061
~~バイエル公国・シュタットツェントイム~~
あれから三十分後、僕は巨大な繁華街を歩いていた。
キュベリオンの商業街をさらに凌ぐ、バイエル公国の繁華街だ。
なにせ、ここにはキュベリオン、サタルカンド、デモニースの三国のアイテムが買える。
モルゲンロート随一の繁華街なのだ。
当然ここはプレイヤーが昼夜を問わず多い。
昔は運営が、混雑緩和のためにエリア入室規制をかけたこともあるぐらいだ。
人ごみ集まる大通りを、ハロウィンに飾り付けられた街を一人で歩いていた。
ロード・オー・ランタン戦を終えた僕らは、カボチャ集めをしようとしたが時すでに遅し。
いつの間にか、終了の時間を迎えていたわけだ。
カボチャ集めの結果は……僕が19、ロゼは23、ロゼの逆転勝利だ。
後半の三十分は、遊んでいたわけだから仕方ない結果だ。
ロゼに負けたが、それほど悔しくはなかった。
あのあと、オランジュはパーティの前で引退発表をした。
ロートとゲルプは寂しがったが、リアルの事情を言うと納得してくれた。
ロゼはいないけど、リアルで僕たちをのぞき見ているから知らないわけでもないし。
そのまま、オランジュはゲームを落ちた。今頃は受験勉強中だろう。
(今頃は、ロゼがクリア報酬の画像を見ているのだろうな)
普段やかましいロゼがいないと、ちょっぴり寂しくなっていた。
(いかんな、クセになっているのか?)
僕は意味もなくそこで咳払いをした。
そんな時、僕の目の前に見慣れた灰色のローブが見えた。
しかもそれが路地の方に走っていく。
「あれはまさか……」
僕は体を横に動かしながら、灰色のローブを追いかけた。
そのまま路地に駆け込む。
シティエリアなので、攻撃はできないが動きは明らかに怪しい。
シュタットツェントイムは、路地も入り組んでいた。
しかもここにも隠された店があるのだ。
だけど、そんな店に目をくれずに僕は灰色のローブを追いかけた。
(やつらは何をしようとしているんだ?)
そう考えながらも、さらに細い路地へと進んでいく。
このあたりだと、場所的に言ってもひとつしかない。
(まさか……やつら魔映写室に)
それはまずい、ロゼが今一人で画像を見ている。
僕もここに来て、緊張が走った。慌てて路地の壁沿いに隠れた。
いきなり街の中で攻撃するのはできないが、ロゼとズイーバーは知り合いらしい。
そんなズイーバーが、魔映写室の裏口前に来ていた。
(どうする?あの部屋には、普通の冒険者は入れない……
僕ですら、アクセスができない。
ゴモリが映像と一緒に、アドレスを指定しているからな)
そうこう考えているうちに、灰色フードのズイーバーが鐘を鳴らした。
(あれは、GMコール)
それはGMコールの鐘だ。全てのプレイヤーが持っていた。
プレイヤーがGMを呼ぶ時に鳴らす鐘のこと。
最も頼まなくても、ゴモリは勝手に絡んでくるから使わないけど。
そして、呼ばれたのは一人の男だ。
(赤い名前……エリゴスか)
水色のローブを着ている男で、やはりゴモリ同様耳が長い。
GMはエルフィンが好きなのだろうか。
長い錫杖のような杖は、オランジュにプレゼントしたミストルテインか。
その二人が何やら話をしているようだ。
それから間もなくして、
「下手な尾行だな、ブラウ」
いきなり大きな声が聞こえた。エリゴスの声だ。
観念したのか、僕は両手を挙げて二人の前に出てきた。
「君は盗賊じゃないから、尾行に向かないさ」
「あなたたちは何をしようとしている?」
「ブラウ、君には関係ない」
「関係なくはない!知り合いがこの近くにいるのでね」
「ロゼのことだな」
ここで口を開いたのはズイーバーだ。
「ああ、ロゼは今何をしているか知っているようだな」
「ゴモリの拷問だ、あいつがロゼを不幸にする」
「何を言っているんだ?」僕はズイーバーを見返す。
口惜しそうに、ズイーバーが裏口を見ていた。
「ロゼの件に関して、君は関係ないだろう。彼女が君に取りついたのも単なる事故だ。
事故や事件を解決するのはGMの役目で、ズイーバーはその通報をしたに過ぎない。
本来なら、君がGMに通報するのが筋じゃないのか?」
「違うんです」
僕はGMエリゴスの言葉を否定した。
「何が違うというのだ?」
「僕ではない、ロゼは帰りたがっているんだ。自分の家に」
「果たして本当にそうだろうか?」
「え?」僕はエリゴスの言葉に驚いた。
「彼女はなにか嘆いていなかったか?」
「それは……」
闇の中で、助けてくださいと叫ぶ映像が出てきた。
それは、真衣……ロゼの過去の姿。だとしたら彼女は戻ってはいけないのだろうか。
「君は、ロゼから離れたほうがいい。君のためにもロゼのためにもならない。
ロゼのことは我らに任せてもらおうか」
「それはできない!」
「なぜだ?一人のプレイヤーでは持て余すぞ」
「僕は彼女とどこかでつながっているからだ」
そう言いながら、僕は裏口の方に近づく。
その瞬間、裏口が開いた。出てきたのはロゼだ。
「ロゼ……」僕が声をかけるなり、ズイーバーに睨みをかけるロゼ。
「ズイーバー出ていって!」
「ロゼ、君はそっちにいてはいけない」
「あたしのお兄ちゃんに手を出さないで!」
そして、ロゼは僕の前に立ちふさがった。
それを聞いて、僕は戸惑うしかなかった。




