24.虚無の皇子
「エストラーガ帝国皇帝第三子、セイン・ミカエラフ・エストラーガと申します。お目にかかれて光栄です、王女殿下」
そう言って微笑んだ少年は、まさに完璧な〝王子様〟だった。蜂蜜色の髪に碧い瞳、白い肌。これで白馬に乗っていればもう完璧。
「こちらこそお目にかかれて光栄ですわ、セイン殿下。レディシア国国王第一子、リチェルシータ・アリス・レディシアです。お見知りおきを」
挨拶を返せば、セイン皇子は世にも美しい顔で華やかに笑った。
しかし、見れば見るほど綺麗な顔をしている。男のくせに、とか思ってしまうのは、ただの僻みになるだろうか。
「ご滞在の二週間、どうぞ楽しんでお過ごしください。不自由なことがございましたら、遠慮なくお申し付けくださいね」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いします」
嫌味の無い言葉遣いに優雅な物腰は、見ていて感嘆するほどのものだ。
しかし二週間もいるのか。一月のほぼ半分の滞在。せっかくの英雄祭だというのに、楽しみも半減だ。セイン皇子の容姿に謁見の間はどこか浮かれた雰囲気だし。老若男女問わず、人というのは美しいものに弱いようだ。
ちなみに、王が自国の貴族や城仕えの者などと会う際に使用するのは謁見室、他国からの賓客を迎える場合などは謁見の間を使用することになる。なので今日はいつもよりも規模が大きい謁見の間だ。その分近衛騎士なども多く控えているので、この妙に浮かれた気配が実に鬱陶しい。実力がありさえすれば男女関係なく騎士になれるので、中にはもちろん女性騎士もいる。だが女性騎士よりも男どもの方がそわそわしているのは、一体どういうことなのだろう。まぁ、うちの女性騎士達はそこらの男よりもよほどたくましいが。
セイン皇子に不審に思われないよう、視線を動かすことなく周りの気配を探り、思わず舌打ちしたくなった。
どうやら彼は、ここにいる者達の心をがっちり鷲掴みにしてしまったらしい。
「すっごくお美しい方でしたね!」
マーサが頬を上気させながら興奮した様子で言うのを、半眼になって見返した。
「……マーサ、婚約はやめてほしいんじゃなかったの?大体どこで会ったのよ?」
いえあの、まあそうなんですが……なんてしどろもどろになりながらも、マーサは答えた。
「ご存じないんですか?セイン殿下、わざわざ使用人の元まで回って挨拶してくださってるんですよ。私はリチェ様付きの侍女ということで、真っ先に挨拶していただきました。美しくて礼儀正しくて、使用人にまで気配りしてくださるなんて……素敵ですよね」
うっとりと呟くマーサを無視して、せっせとテーブルを拭いてお茶の準備をしているケイトに訊ねる。
「ね、ケイトも見たのよね?どうだった?」
「え〜、どぉって〜……まぁ、綺麗な顔した皇子様って感じ」
「……そのままじゃない」
「そうじゃなくて……なんか違和感」
「違和感?」
「あの完璧さが逆に変っていうか……あれが素に思えるくらい自然には見えるんだけど、人形みたいっていうか作り物みたいっていうか。なんていうか、メイサ通りではああいうタイプはいなかったから。そんなこと言ったらこの城の人間と比べるのもおこがましいけどさ、それともまた違う。そりゃメイサ通りにも、綺麗な顔で完璧な笑顔浮かべてるような人形みたいな女はいたよ?でもそれは男を騙すためで、絶対どこかに何かしらの欲が見えた。あの皇子様には、何も無い。なんか無としか思えないんだよね。だからあたしにとってはあんまり魅力的には見えない。やっぱ、全身で生きてるって感じの奴のが見てて気持ちいいじゃん」
「本当にああいう性格なのかもしれないわよ?聖人君子、みたいな」
「だったらそれこそ気に入らないね。何考えてるか分かんない。でも、たぶんそれは無いよ」
「なぜ?」
「そういう奴は、なんか空気が違うんだよね。綺麗な空気っていうの?でもあの皇子様にはそれすら無い。ひたすらの無だよ」
「……そう」
「そ。だからやっぱり婚約は反対だよ。いくら愛だけじゃやってけないったって、あんなお人形さんと結婚することない。あんなんじゃせっかくのシータの生き生きした空気を消しちゃうよ」
そう言うと、ケイトは興味が無さそうにお茶の準備に戻った。
なんだか納得してしまう。メイサ通りでいろんな人間を見てきたからこそのケイトの感想だろう。無、か。
もしメリンダを送り込んだのがセイン皇子だとするなら、欲が見えないはずはない。何か必ず目的があるのだから。
完璧過ぎる演技が逆に不信感を持たせた。他の誰も気付かなくても、厳しい世界で生きてきたケイトがいたことはきっと向こうにとっての計算外だ。どうせぬくぬく平和に暮らしてきた上流階級の人間しかいないとでも思われていたのだろう。……っていうのは被害妄想かしら。しかも本当は無関係だったとしたら申し訳ないけど。
「わ、私だって、やっぱり反対です!」
競うように慌ててマーサが挙手をした。
「あの方が心からリチェ様を愛してくださるなら話は別ですけれど、現段階では婚約なんて許可できません!」
……マーサは私の父親か何かなのだろうか。
別に私は、婚約自体に不満は無い。だけど、メリンダの悩みの原因があの皇子なのだとしたら、簡単にこの婚約話に乗るわけにはいかないのだ。
「ありがとう、二人とも」
婚約にたいした不満も漏らさなかった私がお礼を言ったので、二人はきょとんとこちらを見返してきた。
その様子がなんだか姉妹のように見えて、私は思い切り笑ってしまったのだった。




