後編
妃は、身辺警護に自分とヤンジーを選んだ。紹介時に貴族とわかっただろう騎士カウンゼルではなく。おそらく、4人のうちで体格が小さい2人を選んだのだ。この方は、身分を考慮せず、騎士として4人を平等にみている。なんの違和感もなく。それは、他の3人も感じているようだった。
騎士カウンゼルが厳しい顔で地図をみつめて、妃に尋ねる。
「順序は考えておられますか?」
妃は地図を指先で示しながら答えた。
「最初は質屋に行きたいの。そのあと、このあたりを散策して、ここの店で昼食。それから、こっちの通りを歩いてアイスを食べて、お茶するの。で、おやつを買って帰る。という計画よ」
しばらく、地図をじっとみていた騎士カウンゼルの方へ地図を滑らせる。
「この地図をもって行って。当日、騎士ボルグか騎士ヤンジーが覚えて、今の順に連れて行ってくれると嬉しいわ」
妃は、にこやかに笑ってそう言った。
後宮を辞した後、4人で地図を前に、3日後の警護について検討した。前もってすべての路順を把握できるのは、警護する方にとって非常にやりやすい。王族の行幸警備でもするかのような手際の良さだ。
「我が儘なお姫様っていう噂でしたが、えらくしっかりしたお姫様でしたね」
興奮した調子でそう口にするのは、若いヤンジーだ。
「貴族の女といえば鼻持ちならない女ばかりだが、本当のお姫様ってのは、身分なんか気になさらないんだなぁ」
騎士ウルガンも同様のようだ。
騎士カウンゼルは、興奮している二人の言葉に、微妙な顔をしていた。
警護当日、陛下直々にお言葉をいただいた。妃に傷一つつけないよう守ること。そして、後宮へ帰りたがらない場合には、望む場所へ送り届けるように、と。
後の方のお言葉については、いろいろと心に思うことはあったが、誰も何も口にすることはなかった。
妃は朝から非常に上機嫌だった。侍女一人に向かって、あの店は何を売っているのかなど街のことを質問している。警護する我々には、店の中に入りたいが大丈夫かと、行動を前もって声をかけてくる。さすがに、トイレに行きたいと言われたときは参った。すぐに騎士カウンゼルがすっ飛んできて、そういうことは侍女に小声で伝えて侍女から説明させるように、と妃を説得していた。だが、説得もむなしく、妃がその台詞を言うときの顔の方向が変わっただけだった。
妃と行動を共にしていると、なんとなく騎士カウンゼルが微妙な顔をしていた理由がわかってきた。妃は、貴族女性ではなく、庶民出身の女性であるらしい。そして、やや変わった子供であることも。
「荷物をお持ちいたしましょう」
腕いっぱいに袋を抱えようとする妃に、見かねて騎士ヤンジーが声をかけた。妃に声をかけるなどと、気さくな妃の様子にすっかり油断してしまったらしい。ヤンジーを叱ろうとすると、その前に妃が言葉を返した。
「私のお菓子のせいで、警護の手をふさぐわけにはいかないわ。それより警護よろしく~」
妃はお菓子袋を抱きしめて冗談ぽく、そう言ったが。ヤンジーは自分の立場を思い出し、気を引き締めなおしたようだった。
それから度々、妃の警護につくようになった。親衛隊の他の連中からは、捨てられた妃の警護が庶民の我々には適任だとからかわれた。だが、妃は、常に警護の邪魔にならないよう気を配って下さる。騎士の職務を理解し尊重してくれる人を警護するのは、非常にやりがいがあった。それは、他の2人も同じようだった。
ただ一人、騎士カウンゼルだけは、他の連中の声などまるで聞こえていないようだった。妃を警護する、ただそれだけに神経をとがらせていた。その行動の元に、王の思惑があることは感じ取れた。
穏やかな日々を過ごしている妃を、取り囲む我々は次第に緊張感を増していった。王が妃を特別扱いしており、黒の姫君が王妃となるのではないかという噂が王宮内へ蔓延していくのと比例して。
そして、騎士カウンゼルは、女性しか入れない後宮内での警護を、陛下に直訴した。
後宮内でエリディアナ妃達から妃をお守りできたことは、我々の勲章となった。
そして、ただ一人の妃であるナファフィステア妃の警護を笑うものは誰もおらず、逆に志願するものが増えた。出身を問わず優秀なものを選出する上、陛下からの覚えもめでたいのだから。
もうすぐ王妃になられるナファフィステア妃のため、親衛隊内に、王妃付き親衛隊が正式に発足する。庶民出身者が多く、その隊は実力優先との評判だ。そして、私は、王妃付き親衛隊隊長となる。陛下の傍を警護するのは、まだ貴族出身者に限られているが、いつかは打破できるだろう。騎士カウンゼルが、陛下付き親衛隊副隊長となった今も、せっせと庶民出身の有望な人材を親衛隊に取り込んでいるのだから。