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不義姫  作者: 折紙
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22.秘めたる想い

 僕に背を向けると、殿下は重苦しいドレスの中を漂うように、軽やかに隙間を縫って歩いていった。ひらひらと舞うスカートが目に後を引いて、なぜか名残惜しい。

 殿下とのダンスは、逆に違和感を感じるほど自然だった。ただ歩くように、呼吸をするように身体が動いた。

 殿下の最後の表情が気になり後ろ姿をじっと見つめていると、突然悪意のある言葉を投げ付けられた。

「お前か、下賤の分際で城に上がったってのは」

 騒がしいホールの中でもしっかりと聞こえたその声に、殿下が顔を顰めて振り向いたのが分かった。

 大丈夫だと言うように殿下に向かって微笑むと、僕は声のした方を振り返る。そこには、憎々しげにこちらを睨み付ける若い男が立っていた。

「……何か」

「メイサ通り出身の分際で、身の程知らずにも殿下に近付いてるのはお前かと聞いてるんだ」

「私は確かにメイサ通りの生まれですが、こちらへは仕事の為に身を置かせていただいています。仕事上殿下のご様子を伺うことはございますが、それだけです」

「だったら今のは何なんだ。殿下と踊る為、わざとぶつかったんだろう!大体、メイサ通りの人間が城にいる時点で間違ってるんだよ!何が目的なんだ」

「時折メイサ通りにいらしていたドク先生がたまたま見込んでくださって、弟子入りさせていただいたに過ぎません」

「それがなんだって言うんだ。城の中を我が物顔でうろつくな。不愉快なんだよ」

 確かにそういった意見があるだろうことは予想していた。だが、幸運なことに殿下やドク先生を始め、城には親切な人が多かった。僕を快く思っていない人間をそれとなく遠ざけてくれていたような気がする。

 何を言っても無駄だと思い謝罪しようとすると、凛とした声が場を切り裂いた。

「お黙りなさい」

 殿下が燃え上がるような瞳で貴族の男を見ていた。金にギラギラと輝く瞳は、不謹慎ながら美しかった。

 睨んでいるわけでもないのに奇妙な迫力を持った瞳に気圧され、男は後ずさる。

「で、殿下……」

「アルマ様は仕事の為、城に滞在してくださっているのです。陛下や私の命を救ってくださる、重要な仕事です。それに比べ、貴方は普段何をしているのです?親の金で毎日遊び暮らしているのでは?アルマ様は人の為になることをし、きちんとやるべき事をこなしています。貴方にどうこう言われる筋合いはないと思うのですが?」

「ですが殿下!」

「貴方は確か、ニードレル子爵のご子息ですね。ニードレル子爵が嘆いていましたよ。息子は跡を継ぐ為に何をすることもなく毎日遊び歩いていると。今日はお父様は欠席でしたね?今回のこと、ご報告した方が?」

 ニードレル子爵のご子息とやらは、ぐっと言葉に詰まって黙り込んだ。報告されて困るということは、父親は良心的な方なのだろう。

「今後やむを得ぬ場合以外、アルマ様に接触することを禁じます。私の専属医師を侮辱しないでいただきたいわ。アルマ様に異があるのなら、彼を雇った陛下に進言するのですね。では、失礼します。アルマ様、行きましょう」

 何も言えずに突っ立ったままになったニードレル子爵のご子息を置いて、殿下は僕に促した。

 黙って付いていくと、壁際でことの次第を見守っていたドク先生の元へ連れていかれる。

「ドク!どういうつもり?」

 殿下の怒りもドク先生には通用しないようで、先生は飄々と受け流す。

「なんのことですかの」

「なぜ兄様を参加客として舞踏会に引っ張り出したりしたの。医師として貴方と控えてるんじゃなかったの?」

「参加客の中に混じっていた方がいざという時早急な対処ができるんでの」

「だったらドクが参加すればいいじゃないの」

「こんなじじいが混じっていては不自然じゃろう」

「…………」

 想像してみて不自然だと思ったのだろう。殿下は黙り込んだ。

「……とにかく!弟子だというのなら責任を持ってちょうだい」

 そのまま踵を返そうとした殿下を、ドク先生が呼び止めた。

「リチェ様。いつかこんな事態が来るのが、早まっただけじゃよ」

「……分かっているわよ」

 殿下は今度こそ、舞踏会へ戻っていった。

「やれやれ。すまんかったの、アルマ」

「い、いいえ」

「人の口に戸は立てられんもんじゃ。いつかはお前さんの存在を知り、ああ言ってくる人間も出てきたじゃろう。だが、リチェ様はお前さんが傷つくのを避けたかったらしいの」

 なんとなくだが、ドク先生はわざと殿下が僕を庇えるように、今日を選んだ気がした。殿下が擁護していると周りに示せれば、そうそう手も出せないだろう。

「僕は大丈夫ですよ。それより、殿下の手をわずらわせてしまいました」

「何、リチェ様は面倒だなどと思っておらんじゃろうよ。お前さんはもっと周りに甘えても罰は当たらん」

 ドク先生が、軽く僕の腕をポン、と叩く。思いの外優しいその仕草に、少し涙腺が緩んだのは内緒だ。

 舞踏会の中心に目をやれば、誰よりも輝いて見える殿下がいる。身長はそれほど高くなく周りに埋もれてしまいそうなのに、どこにいても目を引くのはカリスマとでも言うのだろうか。そこだけが光り輝いている。

 先ほどのことをショックだと思うよりも殿下が庇ってくれたことが嬉しくて、思わず顔を綻ばせた。

 僕が殿下に返せるものなど何も無いかもしれないけど、せめてできることがあるなら精一杯やりたい。望みがあるならなんでも叶えて差し上げたい。そして、その喜ぶ顔を見れたらいい。たとえ一番傍にいることはできなくても、どこかで歯車が噛み合ってさえいればそれでいい。

 血が繋いでくれている縁をありがたく思いながらも、どこかで僕はそれを恨んだ。血が繋がっていなくたって、望みなんてどこにも無いのに。彼女のすべてを独り占めしたい、なんて。

 浅ましい願いを心に抱きながら、僕は光からそっと目を逸らした。

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