25.バスティーニ家の権力者
エストラーガの皇子が滞在しているからといって、私が四六時中接待しなくてはいけないわけではない。当然婚約の決定を検討するための視察ではあるだろうが、英雄祭は国を挙げての公式行事なので、私にも一応公務がある。視察という名目で来ている以上、あちらにも都合はあるだろう。
公務の一環である貴族への対応のために衣裳部屋を漁っていると、あまりのドレスの量に身動きが取れなくなる。社交場ではなるべく一度着たドレスを着ないようにするなんて、一体誰が決めたのだろう。不経済にも程がある。
英雄祭の最中はやたらと夜会やお茶会を開く貴族が多く、贔屓にならないようあちこちに一度は顔を出さなければならない。王女である以上、ドレスは数で勝負なんてことも言ってられない。質と量、どちらも兼ね備えていなければ王族として失格だ。しかし、城内ではここぞとばかりに何度も同じドレスを着用している。まあ、普段用と社交用のドレスは違うからあまり意味は無いのだけど。
「……一年前くらいに着たやつならばれないんじゃないかしら」
「いけませんリチェ様。そもそも、なぜ一年前のドレスがまだあるんですか。私、ちゃんと片付けたはずですよ?」
色々なドレスを毎回試着させられるのが面倒で、なんとか誤魔化せないかという思いで衣裳部屋のかさ増しのために数着隠してたなんて、マーサには言えない。
「新しいドレスに挟まってたんじゃない?気付かなかったのよ、きっと」
「ちゃんと確認したはずなんですけど」
首を傾げるマーサに心の中で謝る。
衣裳部屋に押し入ると、マーサは手早くドレスを確認して回収していく。みるみる減っていくドレスを見て、少し焦ってしまう。
マーサが作業を終えると、衣裳部屋は随分すっきりとしてしまった。
「…………リチェ様。まだ着ていないドレスが十五着しかありません」
「……そうね」
「足りませんよ、明らかに」
「…………そうね」
「今すぐ仕立て屋を呼びます!」
「私これからティナリー侯爵家でお茶会なんだけど……」
「それは午後からでしょう」
「準備時間と移動時間があるわ」
「大丈夫です。私が三十分で送り届けて差し上げます」
乗馬にしろ馬車にしろ、マーサは無駄に飛ばす。馬を駆るだけならば、騎士も真っ青な速さだ。
しかし、速いだけなら別にいい。一つ問題があるとすれば、非常に荒っぽいということだ。馬に乗ると性格が豹変する。同乗する者は大抵体調不良を起こし、夜までうなされる。その場で酔って吐く程度ならまだいい方だ。マーサの駆る馬や馬車に乗って無事だった人間は非常に少数である。私もその少数の中に入りはするが、進んで乗りたいとは思わない。
「それこそ髪やドレスが崩れそうだわ」
「着いたら私が完璧に直します」
マーサはあくまで引かない。私に恥をかかせないためにとしてくれているのだろうが、何も今でなくてもいいのに。
「帰ってきてからでもいいじゃない」
「早ければ早いほどいいんです。むしろ今からでも遅いくらいですよ」
「……まさか今から作らせる気?既製品でいいわよ」
「何をおっしゃってるんですか!リチェ様がその辺の貴族と同じようなドレスだなんて、許せません」
「そんなこと言ったってねぇ……」
「解決方法はありますよ」
突然割り込んできた声に振り向くと、そこには久々に見る姿が。
「シャリー」
「うふふ。お久しぶりです、リチェ様。マーサ、しっかりやっている?」
「はいっ!まだまだ未熟ではありますが、精一杯やらせていただいてます!」
マーサはシャリーから教育を受けた所為か、シャリーに対してはまるでどこぞの軍隊のようにきびきび応じる。
「それはよかったわ。頼りにしていますよ。リチェ様、うちの息子はお役に立っています?」
シャリーはレイロンの母であり、現在侍女長を務めている。やはりいくつになっても息子のことは気にかかるものなのだろうか。
「仕事面では問題ないわ。ただ嫌味が日に日にひどくなっているわよ」
シャリーは頬に手を当てて溜息を吐いた。
「それは後で指導しておかなくては。あの子にも困ったものですわね。なんだか最近は父も落ち着かなくて。毎日陛下が、陛下が、なんて言って胃を抑えておりますわ」
「宰相が?」
バスティーニ家は城への就職率が非常に高い。レイロンの祖父は宰相、母は侍女、父は騎士、本人は王女の教育係ときている。ちなみに父親は婿養子だ。
「大方父様が私の婚約にうだうだ言ってるんでしょ」
「さすがリチェ様。よくお分かりですわ」
シャリーはにっこりと笑ってみせる。
バスティーニ家で一番発言力があるのは、宰相であるサハラでも騎士で大黒柱であるカズラでもなく、このシャリーである。レイロンなんてもってのほか。男どもは誰も頭が上がらない。
「で、解決方法というのはなんなの?」
「そちらの古いドレスをリメイクしてしまいましょう」
マーサはパチパチと目を瞬かせている。
「今は流れるようなサラサラとした生地が流行っています。たとえばこのドレスなら、フリルを外してふんわり感を抑え、代わりに少し重めのレースをつけてみるとか。それだけで大分印象が変わりますよ。要は、同じドレスだとは分からないようにしてしまえばいいのです」
シャリーの信条は、マナー違反はバレないところで。嘘もつき通せば真実になる、らしい。
「それならばいいでしょう?マーサ」
「……はい」
やはりまだ納得していない様子のマーサだが、シャリーに逆らうことはしない。
「ではマーサ、しっかり仕立て屋に伝えてちょうだいね」
「はい」
「それではリチェ様、ご公務お疲れ様です」
「ありがとう」
忙しいだろうに相変わらず優雅な足取りで、シャリーは去っていった。
「……びっくりしました。シャリー様ったら、相変わらず突然何しにいらしたんでしょう」
「マーサの仕事ぶりを見にきたんじゃない」
「えぇっ!?」
慌てるマーサ。小動物がパタパタとせわしなく動いているようで可愛い。
シャリーが来る理由はいつも一つ。もちろん愛弟子であるマーサの仕事を見るのもあるだろうが、私の様子を窺いにくるというのが一番の理由だと思う。
直接来る必要のない私の元に来るようになったのは、母が亡くなった所為だろう。以前は母付きの侍女だったために顔を合わせる機会も多かったのは確かだが、それとはまた違うことには気付いている。恐らくレイロンも私の様子を報告したりしているのだろう。
色々と気にかけてくれるのはありがたいが、私も来年は成人。まだまだ未熟な子供だとは思うが、もうそこまで心配されるほどではない。
そうは思っても、やはりシャリーが気にして様子を見に来てくれるのは嬉しいので、もう暫くは少しくらい心配をかけてやろうなんて思うのだった。




