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最終話「知らんはずが無かろう?」

それからの事、森羅は色々な世界を知ることとなる。


一度、彼女が木登りしたことが無いと言えば、

勠路は軽々と彼女を抱えて登り、

新鮮な山葡萄を彼女の手でとらせて、そのまま食べさせる。

ついでにと有名な山に登り、ほとんど伝説に近いような貴重な花を発見した。。


船に乗ったことが無いと言えば、小船を借りて川を下って、

ついでにと、目の前で魚を釣って川の幸に舌鼓を打つ。


偏食のせいか、やたらと森羅は食べたことの無いものが多い。

地域独特の食べ物に興味を引かれることが多々ある。

決して、食欲が増えたというわけでは無かったが、

食べ物に興味を示してくれることは、彼にとっても喜びだった。


絶世の美女がいると噂を聞けば、何故か男装して忍び込んだ。

勠路に女装を願ったこともあったが、本気で悩む彼の姿に素直に謝罪した。


この世に知れる、ありとあらゆる絶景を見に行った。

全てが白に染まる朝日や、大地を赤に染める夕日、満天の星空の夜景。


それは決して、森羅一人では叶わなかった物。

勠路が手を貸し、共に居たからこそ味わえた事。


それも、彼女にほとんど体力を使わせない方法を用いるものだから、

彼の体力の強さには驚かされる。

龍鼠の称号も伊達では無いということだ。


そして、師の墓にも来る事が出来た。

ようやく名前を覚えた。

森羅も抱いたことだが、会ったことの無い勠路も師に感謝をした。


ちなみに、映錬にも再会した。

彼は勠路の頼み通り、後にやってきた役人に事の経緯を報告した。

その役目あって、映錬は役所で働けるようになったのだ。

思わぬ出世に、たいそう喜んだが、

美人な嫁を迎えた事のほうが喜びは大きかった。

久しぶりに見た彼は鼻の下をのばしっぱなし。

女遊びを二度とすることはなさそうだ。


そして、映錬から想嵐の居場所を聞いた。

悩んだ勠路だったが、森羅は会いたいと願ったので、会いに行く。


想嵐は孤児院を開いていた。

いざとなると不安を感じた森羅だったが、

彼女と勠路の姿を見つけた想嵐が、突然大泣きし始め、

二人してなだめることに必死になり、不安が吹き飛んだのだ。


そして、















勠路は森羅と結婚をした。












本当はずっと早くに言い出したかった勠路だったが、

森羅を想うあまり、中々彼女に言い出すことが出来なかった。

何より、今までの事を気にして断られることが怖かったのだ。


それを知った映錬と想嵐が世話を焼いた。

案の定、想嵐を気にして断りかけた森羅だったが。



「森羅様の幸せは、勠路や映錬、私と鈴葉の幸せなんですよ。」



と、想嵐に言われ、森羅は勠路の想いを受け入れた。

二人の結婚には、想嵐や映錬は元より、帝からもひっそりとお祝いの品が贈られた。


それから、森羅と勠路は想嵐のいる町で過ごすようになる。

想嵐の孤児院で世話になりながら、

勠路は子供に武術を教え、森羅は学問を教える。


案外と、森羅がそれを楽しむこともあったのだが、

思いの外、彼女の体が弱まっていたのだ。

長い時間、歩くことすら難しくなった。


本人に弱くなっているという自覚があるのかわからなかったが

勠路の目にははっきりとその弱まる様が見て取れた。

日に日に、儚げになってゆく彼女に心が痛かった。


それでも、森羅は勠路に変わらぬ笑顔を見せる。

あの“にやり”とした笑顔もあるが、どちらかというと

柔らかく、愛しさを含んだ笑顔だ。

ずいぶんと笑うようになったのも、感じ取れた。


ある日、森羅は勠路に強請る。

少し離れた場所に素晴らしい景色があると想嵐に聞いた。

そこに行きたいと言い出した。

体が心配だったが、普段強請ることの無い彼女が

「熱も無い!」と子供のように駄々をこねるので、連れて行く事にした。


しばらく馬で駆けていたのだが、近づくとやはり目隠しをして運ばれる。

勠路に抱えられて、そわそわする森羅はしきりに「まだ?」とたずねる。



「もう少しだ。」



と、言えば



「いい匂いがするぞ?もういいんじゃないのか?」



と、子供のように落ち着きが無い返事が返ってくる。



「わかった、わかった。」



苦笑して、手頃な場所に腰をおろし、

自分の膝の上に彼女を座らせ、ようやく目隠しを外してやる。







「わぁ………。」






そこは一面に野生の花が咲き乱れる場所。

少し、落ち着いた色合いが、所狭し、隙無し、といったように咲く。


森羅は嬉しそうに辺りを見回す。



「り、勠路!凄いなっ……!」


「あぁ、見事だな。」



勠路にしがみつく森羅だった。

だが、その指先にほとんど力の入っていない事に、

彼は気づかないふりをした。







怖くてたまらなかった。







恐怖など感じないと思っていたあの龍鼠が、心の底から震えていた。

もう、そんなに時間が無いと、感じることに。


一緒に朝を迎えて、彼女の目が中々開かないと、心が落ち着かない。

ようやく目を覚まして、笑顔を見せてくれると、泣き出してしまいそうになる。

それを必死で隠して、「おはよう」と笑顔で言う。


熱を出したり、体がだるいからと、寝込むことが多くなった。

そんな日も勠路は片時も彼女の側から離れずに看病する。

申し訳なさそうに謝る森羅をどう笑わせてあげようかと、苦労する。


子供達も、慕ってくれ、見舞いにも来る。

彼らと仲良く話す森羅の姿を誰が想像できただろうか。


勠路は森羅と共に過ごすことを本当に幸せだと思った。

だからこそ、ずっと覚悟を決めていたことが一つある。


ふと、考え事をしていると、今まで景色に夢中になっていた彼女が

自分を見つめてきていることに気がつき、

慌てて、どうした?と聞いた。















「勠路、お主がいつも隠し持ってる“薬”は捨てたからな。」












ふと胸元を触り確認した。

だが、そこに存在していた。



かまをかけられたことに気づいた。



“隠して”持っていることを彼女は知っていたのだ。



「それを飲むなら、私にも飲ませるのだぞ?」


「森羅、これは………。」


「お主だけ飲むなど、許さぬ。」



つんとそっぽを向く森羅に、返す言葉が出てこない。

やはり、彼女には全てを見抜かれてしまう。


落ち込む勠路に、森羅は笑顔を見せ、彼の首に腕を回す。

彼女の体を支えて、目をあわせた。



「知っているか?勠路。


 私の親は私が短命だと知り、師匠に私を預けたのだ。


 ……………………何故だと思う?」



初めて、聞かされる話だった。

彼女が自分の親の話をすることなど皆無だった。

だが、勠路はそれを理解していた。



「………無益な争いに巻き込みたく無かった。」



彼の答えに、より一層柔らかく笑みを見せ、森羅は彼に抱きつく。



「やっぱり、勠路は知っているんだな。」


「………………」



その言葉には返さなかった。

だが、森羅は満足していた。



「………度々、私を見に来てた。


 一度は私を手元に戻そうとしたのだがな、私が断ったのだ。


 でも、後悔はして無い……………何故だろうな。


 自分で考えてもわからないのだ。」



少し、体を離し、再び目を合わせる。



「まだ、私にはわからない事が多過ぎる。世界はまだまだ広いのだろう?」


「そうだな、まだ山の向こうにも海の向こうにも世界がある。」



すとん、と背中を向け、勠路の膝に座り直す。

あたりをきょろきょろ見渡し、すっと空を見上げる。
















「私はもっと色んなものが見たい。」












その言葉に、勠路は無意識に彼女を背中から抱きしめる力を強めた。

森羅は体を少しずらして彼の腕に預け、彼の顔を見上げる。

そして優しく彼の顔に触れる。






































「だから、勠路は私になれ。」





























彼はその一言に目を丸くする。

そして、彼女はまだ続ける。


























「私は勠路になる。」 
















優しい両手が彼の顔をそっと包み込む。










「これから、その瞳が見る物は私が見る物と同じ。


 その瞳もその体も全てが私なんだ。」








勠路が隠し持っている薬は毒薬だった。


森羅と生死を共にしたいと願ったから持っていた。


彼女が命尽きるときに、自らも命を尽きさせるために。




そんなことを森羅は見抜いていた。


だが、彼女は、そんな覚悟を決めている彼に














「これから、どんな世界がみられるかな?」











と笑顔で言うのだ。


世界が見たいと、願うのだ。


この目で、この体で、知りたいと。


自分に“願い”を残すのだ。





「勠路は龍に愛される相をもっているからな。どこにいっても龍はくるぞ。」



悪戯な顔でそう笑う。



「ならば、お前が龍だな。」



彼女の手に震える手を重ね、必死の笑みでそう答えた。

森羅は一瞬、驚いた顔をして、笑顔を見せた。














「そうか…私は、りくろを、あいしてるんだ、な。」











感情などわからないと思っていた。

悲しみも、喜びも、涙も、笑顔も。


ところが、どうだ?

勠路に出会って、何を知った?

何を思った?


たくさんのことがあったけれど

いつも想うのは彼の笑顔で、彼の温もりで。


いつからか、彼が触れてくれることに胸が高鳴る。

側に居てくれるだけで、安心することを覚えた。

悲しい日には、その腕に包まれて遠慮なく涙を流す。


何を思い出そうにも、いつでもどんな時もそこに勠路が居てくれた。

どんなことも、手を取り、一緒に歩んでくれた。


守り、教え、そして、愛情を惜しみなく与えて、


家族になってくれた。



本能が言うのだ“勠路が愛しい”



「りくろ」


「森羅」


「りくろ、あいしてる」



ようやく言えた。



「俺も森羅を愛してる」



あぁ、なんて嬉しいんだろう。


愛して、愛されて、こんなにも温かい。



森羅はゆっくり目を閉じ、笑顔を浮かべて言う。




「りくろ……しって、る?


 わたしは…せかいで……い、ちばん、しあわせなん、だ…ぞ?」











































「知ってる、お前の事だ。俺が知らんはずが無かろう?」






























その答えに満足そうに微笑んだ森羅。

















そして、するりと彼女の手が彼の頬から落ちた。













「森羅………森羅……。」











返らぬ返事に、初めての涙が溢れ出る。











































「森羅、お前は知っているか?俺は世界で1番の悲しみを味わっているのだぞ?」





















彼女の体を強く抱きしめ、その名を何度も叫ぶ。


世界で最も愛した人の名前を。


それでも、彼の名前が呼ばれることは二度と無かった。


























後に、帝の元に龍鼠の額あてと大刀が送られた。


帝は意味を察し、それ以上の追求はしなかった。



青天の下、愛した人との約束を守る龍の無事を祈って………。








終わり


これにて、「龍の絵描師」終わりです。

最後まで読んでいただき、真に有難うございます。

色んな想いを抱きながら書き上げた話でした。

しばらくは何も書けなくなるほど、森羅が大好きでした。

でも、この終わりには悲しいだけではなく、意味があります。

そこをいつかきちんとお伝えできればと思いつつ、

つたない文章ですが、ここに感謝を残します。

また、機会があればよろしくお願いいたします。

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