20.掘り出された思い出
鏡を見ると、念入りに化粧を施された自分の顔が無表情にこちらを見ていた。
まだ成人前ということで、少し子供らしさを出す為に髪は上半分をアップに、下半分は背中に流したままだ。
化粧は薄いながらも、かなり気合いが入っているように見える。一見どこが変わったか分からないが、よく見ると瞼にほんのうっすら金茶のキラキラしたシャドウが施されているし、唇はテカテカにならない程度にぷるぷるとみずみずしい。化粧は厚くするよりも薄い方が難しいんです!と力説していたマーサの言葉通り、自分ではこんなに自然にできないだろう。
ただあまり普段化粧をしない所為かファンデーションは重く感じたので、下地のあとはパウダーをはたくだけで勘弁してもらった。
そして肝心のドレスだが、本来の舞踏会で着るような重い物ではなく、見た目も軽やかな白いドレスだった。丈も膝丈という斬新なデザインで、薄いレースを何枚も重ねてある。歩く度にひらひらとなびいて、美しいヒレを持つ魚が優雅に泳いでいるようだ。ありがたいことにコルセットを使用しないデザインとなっているらしく、腹まわりには幅の広いレースのリボンが巻き付けられて後ろで結ばれているのみである。大きな蝶結びになっているのが可愛らしい。
「随分変わったデザインね」
「今一番人気のあるデザイナーの作品です。リチェ様の為にデザインされたそうですよ」
コルセットは無いし、丈も短い。確かに可愛らしいしとても気に入ったが、果たしてこんなドレスで舞踏会に出席してもいいのだろうか。
若干不安そうな表情をしていると、マーサが笑った。
「大丈夫ですよ。破天荒なデザインですが、リチェ様が着れば文句を言う者などおりません。むしろこれからこのようなデザインが主流になる可能性もあります」
確かに舞踏会で主流になっている仰々しいドレスから解放されるならば、すばらしい革命と言える。
「……そうね。動きやすいし、軽装に見えて華やかだわ」
このままコルセット廃止になれ、と呪文のようにひたすら心の中で唱える。
「ねぇ、これ可愛くない?……ですか?」
どうにもぎこちない、敬語と言えないような敬語でケイトが話しかけてくる。その手には、華奢な造りの美しいティアラがあった。
宝石などの装飾がほとんど無いにも関わらずキラキラと輝いているのは、特殊なカットが施されているからだ。少し傾けただけで眩しいくらい光に反射する。
「これ……母様のだわ。母様が亡くなった頃にはどこにも見当たらなかったから、無くしたものかと思ってたのに」
少し驚いて、私はケイトからティアラを受け取る。
このティアラは父が母の為に特別に作らせたもので、初めて父自身からもらった贈り物なのだと、生前の母が話していた。私が生まれる前の話らしい。
王妃へのプレゼントなど臣下に任せておいてもいいのに、父は一年かけて自ら選び抜いたこのティアラを母に贈ったらしい。
娘の目から見ても、両親は仲が良かったように見えた。なぜ不倫なんかに走ったんだか。
「どこにあったの?」
「ベッドのシーツ替えてたら、上から落ちてきた」
「……落ちてきた?」
思い当たるのは、とある仕掛けがしてあるベッドの天蓋。そういえばあの仕掛けは、母が亡くなってから放置したままだ。なぜあんなところに。
「ありがとう。形見が見つかってよかったわ」
この疑問は解決することなどない。本人はもうこの世にいないのだから。
早々に思考を切り替えて、ケイトに礼を言った。
「リチェ様。これ、お着けになったらどうでしょう?」
「え?」
「まるで今日の衣装に合わせたようにぴったりです。今日リチェ様に着けていただく為に見つかったみたいじゃありません?」
「……いいえ。私にはまだ不釣り合いだわ」
「リチェ様……」
私はマーサに微笑んだ。
「成人したら、父様に許可を取って来年の英雄祭で着けましょう」
十五で成人とされるこの国で、来年には私も大人の仲間入りだ。そうしたら、母様のティアラをもらってもいいかきちんと許可を取ろう。
マーサもケイトも、笑顔で同意してくれた。
しかし、一度思い出してしまえば気になるのは、ベッドの仕掛け。あとで不備がないか確認しておかなければ。何しろ放置したまま四年も経っている。いくら使用する機会がなくても、用意周到にしておくにこしたことはない。
仕掛けの内容を思い出して、本当に使う機会がいつか来るのかと首を傾げる。まあ、使わないで済むなら一生使わずにいられた方が平和ではある。
まあ今は、目の前のことから片付けていこう。
舞踏会が始まる。




