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人鬼  作者: EKAWARI
第三章 水龍族の里編
19/19

15.双子頭首

ばんははろ、EKAWARIです。

おまたせしました、第三章二話の双子頭首です。

ようやっとこの辺から元の金斗羅に戻っていきます、

長かった気がするぜ、いえい。


 

 

 水龍族の里において、『双子』とは特別な意味を持っている。

 それは、この里を開き作り上げた始祖とも呼ぶべき人鬼が双子の兄妹であったからだという。

 鬼人オニヒトの直系の孫と、妖狐アヤコ龍牙リュウガの直系の曾孫との間に産まれた2人は手を取り合ってこの地に住まい、そこで里を築いた。

 だからこそ、水龍族に双子の兄妹が産まれれば、それは始祖の再来と喜ばれ、結ばされるのだ。

 無論、翠晶スイショウ蒼牙ソウガもそうだった。双子の男女が産まれたと知った2人の父である空露ソラツユは、跡継ぎである2人が始祖の再来であると喜び、将来この2人の間に産まれる孫に想いを馳せ、喜んだ。しかし、その想いは叶うことがないと知る。

 双子の姉である翠晶には子供を作る力が備わってなかったのだ。

 当代一であろう水の才と、未来視の能力と引き替えであるかのように、翠晶には子作りする能力も、視力も持ち合わせてはいなかった。

 そんな娘を見て、嘆きつつも、それでも空露はそんな女として欠陥を抱えた娘が哀しい想いをしないようあらゆる努力をした。お前には確かに子を作る能力も視力もないのかもしれないが、それでもその力は里の誇りだ、お前は美しい。お前ほど美しいものはそうはいない、と。

 甘やかし、構っていたといってもいいだろう。蝶よ花よと、娘は愛でられ育った。

 その裏で鬱屈とした想いを抱えていた息子にも気づかず、空露はただただ娘を溺愛した。

 そして空露は遺言を残す。

 蒼牙、翠晶両方を次代の頭首とするようにと。

 始祖以来の双子頭首。その触れを一体どのような気持ちで聞いていたのか。

 翠晶は弟の気持ちは知らない。






 15.双子頭首



「なぁ、姉貴」

 普段、決して誰にも聞かせることのない甘えを含んだ声音と口調で、青い長髪をたらりと垂らした男が、やわらかで白い姉の胸に顔を埋めながら言う。

「疾風をぶっつぶした金斗羅が次にうちの里に来るんだってな」

 その言葉に、ぴくりと反応を返して、彼女は、水龍族の巫女にして双子頭首の片割れである翠晶は、弟である蒼牙の顔を見返した。

 目の見えない彼女には弟がどんな顔をしているのかはわからない。だけど、里一の水使いである彼女にとっては水の流れや気温の変化などを読み取ることはたやすく、見えはしなくてもどんな顔をしているかなど手に取るようにわかっていた。

 今、弟の蒼牙は笑っている。それも、里人が見たことのないようなどこか子供じみた顔で。

 ……正直に言えば、昔から翠晶には弟が何を考えているのかはわからなかった。

 この盲いた目は未来は見せても、それでも人の心を見せたりなどはしない。たとえ双子だろうとそれは変わらないだろう。同じ血を引いて、同じ父母の元に一緒に生まれ落ちた、それだけだ。

 他人ヒトの心など、察せは出来ても完全に読める者などいないだろう。他者と己は違う精神構造をもつからこそ、ヒトは隣人を理解しようとするものなのだから。

 ただ、それでも当惑を覚えてしまう理由、それは……。

「なぁ、頼むよ姉貴」

 甘え、ねだる……この態度。

 蒼牙は翠晶を犯している。それはほぼ公認の事実。そしてそのセックスの内容をいえば、決して甘いものではない。寧ろほど遠い。あれは暴力と表現するしかないそういう交わりなのだ。犯し殺し喰らい尽くそうとしているかのような荒々しい情事であり、実際手をあげられたことだって数え切れないほどにあった。殴ったり噛みついたり程度ですむならまだいいくらいだ。

 そんな風に相手の尊厳を踏みにじるような交わりをぶつけ、そしてそれが終わった後は蒼牙はこのようにコロリと態度を変えた。唐突に突然に。

 何がスイッチなのかは翠晶にはわからない。けれど、いつも決まってセックスが終わった後は、蒼牙はまるで先ほどとは別人のように、母親に甘えるかのような態度と口調で姉に数々の「願い事」をした。

「アンタなら、殺せるだろ」

 ねっとりと、甘く毒を含んだような声が耳朶に流し込まれる。

「蒼牙……」

「俺たち姉弟力を合わせりゃ倒せない奴なんていない」

 普段は、己の姉を罵倒してばかりいるその口が、かすかな笑いすら込めてそう囁く。

 何か誤解をしてしまいそうなほどに、甘く甘く。

「だからなぁ、姉貴」

 淀むような毒が胸にたまった。

「水龍の双子頭首の力、彼の無礼者に見せてやろうぜ」

「はい……そうですね、蒼牙」

 抗う言葉もなく、翠晶は哀しいのか虚しいのかわからぬ気持ちを抱えたまま、そう淡々と返した。




 遠くからでもわかる水の匂い、それを鼻で捉えながら、世にも珍しい黒髪の人鬼、金斗羅カナトラはゆるめることなく大地を駆けた。その足に最早淀みなどない。

 風の抵抗すら寄せ付けず、腰より長い髪を靡かせながら青年は駆ける。右手には持ち主の力に反応してその大きさを変える金色の短剣、金皇鬼が鞘に収められた状態で握られており、その背には1人の少女をのせている。そこにいるのは、長い茶色の猫っ毛を金斗羅同様風に靡かせている人妖の少女、青雷ショウライだ。

「ねぇ、金斗~」

 先日から無口で無表情を貫く青年に対し、少女は退屈していたらしい。青年の硬質な空気とは裏腹に呑気そうな口調と空気を纏いながら青雷は口を開いた。

「……」

「あのさー、ずっとその態度だったらボクつまらないんだけど。いい加減ちょっと我慢の限界?」

 青雷が言い出したのは、その場に相応しくないとすら思えるそんな言動だった。

「その辛気くさい顔さ~いい加減やめてくんない? 鬱陶しいよ」

 あっさりとした顔で、明るささえ見せながら青雷は言う。それに青年は無言ながら眉を顰めて思う。

 あと30分とかからず、間もなく自分たちは水龍族の里に着く。そしてそこでやることが何かなんて何度も頭の中でシミュレートしてきたから今更深く考えるまでもなくわかっている。自分たちは、否自分はこれから水龍族の長を殺しに行くのだ。それは、本来不必要な争い自体嫌いといっていい金斗羅にとっては重たい事実でさえあったが、それでも既に自分はこの手を血で染めている。今更にその事実をなかったことになどは出来ない。

 だからこそ、これからも自分が命を奪い続けることを覚悟して、そうして構えているというにも関わらず、そんな時だというのに、そんな金斗羅に対して、この少女は一体何を言い出したかと思えば、そんな悲壮な決意に至る金斗羅の態度をこき下ろす言葉。それも自分がつまらないからという理由。わかってはいたが、どこまでも青雷は自分勝手な人妖だった。

 そもそもこれから罪のない人鬼を殺しに向かうこんな時にわざわざ話すようなことではない。

 たとえ相手が金斗羅でなくても、こんなタイミングでこんな言葉をふられたら誰だってそう思うだろう。しかしそうは思わない例外である少女は、腹立たしげにむくれた雰囲気を見せながら「あーもー、こら無視するなー。」と言ったかと思えば、次にはにっこりと、花のような笑顔を浮かべ、鈴の鳴るような声で次のような物騒な言葉を吐いた。

「金斗さぁ、いい加減ちゃんとボクの相手しないと、ボク潰しちゃうよ?」

 耳元に吹き込まれるようにして吐かれたその言葉の威力は、男でわからぬものはいないだろうと思う。どこを、とは怖くて聞けないが瞬時に理解した。歩みこそ止めないが思わずそれを想像してやや内股になる。以前のジャンピング起こしを思い出す。あの時、潰れるかと思って悶えたものだ。そしてこの少女のことだ。口にした以上、冗談なのではなく、思う反応を返さなかった場合本当に潰す気なのだろう。なんてことだ、自分が悲痛な覚悟を前に己の世界に埋没することさえ許す気がないとは。

 そんな風に冷や汗をかきながらスピードを落とす金斗羅に対し、無情にも青雷は金斗羅の長くクセのある黒髪を力一杯引っ張りながら「止まるなー」と理不尽なことをいいながら右手で首を絞めにかかった。

「いてて、わかった! わかったから、引っ張るな、禿げる!」

 慌てて苦しいながらも声をあげ、止まりそうになる足を叱咤して走る。いまだに首と髪には小さな青雷の手が絡みついている。けれど、そのあまりの理不尽さに、いつかの調子が戻ってきて、そんな己の心理的な変化に金斗羅は僅かに胸の内で自嘲する。

「うん、よろしい」

 青年の、かつての調子の慌て声を久方に聞いたからだろうか、青雷は機嫌良さ気にそんな言葉を言って、ぱっと手を話した。背中に乗せている金斗羅からは見えないがおそらくは愛くるしくさえ見えるような輝かんばかりの笑顔で笑っているのだろう。そんないつもどおりの人でなしな青雷の態度に、あきれていいのか恐怖していいのかわかりやしない。

 なんにせよ、このやりとりを通じて、金斗羅は少女の目論み通りというべきなのか、ある程度はふっきれた。……少なくとも、表面上は。

 この血まみれの手を抱えた自分には、明るく振る舞ったり幸せになる権利などありはしないだろう。それほどの罪を犯したのだとわかってはいた。それでも、自分が沈んだところで殺した命は返ってこない。これから殺す命だって返ってこない。それでも……それでも自分は死にたくないのだ。そんな風に命に固執する権利さえたとえないにしても。たとえ己がどう振る舞おうとこれから起こることもこれまで積み重ねてきた過去もなにも変わりやしない。だったらば、……表面だけでもこれまで通り振る舞うことにした。

「あとちょっとで着く。行くぞ」

 そう思って金斗羅は、いつか……これほどまでに自分の心が参る前のように、暗く沈んだ声じゃない声を意識してそんな言葉を吐きながら、二倍に速度を上げて走った。


 そして、僅か10分後に2人はたどり着いていた。

 水龍族の里は人鬼の里一美しいと呼ばれている。眼前の里を目にして、嗚呼成る程と金斗羅は内心で頷く。あれほどの清水が流れる滝など、地上世界で類を見ないだろう。そして、滝の近くに生えている緑の数々……あれはひょっとすると鉱木ではなく、本物の草なのではないか?

 毒素の雨が降り、汚れた空気が当たり前である地上世界において、自然界の草がそのままあるというのは驚嘆に値するものだ。この地上の汚れが故に人間は地下世界に生活の場を移し、人鬼が地上を華と繁栄しているのだから。人間では地上では長く生きられない。けれど、これほどに澄んだ水と空気があるのならば、この里であるならば人間でさえ生きていけそうだと、思わず思うほどにそこは美しかった。

 故に余計に内心では鬱々とした気持ちも募る。この美しい里に攻め入ろうとしている俺は一体どれほどに罪深いのだとそう思わず自嘲しそうなほどだ。けれど、そんな口元を引き締めて、金斗羅はキュッと姿勢をただして眼前の里をにらみ付けるように見た。

 嘆き悲しむ時間は既に過ぎた。賽は投げられたのだ。ならば、もう覚悟を決めるしかない。己はただの鬼なのだと青年は認める他なかった。

 タン。

 一直線に跳躍する。目指すは滝の裏側。崖を掘り抜いたそこに水龍族の里はあるのだと、五感が告げていた。そして、着地する前にそれは放たれた。

 鋭く素早い水の刃、それが足下の湖から無数に放たれる。大きさとしては直径5㎝ほどの長さの針のように鋭いそれが100を越えるほどに一斉に打ち出された。青年は跳躍の途中故に空中に身を任せている。普通なら逃げ場などありえぬはずの一撃。けれど金斗羅は、自分に向けて放たれた水の刃を認識した途端、どういう身体能力をもっているのか、全ての攻撃を見切り、あり得ない紙一重の動きで全てそれを避けきった。けれど、それに安心は早い。空に向けて放たれた水の刃の数々は一つにくっつき、巨大な水龍を形成して牙を擡げ、金斗羅へと襲いかかる。

「ハッ!」

 それを、陸にまでいつのまにやら戻っていた金斗羅は慌てるでもなく、金皇鬼で一刀にして切り捨てた。尚、この間までの一部始終にかかったタイムは実に1秒にも満たない攻防である。

「驚きました。話には聞いていましたが……本当に『再来』なのですね、貴方は」

 そんな美しい女の声が凛と静かに場に響いた。

 見れば、前方にはいつの間にやら、湖の上に立つ1人の女が居る。透けるような真っ白は肌に翡翠色の長く美しいまっすぐな髪、豊かな胸をさらけだし、足もさらしているというのに下品さはなく、寧ろ優美な神聖ささえある女。美しいという形容詞がこれほどまでに似合う女もそうはいないだろう。そして半透明のベールに包まれている耳は人鬼の証である尖り耳だが、その清廉な美貌といい、鬼というよりはその女はまるでおとぎ話に出てくる精霊かなにかを連想させた。

 女は悠然とした歩みで水の上をゆく。それだけの仕草さえ洗練された動きだった。

 女は金斗羅を前にして、悠々と歩むと、湖の中程まで歩いてからペコリ、流れるような動きで一礼し、そして毅然とした調子で、美しく形のいい唇を開いて次の言葉を告げた。

「水龍族、当代頭首、翠晶参ります」

 入れ墨の入った女の右腕にまとわりつくような水龍が、その言葉を合図にして放たれた。



  続く



というわけで双子頭首でした。

次回は1ヶ月以内に更新出来たら嬉しいな。

ではでは。

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