039
父が仕事に行ったあと、僕もまたバイトのためにガソリンスタンドに来ていた。
四時間のバイトだけど、明日は日曜ということで車の数が多い。
僕は走り回りながら、車の対応に追われていた。
大きな国道に面していて、土曜日は特に忙しい。
そんな僕に、しつこく付きまとうのがロゼなのだが。
基本は相手にしない、する余裕すらない。
「ありがとうございました」
僕は何度も頭を下げて、車を見送った。
そして、次の車が切れ間なくやってくる。
「いらっしゃいませ」
「久しぶりだな、打墨」
スタンドに止め、車から降りたのが担任の佐藤先生だ。
メガネをかけた中年の男性、学校帰りなのでスーツ姿だ。
ちょっとだけ、僕は目をそらしたらすぐに先生が給油していた。
「打墨はここでバイトしているのか」
「仕事しないと、高校だって……」
「決まったのか?進路」
「わかっていますよ……」
バイトにまで進路のことを持ち出されて、僕は言葉を濁していた。
「先生は今日も進路指導ですか?」
「そうだ、来週から普通に授業も行う。ほかの生徒は推薦入試も始めているからな」
「ですね」
「もったいないな、あまり勉強していないのに成績は悪くない」
「すいません」
「あら、ソウちゃんの知り合い?」
そんな言い方をするのは、おそらく一人だけだろう。
ここの制服を着た大人の女性がやってきた。
長いカールかかった髪に、おっとりした目の主婦パート、生実さんだ。
「生実さん、なにしているんですか?」
「休憩明けですよぉ」
「レジは行かなくて……」
「あんたは……まさか」
一瞬にして佐藤先生の顔が青ざめた。
さっきまでの僕に対して、眉間にしわを寄せて不満をぶつけていた顔とは明らかに違う。
それを見て、生実はにっこりしたまま佐藤先生を見ていた。
「あら、佐藤さんじゃないですか。いや、ストーンヘンジ・オンラインのバッツさん」
「ううっ、その名前だけは……」
生実さんに言われて、佐藤先生は一気に顔を赤くした。
ストーンヘンジ・オンラインとはマジック・クロニクルと同じ会社が運営しているゲームだ。
こちらも同じようなMMOだけどかなり硬派なRPGだ。
PKなんかもある。
そんな佐藤先生は、妙に焦っているように見えた。
「どうなんです?新しいゲーム?」
「あなたがまさか……」
「ふふっ、今回はプレイヤー側として楽しんでいますよぉ」
「そうでしたか、助かります」
「でも、ダメですよぉ。あまりいじめちゃ」
「いじめていないです、むしろ保護していますから」
生実の言葉に、佐藤先生は体を小刻みに震わせた。
「あの子ですか?」
「ええ、あの子です。全く困った子ですよ」
「そうですね、でもよろしくお願いですよぉ」
「ええ」佐藤先生はそれでも給油口にレバーを抜いた。
会計を済ませ、いそいそと車に逃げるように入っていく。
「打墨……またな」
最後にそう言い残して、銀色の車を佐藤先生が出していった。
それを僕と生実さんと一緒に頭を下げた。「ありがとうございました」と。
残った僕は、にこやかな顔を見せた生実さんを見ていた。
相変わらずおっとりとしたまま、僕を見ていた。
「生実さんも、まさかネットゲームをしていたとは……」
「ええ、やっていますよ。ストーンヘンジも、マジクロも」
「マジクロって、マジック・クロニクルも?」
「もちろんですよぉ」
そんな時、ガソリンスタンドへ一つの車……じゃなく自転車が来ていた。
「おい、蒼一はいるか?」
それは、塾通いの猿楽場が姿を見せた。
それと同時に、猿楽場は顔をわかりやすいほどに赤くしていた。




