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不義姫  作者: 折紙
23/37

23.英雄の真実

 もうすぐ日付が変わる。だが、舞踏会は終わる気配を見せない。

 ドクに感じていた憤りもだいぶ薄れ、私は静かに会場を出た。

「殿下、お待ちください」

 少し遅れて、メリンダが追いかけてくる。

「どちらへ?」

「少し疲れたから、外で涼んでくるわ」

「このように招待客の多い日に、お一人では危険です。ご一緒させてください」

「もちろん。お願いしようと思っていたところよ」

 そう言って微笑めば、メリンダは安心したように息を吐いた。悪い人ではないのよね、ほんと。

 喧騒を離れ、静かな廊下を歩く。侍女や騎士もほとんど舞踏会に駆り出されているのだろう。たまにすれ違うくらいで、気配が薄い。

「どちらへ向かっているのですか?」

「時計台よ。鐘楼はなかなかの穴場でね。他の人には内緒よ?」

 片目をつむって見せると、メリンダは意外なものを見たとばかりに目を丸くし、笑った。

「何?」

「いえ。お気に障ったら申し訳ありません。殿下でもそのような表情をするのだと思ったら、安心してしまって」

「表情?」

「年相応な表情をされておりました。殿下は普段大人びていらっしゃるので、ふと年齢を忘れてしまいます」

「そう見えるのは、きっと私がそう見せたいと思っているからね。王女はこうあるべきと演じているのかも。実際は、周りの手が無ければ生きられない背伸びした子供よ」

「素直に無力だと、子供だと認めることは難しいです。本当に子供ならばそれはできません」

「ふふ。ありがとう。……ねえ、メリンダ」

「はい」

 彼女に、言わなければならないことがある。

 メリンダの前を歩く私に、彼女の様子は見えない。だが、なんとなく首を傾げてきょとんとしているだろうと想像できた。

「私ね、人の為に何かするということの理由は五つあると思うの。一つは、その人への恩。つまり義理ね。何かをしてもらったら何かを返す。当然のことだわ。二つ目は、無条件。その人のことが大好きで、見返り無しでも何かしてあげたいと思う心。三つ目は打算。さっきの逆ね。見返りを期待して何かをする。四つ目は、同情。可哀想だから何かしてあげなくちゃ、とかね。そして最後は、義務」

「義務……」

「たとえば、仕事とかね。やらなければならないこと。だけど、これには変化球が存在すると思うのよ」

「変化球、ですか?」

「仕事ならばまだ納得できる。だけど、不本意な形で義務が発生した場合。何かを取り返す為、とか。脅されている、とか」

 メリンダが息を呑むのを、気配で感じた。

「本来なら発生するはずのなかった義務に迷いが生じる。そうすれば、自然とそれを成し遂げる確率が下がるわよ」

「殿下、私はっ……」

「いいわ。それを聞く気はまだ無いから。だけどよく考えた方がいい。本当にこの選択は正しいのか、後悔しないのか。納得のいかないことをその人の為にするほど、信頼してもいい人物なのか」

「………………」

「私は、貴女が頼ってくれるなら全力でそれに応えたいと思うわ。貴女は今、義務とはいえ私の命を守ってくれている。対価をもらっているとはいえ、そこまでしてもらうほどまだ親しくもないのに。今だって貴女は、サボればいいのにわざわざ私の護衛を申し出た。そこまでしてもらうほど、私は貴女に何もしていないわよ?」

「殿……」

「さ、着いた」

 振り返ると、メリンダは泣き出しそうな表情をしていた。

「メリンダ、見極めなさい。何が最善なのか。……自分一人で背負わずに、助けを求めた方がいいこともあるわよ。もしもそうすると決めたなら、きちんと自分にいい方向に転ぶようよく考えて。貴女が自分の為にそうできないというのなら、私の大切な護衛騎士の為に。うちの護衛騎士様は素直で真面目なんだけど、柔軟性が無いのよ」

 笑いながらメリンダに背を向ける。

 何事も無かったかのように、私は鐘楼へ続く扉を開けた。途端、風が髪やドレスを煽る。思わず風を除ける為に顔を後ろに向けそうになったが、なんとか堪えた。――泣いている顔なんて、たとえ仮の主だとしても見せたくなんかないだろうから。

 鐘楼に出て空を見上げると、満天の星空が広がっていた。

 街を見下ろすと、もうすぐ日を跨ごうという時間なのにたくさんの光がうごめいている。まるで下界の星。

 一際光が多い場所は広場だろうか?平民達も前夜祭を楽しんでいるようだ。

 黙って石の囲いに腕を預けると、そのまま体重をかけた。

 少し無言の時が続き、私はメリンダに声をかけた。もうそろそろ涙も止まっているだろう。

「明日はなんの日か知ってる?」

「?英雄祭……ですよね」

「そう、英雄祭。千年目のね」

 鐘を見上げる。そこには普段無い物があって、思わず微笑んだ。

「英雄祭の始まりよ、メリンダ」

 レディプールの鐘が鳴り響く。すぐ頭上で鳴った大きな音に、メリンダが身体を揺らした。

 初めて聞く鐘の音は、ひどく神聖だった。高過ぎず、低過ぎず、耳にちょうどよく馴染む心地よい音。どこまでも聞こえるのではないかと思うほど響き、よく通る。

 余韻を残して鐘が鳴り止むと、城下の方で歓声が起きたのが分かる。ここまで聞こえるなんて、よほど盛り上がっているのだろう。それもそうか。

「この鐘はね、長い間鳴らないようにされていたの。だけど今年は千年目の英雄祭だから、特別に祭りの間だけは復活させようということになったのよ」

「今年の祭りの間だけ……。なんだかもったいないですね。こんなに美しい音色なのに」

「毎日そこにあるものだと思えば、それが普通になってありがたくもなくなるわ」

 そう、いつでもそこにあるものだと思っていた。母のちょっとずれた愛情も、両親の仲睦まじい姿も。

「殿下、英雄の話はどこまでご存じですか」

 レディプールの鐘を静かに見上げていたメリンダが、突然問い掛けてきた。

「ええと確か……大昔に長く続いた天変地異が起きて、それを今は失われた〝魔法〟という聖なる力で治めたのが七英雄じゃなかったかしら?だけどその原因は世界の果てにいる魔王で、魔王を倒したという説もあるわよね」

「……それらの伝説は、すべてが偽りです」

「え?」

「英雄達はただの学者の集まりだったのです。研究により天変地異が治まる時期を知っていて、それを人々に伝えただけ」

「英雄が、学者?」

「はい。彼等は、他の人々よりも少しだけ学問に秀でていただけの一般人に過ぎません」

「……じゃあ、女傑と言われたメリンダ・カヴァサーニも」

「ただの学者です」

「そうだったの……」

 拍子抜けしたが、なぜかがっかりしたということはなかった。どちらにせよ他の人間にはできなかったことをしたわけなのだから。知識は時に、武力に勝る。

 私の沈黙をどう思ったのか、メリンダは続ける。

「ですが私は、先祖を誇りに思っています。災害が治まるまで人々を安全な地に導いたのは変わりありませんし、メリンダ・カヴァサーニを始め、実際に学者でありながら武術に長けた者もおりましたし。英雄と呼ぶには、少し地味ですけれど」

 照れたように笑うメリンダに、思わずこちらも笑ってしまう。

「なぜ?人を救ったことに地味も派手も無いわ。もちろん、それが知力であろうと武力であろうとね」

「……学者が英雄だなどと、笑わないのですね」

「成し遂げたことを考えれば、十分に英雄だと思うけど?」

 何かが吹っ切れたように、メリンダは笑みを浮かべた。

「今日殿下に聞いてもらえてよかった。……殿下、何ができるかは分かりませんが、私を信じていただけますか」

「護衛を信じることができずに命は預けられないわ」

「ありがとうございます」

 そう言って頭を下げたメリンダが次に顔を上げた時には、何かが吹っ切れたような表情をしていた。

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