはラシオの隣に腰を下ろす。


(……まるで、もう死んじゃうみたいじゃないか)


 近くで見るラシオは、今生きているのが不思議なくらい負傷している。


 ゆっくりとした動作で、彼は爆破起動のボタンを取り出す。


「そろそろ時間だ、俺たちの活躍のお披露目ひろめといこうじゃないか」


 ラシオはボタンに付いたカバーを親指で跳ね起こす。


 時計を見てウジルがカウントを刻んだ。


「5、4、3、2、1」


「行くぞ」ラシオはボタンを押し込んだ。


 ドーンッと、各地に仕掛けた爆弾が爆音をあげる。数秒後にはその衝撃と震動がウジルたちのいる隠れ家を揺らした。


「ハハ、大成功だな」ラシオが天上を見上げ笑う。「オルラルの奴らが慌てふためいている様が目に浮かぶよ」


「やっと僕たちの仕事も終わったというわけか」


「ああ、そうだな。そうなんだか……」


 ラシオは拳銃を取り出す。いつも使っている銃器に比べてそれはとても小さく、可愛く見えた。


「頼みがあるんだ」


「うん?」


「こいつで俺を殺してくれ」


 そう言って、彼はウジルに拳銃を渡す。


「い、いや、どういう意味だよ」


「そのままの意味さ、俺を殺してほしい」


「ラシオを殺す? 僕が?」


「ああ、この傷だ、どうせ俺は助からない。でもオルラルの奴らに殺されたくはない、頼むウジル、お前が俺を殺してくれ」


 旧友は真剣な目でウジルを見詰めた。


「いや待てよ、助かるかもしれない」


「助からないさ、俺よりもお前の方が分かってるはずだ」


「……」


「なあ、頼むよウジル。こんなことお前にしか頼めない、ウジルだから俺も安心して死ねる」


 ついラシオから目を逸らしてしまう。


 隠れ家に入りラシオを見た瞬間から彼が助からないのは、もう分かっていた。


(……でも……こんなことを、なんで僕に……)


 ウジルは握った拳銃を見た。こんな小さなものでも人を殺せるのかと、くだらないことを思う。


「ウジル……」


 顔を上げると、友の顔が、信頼しきった瞳がウジルを見詰めていた。


「……わかったよ」


「ハハ、ありがとう」


 今から殺す相手にありがとうと言われてウジルは顔を伏せた。



        □□□□□□□□□□



 拳銃を握りると、鉄の冷たさをてのひらに感じる。


 それは人殺しの道具だった。


 血が飛び散らないように、ラシオの頭と銃口の間に布をませる。

 こうした知恵を無意識で働かせる自分の思考を、ウジルはしょうもなく思った。


(それほどまでに、僕は人を殺してきたのか……)


 ラシオの息遣いが聞こえる。


 彼はまだ生きていた。それをウジルは殺さなければならない。


 銃口を伝って彼の頭の固さが分かった。

 反動に備え腕に力を入れる。


「なあウジル、分隊長はやっぱりお前の方が似合っていたよ」


「なんだよ、それ」


「俺はお前の隊だったから戦えたんだ。俺なんかよりもずっと頭がよくて、ずっと憧れてた」


「喋りすぎだ」


「なあ、ウジル」


「……」


「お前と友達でいれて、本当によかった……」


「……ああ、僕もだ」


 頬を伝う涙を拭おうともせず、ウジルはただ引き金を引いた。


 左腕の衝撃はラシオが死んだことを教えてくれた。


 硝煙の残る拳銃を見た。

 ウジルはラシオを撃った引き金の軽さに驚いていた。


 いつもとは違う銃だからかもしれない。


 しかし彼は、この軽さ(・・)こそが自分たちの()()()()なのだと思った。


 隠れ家の中にはウジル以外、誰の息遣いも聴こえなかった。


(……僕はどうなってしまうんだ)


 遠くで響く銃声をウジルは他人事のように聞いた。


(もし、この戦争が終わっても、僕らには何の保障もないじゃないか……)


 ガレムが死んだ、ラシオも死んだ。このまま生きて大人になってゆく自分の姿をウジルはうまく想像できなかった。


 まだ熱を持った拳銃を見下ろす。

 自分の生きる目的がどうしてもわからなかった。


 やがて疲労した脳は考えることすらやめる。


(もう……いいだろ……)


 ウジルは自分のこめかみに銃口を押し当てる。


 外で鳴り交う喧騒を子守唄のように聞いた。


 彼はそっと引き金に指を掛けた。



        □□□□□□□□□□



 ドラントとフルエストロの国境には、避難民をかくまう難民キャンプがあった。


 難民キャンプと、名打ってはいるものの、そこは他国から溢れた邪魔者をまとめて収容するはこであった。


 事実、難民キャンプでの暮らしは最低限のもので、それよりフルエストロ国内に入ることは厳重に制限されていた。


 エトナナは難民キャンプ外周部にある防護フェンスを強く握り締め、遠くを見詰めている。


 ろくに整備もされていない一本道を大型のトラックが走った。


「来たっ!」


 弾かれたように走りだすエトナナは、今日こそはと願った。


 トラックがキャンプ内に入ると、わらわらと人が集まって来る。

 その最前列にエトナナは陣取った。


 トラックの荷台にはほろが取り付けられ、中の様子はうかがい知ることはできない。


 その日は週に一度、ドラントから逃げてきた避難民が難民キャンプに入れられる日だった。


 エトナナは毎週のように、この日を待ちわび父親と兄の帰りを待っている。


 トラックが停止すると、荷台からフルエストロの兵士が降りる。

 その兵士の指示に従い難民たちが一人ひとり降り始めた。


 その中に、エトナナは見覚えのある背中を見た。


「────あ……」


 言うよりも先に体が動く。


 髪の毛が伸びてる。

 背が高くなってる。

 前よりもちょっと痩せている。


 無我夢中で駆け寄る少女の瞳から涙が溢れた。


 その背中に今、エトナナが手を延ばす。



ウジルのように、少年時代を戦争によって奪われた人々は世界に数多くいるようです。平和な日本に住んでいる私たちはニュースなとで流れるその情報を、どこか他人事のように思っているのかもしれません。

しかし、決してそのことを忘れてはならないと思ったのでした。

最後までお付きあいいただき誠にありがとうございました。

本作は私の三作目となります。ご感想やアドバイス等、お待ちしております。

でわ、彼らに幸せがあらんことを願って。

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