006
リアルに戻った僕は、夕方からバイトをしていた。
終わったのは夜十時半、労働基準法をしっかり破った帰宅時間だ。
ボロボロのアパートは築五十年の年期が入っていた。
宝くじを当てた億万長者のアバターも、リアルでは僕は一般の男子高校生だ。
学生といってもあと半年で、高校卒業ということになるわけだ。
ボサボサの髪で、少しコケた顎。冴えない顔だと自分でも思う。
それがリアルの打墨 蒼一という男だ。
ブラウというゲームのアバターと違って、なんと清潔感のない学生だろうか。
なんと汚れて、醜い男なのだろうか。
自分の部屋に戻って、荷物を置いた。
六疊しかない狭い部屋で、机の上にパソコンとタンスがあってさらに狭い部屋。
それでも個室があるだけまだましだ。
(親父は今日も仕事か)
僕は玄関に親父の靴がないことを思い出した。
そこで風呂を沸かしに部屋を出ようとしたとき、パソコン画面をふと見た。
電気がついたままだった。
「あれ、パソコンつけたまま出かけたのか」
つけっぱなしのパソコンを慌てて切ろうとした。
が、パソコン電源に手を伸ばそうとした瞬間。
「まって!」
パソコンの中から女の声が聞こえた。
「え?」
「消さないで、てか消すんじゃないわよ!
あたしが、外に出られなくなるじゃない」
そう言いながら真っ暗なパソコン画面から、一人の女の姿が見えた。
その姿がだんだん大きくなって、僕の目の前に現れた。
それは、どこかで見たことのある黒い鎧を着た女だ。
髪が長く、目がつり上がって、胸が無意味に大きな女がパソコン画面から出てきた。
しかし、実態のようなものはなく、むしろ宙を浮いていた。
「危ない危ない、危うく消されるところだったわ」
「あっ、お前はロゼ!」
そう、そこにいたのはロゼというマジカル・クロニクルの一プレイヤーだ。
そのロゼのアバターがどうして、僕の目の前にいるんだ。
「えと、あんたには助けて欲しいの」
「助ける?何を言っているんだ」
「よくわからないんだけど、あたしはアバターに封じ込められたみたい。
体までおかしくなって、だいたいここはどこなのよ!」
「え、ここは僕……蒼一の家だよ」
「蒼一って誰よ、マジカル・クロニクル名で言いなさい」
「えと、ブラウの家」
「ブラウ?ああ、聞いたことがあるわ。サーバー一の妖術師、たしかついたあだ名が……」
「『弱体のスペシャリスト』」
「そうそう、それ。
そっか、ブラウのリア家ってここだったんだ。なんか汚い家」
キョロキョロと落ち着かない様子で、僕の部屋を見ているロゼアバター。
「悪かったな、汚い家で」
「あたしの家も似たようなもの……だと思う」
「なんだよ、お前はなんでここにいる?」
「だからわからないって言っているでしょ」
膨れた顔が、すこしかわいく見えたロゼ。
どうやら、このロゼ人間のような気配がないらしい。
「で、あたしの命令を聞きなさいよね」
「なんだ、命令って?」
「あたし、帰りたいの」
「じゃあ、帰ればいいじゃないか」
「でも、わからないの。どこに帰っていいのか」
「そんなもん、知らない」
「ひっど~い!かわいい女の子がこんなに困っているのに、あんたは見捨てる気?
この鬼、悪魔、弱体バカっ!」
「弱体を馬鹿にするな!」
なぜか僕もロゼに対して怒っていた。
怒り出したロゼは、そっぽを向いた。
僕はデスクに座って、パソコン画面に向かう。
「でも、どうしよう……」
「知るか!」
「こんな姿になっちゃうし、あたしだって人間なのに」
そう言いながら、ロゼは僕に平手打ちをしてきた。
だけど、ロゼの右手は僕の体をすり抜けていく。
体には実体がなく、幽霊そのものだ。
「こんな体、あたしは嫌だよ……」
僕の目の前で、浮いたままロゼは体育座りでうずくまった。
少女が目の前で泣かれると、僕も困ってしまう。
「……わかった。泣くな、なんか考えるから」
「ほんとに?」
「帰りたいんだろ」
「うん」ロゼはその瞬間、少しだけ表情を明るくしていた。
「そうと決まれば、ネット検索だ」
僕はパソコンのマウスに手をかけていた。




