21.罪と共に踊る夜
きらびやかな舞踏会。
花のように咲くドレスに、さざめくように笑い合う人々。男達は華やかに咲く女達の気を引く為に、優雅な仕草で礼を取る。片手には琥珀色にきらめく液体が入ったグラス。グラスの中身を揺らすのは、国一番のオーケストラの美しい音楽。
この扉の向こうに、そんな見慣れた光景が広がっている。
「殿下、どうぞ」
近衛騎士が扉を開けると、目が眩むほどの光が飛び込んできた。
「ありがとう」
扉を開けてくれた騎士に微笑んで一歩踏み出す。光の中に飛び込むと、思った通りの光景が広がっていた。
私が会場に入ると、ざわめきが起きた。大方このドレスの噂でもされているのだろう。王女である私が着ているのではなければ、脚が出過ぎてはしたないと侮蔑の対象になっていたかもしれない。
なるべく優雅に見えるよう、ドレスが映えるようにと歩く。立ち止まると、マーサに指南された〝美しい立ち方〟とやらを実行した。片足を一歩前に出して、もう片方の足に少し重なるようにする。
私は息を吸い込んだ。
「皆様、今宵は存分に楽しんでいってくださいね。そして、明日から始まる英雄祭がすばらしきものになりますように」
ドレスを軽くつまんでふわりと一礼すると、歓声が起きた。
父の方を見ると、満足げに頷いている。
いつの間にか止まっていた音楽が再び鳴り出し、人々が舞うように動き始めた。
一つ溜息を吐くと、私も輪の中に入っていく。途端に、人に囲まれた。
「殿下、ご機嫌麗しゅう」
「そのドレス、とてもお似合いですわ!どちらで作っていただきましたの?」
「一曲お願いできませんか?」
「相変わらずお美しい」
みんな一度にしゃべらないでほしい。私の耳は二つだけだ。すべて聞き取れるほど万能な造りでもない。
「皆さん、ありがとう。だけど今夜は私のことなどお気になさらず。どうぞ思い思いに舞踏会を楽しんでくださいな」
有無を言わさぬ笑みを浮かべると、数名は空気を読んで引いていった。だがまあ、空気の読めない人間も多数いるもので。いや、分かっていてもわざと無視している者もいるだろう。何せ本決まりではない私の婚約はまだ公表されていない。あわよくば自分が、自分の子息が未来の女王の伴侶に、などと考えている者も少なくないはずだ。ご令嬢達の場合はまあ、殿下の覚えがめでたい方がのちのち有利だ、とでも考えているのだろう。
「のどが渇いたので、何か取ってきます」
そこから離脱しようとそう言えば、私が取ってきます、と慌ただしく離れる男性陣。よし、半分は減った。
「皆さん、踊りませんの?確かナターシャ様はダンスがお得意だと聞いて、拝見できるのを楽しみにしておりましたのに」
「殿下にそう言っていただけるなんて!ありがとうございます。今から踊ってまいりますわ!」
「まあ、楽しみ。こちらから見せていただきますね」
ナターシャは意気揚々と連れの男性を捕まえて、ホールの中心へ進んでいった。
それを見た他の者達も、競うようにその場を離れていく。
わずかに残っていた男達は私をダンスに誘いたそうにしていたが、のどが渇いたと言っている私をそうそう誘うこともできず、まだ話しかけてこようとする。
「皆さんもぜひ踊ってらして。私は少し陛下に挨拶をしてくるので」
父への挨拶という言葉で、ようやくスゴスゴと引いていった。
言った手前、とりあえず父の方へ向かわなければ。
踵を返すと、誰かにぶつかってしまう。
「やだ、申し訳ありませ……」
謝罪しようと顔を上げると、思いもよらなかった人物と視線がぶつかる。
「兄……アルマ様!?」
兄様と呼びそうになり慌てて訂正する。
普段とは違う服装。紺の礼服は、兄の漆黒の髪と青い瞳によく似合っていた。貴族の子息だと言われても違和感がない。
「申し訳ございません殿下。大丈夫でしたか?」
困ったように兄が差し出してきた手を、思わず取ってしまった。
しまった。これではまるでダンスの申し込みを受けたような体制だ。
ひそひそと兄に伝える。
「兄様、ダンスは踊れますか」
「え、ええ。得意ではありませんが」
「では、一曲踊ってください」
転んだわけでもないのに手を取るなんて不自然過ぎる。見ようによっては親密な関係に思われてしまっては困る。実際は一番最初のダンスを踊るだけでも兄に注目が向いてしまうが、背に腹は変えられない。
「このまま離れては不自然です。申し訳ありませんが、一曲お付き合い願います」
「は、はい」
手を兄に預けたまま少し離れると、周りに見えるように微笑んだ。
「ぶつかってしまって申し訳ありませんでした。ぜひお受けいたします」
わざと大きめの声で言うと、周りが少しざわめいた。
とりあえずこれで、ぶつかったお詫びに踊るという体裁は整った。あれは誰、という声が聞こえるが、聞こえないふりをする。
思いの外スムーズに、兄はエスコートしてくれた。滑らかな足取りに意外に思いながらも、兄に任せてみることにする。
踊る人々をすり抜けてホールの中央に着くと、ちょうど音楽が次の曲に切り替わるところだった。
曲に合わせて足を踏み出すと、一拍もずれることなく同じタイミングで、兄も踊り出した。
少し踊ってすぐに分かった。すごく踊りやすい。まるで昔からそういった教育を受けてきたかのように、兄の足取りは優雅だった。
「兄様、なぜそんな格好を?」
周りに聞こえないように聞くと、兄は困ったように微笑んだ。
「ドク先生が、患者が出た時にすぐ駆けつけられるようにと、会場の中に押し込まれました」
ちらりと壁の方に目をやると、白衣を着たドクが面白いものを見るようにこちらを観察していた。ドク、後で覚えておけ。
「すごくお上手ですね。驚きました」
「……ありがとうございます」
照れたように顔を赤らめる兄を見て、心臓が一瞬不規則な鼓動を奏でた。なぜだろう。会場の熱気に酔ったのか、顔が少し熱い。
「……母が」
「はい?」
「母はメイサ通りにいるのが不思議なくらい、なぜかそういうことに詳しくて。メイサ通りの他の人達とは少し毛色が違っていました。なぜそんな教養があったのかは、もう分からないのですけど」
淋しそうに笑う兄に、切なくなる。ああ、そうか。
「もしかしてお母様は……」
「亡くなりました。……母が亡くなって、私はここに来ることになりました。メイサ通りでのたれ死んでもおかしくなかった私を城に受け入れてくださって、陛下には感謝してもしきれません」
兄の静かな独白を、私はただ聞いていた。
「幼い頃はなぜそんなことを学ばなければならないのか分かりませんでした。役に立つ日が来るはずもないのに」
だけど来ましたね、と兄は笑った。
「……兄様は、まるで王子様のようですね」
「え?」
「仕草も言葉遣いも、人柄でさえ。私などよりもよほど完璧です。……本当に玉座にふさわしいのは、きっと兄様の方」
「殿下……?」
私の最後の囁きは、きっと聞こえなかっただろう。兄は首を傾げた。
「もうすぐ曲が終わります。何を聞かれてもノーコメントで通していただいて構わないので」
兄が何か言いたそうにしていたが、曲が終わると同時に離れて礼をした。
なぜ兄の母にそんな教養があったのかは分からない。だが、もしかしたらこうなることが分かっていたのかもしれない。いつかきっと、自分の息子が王位につくと、夢を見ていたのかもしれない。
王の子を生みながら、打ち捨てられた女性。王の子でありながら、無かったことにされた兄。今まで、どれだけの苦労をしてきたのだろう。
輝くシャンデリア、豪華なドレス、綺麗な音楽。王の子でもない私が、生きてきた世界。
仄かな罪悪感を抱きながら、私は顔を上げた。




